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鶴ケ城
| 一泊二日のツーリング報告 9月8日〜9日 金精峠・山王林道・川俣湖・湯西川・会津西街道・会津若松 |
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20001.09.12筆 |
| のっけから宴会の残骸写真をお見せ致しましたこと、謹んでお詫び申し上げます。 失礼を承知で、上の写真をクリックしますとなお鮮明な拡大写真が表示されますことあらためましてご報告しておきます。 嫌悪感など抱かれませんようよろしくお願いします(^^; ところで、今回は雨にたたられていた時間が多かったので写真は殆ど撮っていない。 たぶん、文字が多くなろうと思いますが何卒ご容赦願いたい。 |
| ●はじめに... |
| さて、九月八日、九日の土日曜日に久々のツーリングに出かけてきた。 予め綿密にコースを決めて出かけたわけではない。 概ね、沼田から日光方面へ抜けて、そこから先は気の向くままといういつもどおりのアバウトな予定であった。 もちろん、宿の手配などはしていない。 というか、何処に泊まろうかということすら決めていないのである。 |
| ●自宅〜沼田〜金精峠〜三本松駐車場(戦場ヶ原) |
| ●三本松〜山王峠〜川俣温泉〜女夫淵温泉駐車場 |
| 十時四十分、戦場ヶ原の三本松駐車場を後にした。 まだ、雨は止んでいない。 今まで走ってきた道を数キロほど逆走して、何の脈略もなくいきなり山王林道に突入した。 木立が鬱蒼と生い茂る九十九折りのこの林道の行く先は、ただ一つ川俣温泉である。 山王峠あたりから下り坂となり、川俣温泉に着く頃には雨が上がっていた。 天を仰ぐと青空が目映い! 日射しもかなり強い。 が、気温はそんなに高くはない。 ここに来るまでの間、川俣に着いたら露天風呂に浸かろうと決めていたが、どこも1,000円程度の入浴料金。 だったら、この先に奥鬼怒温泉郷の八丁ノ湯や加仁湯があるではないかということで、そこを目指す。 着いた先が、女夫淵温泉駐車場である。 ここまでの走行距離は、自宅から222Km。 車輛は、ここ止まりである。 ここから先は、徒歩一時間半とのこと。 悩んだ末にここの駐車場係のおじさんに「あそこに停まってる八丁ノ湯や加仁湯の送迎バスって、入浴だけの客を乗っけてくれますかね?」と尋ねる。 「加仁湯は入浴だけの客は入れないけど、八丁ノ湯は入れますよ。運転手さんに聞いてごらん」と教えてくれた。 「入浴だけなんですが、このバスに乗せていただけますか?」とわたし。 「あ、入浴だけのお客さんは歩いて行ってください!これは、泊まり客の送迎専用バスだから...」とやけに冷たいトゲのある返答。 え?って思ったけど、ここは諦めるしかない。 でも、運ちゃんのこの口のききようっておかしくない? 申し訳ないですけどという枕詞をつけないと、まずいんじゃないの! ったくもう。 わたしは、どうせ行くんだから乗せろよ!とは言っていない。 「入浴をしたいので」と先ず客になる意志のあることを申し出て、私の立場をはっきりした上で「乗せていただけますか?」と丁寧に尋ねただけである。 じゃ、彼の客に対する正しい受け答えは「申し訳有りませんが、これは泊まり客の送迎専用バスなんですよ。もし、わたしどもの温泉に入浴に来られるんでしたら徒歩でお願いしますね。皆さんそうされてますよ。」とこういうセリフになるんじゃないだろうか。 それをあの運ちゃんときたら頭に来るよなぁ。 たぶん、彼や八丁ノ湯はとんでもない勘違いをしているのではないだろうか! 公害ならぬ口害だね。 クルマやバイクが自然破壊に加担するという直接的ハード的なソレではなくて、彼らの口から発せられる高慢この上もない奢りというとんでもない毒素ではないだろうか。 