その1


栃尾市刈谷川ダム上流河川
  2000.05.21筆

 無趣味ながらも三年前にカヌーなるものを購入した。 組立式の大人なら2人まで乗れるどちらかというと小振りのカヌーである。 タイプ的にはファルトボートと呼ばれているらしいが、他にどんなものがあるのかカヌーのことはよくわからない。 このカヌーで、緊張に顔を強ばらせ、恐怖に戦きながら激流を下ったりするつもりは更々ない。


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 しかし、一昨年あたりに信濃川を単独で漕いだことがある。 漕いだなどというと聞こえ映えのする響きであるが、実は余裕をもって漕げたのはほんの僅かな時間だった。 それ以前にも、穏やかな流れの日を見計らって体慣らしのつもりで信濃川を何度となく漕ぎトレーニングしていた。 不思議と、何度か川に通ってるうちにその流れがじっとそこに佇んでいて、あたかも静水のごとき流れのない川に見えてくるのだ。 ある種の倦怠感を伴って、この生ぬるい川からはそろそろ卒業しなきゃ、上流から下ってきて、ここを通ってもっと下流まで行ってみようかというような思いが強く襲ってきたのである。 これは、誰もが抱く当たり前の欲求である。

 信濃川妙見堰...
 着陸地点を大河津分水堰の手前と定め、妙見堰下の左岸側から滑りだす。 と同時に急いで私も乗り込む。 一瞬ではあるがカヌーのヘリまで挺体が沈む...。 乗り込んだその時は、自分の体重がもろにかかってしまうので一瞬船は沈むのであるが、浮力で川から跳ね返されるように浮かんでくるのである。 尻から体全体に伝わってくるこの感じがたまらなく緊張感を煽る。


 流れのある川を漕ぐのは初めての経験であるが、滑り出しは順調だ。 やや緊張感はあるものの恐怖心はまったくない。 まったくというのはウソかも知れないが、そんなに怖いとは思わなかった。 大きな川にちっちゃなカヌーが一挺、アメーバーのように浮かんでいる。 それに自分が乗って、パドルを漕いでいる様を幾度となく夢見たことであろうか。 川面に漂う空気も風も川の水の冷たさも実に生き生きとしていて心地よい。 川面にも川辺にも人影は何も見えない。 「今、この川に居るのは俺だけだぁ〜!」と叫びたくなるようなそんな気分であった。 下流から上流に向かって漕いでみたり、流れに身を任せてみたり、船は思っていたとおりの動きをする。

 しかし、川の流れというものは、川一面が同じ状態でないということは知っていた。 知ってはいたが、身を以て知っていたわけではない。 また、水面から下についても川底が深いところもあれば浅いところもあり、ところどころに淵(ふち)や瀬(せ)もある。 これとて、身を以て知っていたわけではない。 また、川には州(す)もある。 大きな川ほど大きな州があるようだ。

 流れに逆らわずに下っていると、ずいぶんと距離の離れたところに流木やゴミのような得体の知れぬ大きな塊が、水面から少しだけ顔を出して浮き沈みしながら下流から上流のほうへと流れていくのである。 しばらくはその塊が何物であり、何故に川を上って行くのかわからなかった。

 カヌーは、船底に尻を着いて足を前に真っ直ぐ伸ばした格好で乗るものだ。 こうした状態で、川面に浮かんでいる。 従って、尻(腰)の部分は水面よりやや低い位置まで沈むことになる。 水面から目の高さまでは、極めて低い位置となる。 目線が低い位置にあるということは、日常では見えない風景もそこに発見することにもなる。 その風景に感動することもあれば、その風景に判断を誤ることもある。

 大自然と対峙しているときであれば判断ミスは、命取りになるかも知れないのだ。 得体の知れない塊は、流木でもゴミでもなかった。 恥ずかしくも州を得体の知れない物体と見間違えてしまったのである。 距離がかなり離れており、しかもカヌーの速さとが相まって、水面から40センチくらいの高さにある目線から見る州をそのように見狂わせてしまったのである。 正直なところ、その州から逃げるようにパドルを漕いでいた。 このくらいのことであれば、笑って済ませられたが、これと同様のことがすぐこの後にも訪れるのである...。

 大きな塊を避けるようにして、ぎこちないパドリングで左側に大きく迂回しながら下流へと進ませる。 一つの危機?を脱して、ホッとしていると船底にゴツッ、ゴツッという鈍い音と共に振動を体感する。 何かがカヌーのフレームと船布に体当たりしてくる。 直後、川の中に黒っぽい大きなものが上流に向かって泳いでいくのが見えた。 魚であろうと理解したのである。 その後も船底にあたっては上流に素早く逃げる魚影を三、四回ほど見た。 大きな川には、魚も大きいのがいるんだナなどと納得しながら、更に下流へと進んだ。

 前方からザァー、ザァーという水の流れる音が聞こえてきた。 その音は、だんだんと大きくなり、目の前に突如として現れたのは大きな浅瀬であった。 その左側は州であり、州の左側には20mくらいの幅の急な流れがあった。 浅瀬の右のほうにも大きな州がある。 しかし、気がついた時は既に瀬の直前まで来ていたのである。 その先は、流れが相当強く下流に向かって落ち込んでいる。

 大急ぎで、逃げるように上流へと漕ぐ。 脇目もふらず、ひたすら漕ぐのであるが視界に入ってくる左右の風景はいっこうに変わらないのだ。 後ろを振り向くと、徐々に瀬のほうに流されていく状況に気がついた。 流されまいと一心不乱にパドルを漕ぐのであるが、とうとう後ろ向きのまま瀬に捕まってしまった。 後方でゴツーンという衝撃を感じ、それが即座に体に伝わってきた。 同時に、船尾を軸に船首が左にくるっと廻った。 船体が浅瀬に乗り上げ横向きとなってしまったのである。 反射的に私は水面に左手をついた。 転覆する前に咄嗟に体が反応したのだと思うが、手の平は水面から30cmくらい入ったところでヌルヌルとした石ころを感じた。 その左手がヌルッーと滑って、上半身がカヌーの外へ傾がる。 バランスを失った私の体とカヌーは、下流側に向かって横転した。 いわゆる転覆である。 そこは川幅200mくらいの中心からやや右岸寄りである。 水がたっぷりと入り込んだカヌーの船首を持ち上げ傾げて、入り込んだ水を流し出した。 再び船は川面に浮かび、捕まえていないと流されてしまうのである。

その2に続く...。
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