八丁ノ湯様、あなたが自然を守ってその恵みを商行為に活かすことは勝手ですが、どうか旅人に口害を撒き散らすのだけはお止めいただきたい。 少なくとも善良な旅人のわたしは、彼のたった一言によって心がズタズタに傷ついてしまいました。 たぶん、わたしのように傷心した旅人は何人もおられるのでないだろうか。 ここまで、せっかく気分よく走ってこれたっていうのに。 もし、これをご覧になって「そうだそうだ!」という方や「お前の言っていることは間違ってるぞぉ!」という方はメールでもなんでもいただければ幸いである。 過ちはすぐにでも正したい。 |
| ●女夫淵温泉駐車場〜川俣湖〜川治〜湯西川温泉 |
| 一瞬にして興が醒めてしまった女夫淵温泉駐車場を後にして、十一時四十分川俣湖を目指す。 ちなみにわたしは根に持つタイプ(^^; 霧雨が時折降りるもそう苦にはならない。 三本松からずっと雨合羽のままである。 バイクが走り出せば暑くもない。 ふと、青緑の鮮明な色をした川俣湖が行く先に現れた。 休憩しようかどうか迷っているうちに湖畔からだいぶ離れてしまったみたい。 と、川俣湖温泉共同浴場「上人一休の湯」という看板が目に飛び込んできた。 川俣温泉じゃなくて川俣湖温泉である。 寄ることにした。 管理人のおじさんは、合羽着とヘルメットをぶら下げたわたしの姿を見るなり「雨にあたられたのかい?寒かっただろう。この湯は温まるよ!」と声をかけてきた。 その慈愛に満ちた眼差しはまるで仏様のようでもあった。 あ、だから上人一休てか。 「はい、お願いします」とだけわたし。 「ごゆっくりと」とおじさん。 旅先ではこういうテンポでなくちゃ。 ほんとに温まる湯であった。 それに露天風呂にも入れたし、肌がスベスベしちゃってさぁ。 心身共に温まるというのは、こういうことを言うのである。 これで、500円ナリだよ。 テレビに放映されてただ自然だけを売り物にしてるような輩にはこの機微は到底わかるまい。 「お陰で身体も気持ちも温まりました。有り難うございました」とわたし。 「そう、よかったね。気を付けて!」とおじさん。 なんて清々しいんだろ、ここって!! おじさんの人柄なのかな。 外に出たら、すっかり雨が上がっていた。 気分のほぐれたわたしは湯西川を目指して走り出す。 ふと見た腕時計は午後1時を示している。 そういえば、お腹がペコペコ。 怒りっぽくなっていたのはそのせいだったのかぁ。 アハハ。 早速、クルマが一台だけしか停まっていないドライブンに入った。 朝食がパンだったからソバやウドンはパス。 そだ!「鹿刺し定食くださーい!」って自然と口から出てしまった。 かなりの時間待たされたソレは、鹿肉、山菜漬け、湯葉がたっぷり山盛り。 まだ、冷凍が解けきっていない鹿肉はたっぷり目のニンニク醤油につけて口に放り込んだ。 ばかうまっ!! と、思ったところで「ご飯のお代わりしてください」と給仕のおばぁちゃん。「ありがと!でもこれでも多いくらいだから...」ってわたし。 これで、1,200円なら安すぎないかい。 心も身体もお腹も満たされたわたしは、またまた湯西川を目指した。 湯西川沿いの道路を山のほうに向かって登っていくと、観光案内所の看板があった。 そだ、今夜の宿を確保しなきゃなんて思っていたら案内所の中から女性がこちらを伺っていた。 バイクを脇に停めて、「宿空いてますか?」ってわたし。 「空いてますよ。どんな感じのとこがいいの?」って彼女。 「うーん、温泉に入れて、お酒が飲めればそれでいいや」ってわたし。 「だめだめ。湯西川に来たら露天風呂に入れて、部屋は少なくとも八畳以上ね。で、温泉旅館がいいよね?」と彼女。 「部屋なんか布団部屋でも何でもいいよ。どうせ飲んで寝るだけだから。」ってわたし。 「あのね、湯西川は愛人と来るとこなんだよ。」と彼女。 「だったら紹介してよ!」とわたし。 「あははは」と彼女。 「あはは」とわたし。 これって、彼女にはぐらかされてしまったんだよね。 今、内装工事中なんだけどという注釈付きで「湯西川別館」という温泉旅館を紹介してもらった。 チェックインする前に旧所名跡スポットをいくつか教えられたので、その内の一つだけ見ることにした。 だって、わたしはライダーなんだもんね。 一般の観光客とは一線を画しておきたいのであった。 ここまでの走行距離は、自宅から280Km。 |
| ●湯西川温泉(泊) |
| 平家の里を見てから湯西川別館に午後三時三十分無事チェックインと相成った次第である。 気さくなそうな女将に露天風呂、内風呂の位置を教えられてから部屋に通された。 え!ンなとこなの?って驚くような部屋。 確かに十畳くらいの広さで、ベランダもあるけど壁や襖が汚すぎる。 でも、広々してていいかぁと納得。 それに湯西川が目の前に流れている。 どうせ風呂に浸かった後は飲んで寝るだけだし...。 アハハ さて、先ずは露天風呂。 ここの露天風呂は、上屋が覆ってあって手作りのような素朴なものであるが、わたしが入ったところは混浴とのこと。 ただし、朝までの間に三回入ったけどいずれもわたしだけ(^^; 一回だけ「あ、男がいるよ!」って、まるで入ってちゃいけなかったみたいな言い方の女性の声がした。 けど、誰も入ってこなっかった。 五時半、夕飯時。 先ほどから雨が降ってきた。 出されたお膳にびっくり! ンなにたくさん食べきれないってくらいの量なんだもんね。 残骸はバッチシ撮っておいいたのでこのページのタイトルのあたりの写真を参照のこと。 たぶん、ひんしゅくもんだと思うけどご勘弁を。 極々数少ない写真のうちの一枚ということで。 湯西川唯一の映像である。 アハハ で、午後八時過ぎ(たぶん)ビール一本と冷酒一本の量で見事に沈没したのである。 こんなんじゃ、愛人どころの騒ぎでないよね...。 |
| ●湯西川温泉〜会津西街道〜会津若松〜自宅 |
| たぶん四時起床。 夕べは愛人プランに乗らなくてよかったぁ!!としみじみ思った次第である。 五時、静まり返った家族風呂にて入浴。 そして、そのまま素っ裸で混浴露天風呂へ移動。 仕上げに内風呂に移動しようとしたら女性の話し声が聞こえたので、計画は頓挫(^^; それもそうだよね、内風呂へは二階から一階に下りなきゃ行けないんだもんなぁ。 一つ間違えば変態にされていたとこだ。 くわばらくわばら。 部屋に戻っても何もすることがない。 そだ、夕べ残しておいた肴がちとあったんだぁ。 ってことで、それを肴に菊水カップをチビリチビリ飲む。 出発は九時だからちっとくらいは大丈夫! たぶんね。 風呂で汗でも流せば一合?くらいの酒気なんて吹っ飛んでしまうこてて。 九時、雨の中を出発。 女将と女将の顔に似た三人の女性に見送られて雨の湯西川を脱出。 林道安ケ森線を抜けてR352の福島県は舘岩村に抜けるコースをとる。 が、4Kmくらい行ったところで落石によって道路が塞がれていた。 クルマなら通れないが我がマシーンは僅かな隙間を擦り抜けて先へと進む。 ンなのに挫けてられるかぁってなもんだ! 更に1Km先に行ったところで「この先、熊出没注意!」なる立て看板を発見。 即座に明日の新潟日報紙面が脳裏をよぎる。 県人熟年ライダー、栃木山中で熊に襲われる! こんなことで家族に迷惑はかけられない。 人間47にもなると分別というものがある。 だから、迷わずに引き返すことにした(^^; 間もないところで記念に撮った写真があるので載せておくことにする。 たぶん、この写真を見るにつけ「あの時、熊に食べられなくてよかった!」と思うことだろう。 そして、民には「勇気ある決断であった」と称賛されるであろう。 ンなこたぁないかぁ。 アハハ
そんな事情で安ケ森林道を諦めて、湯西川温泉まで引き返してきた。 仕切り直しである。 で、昨日、ここに来るときに通ってきた五十里湖ダムを目指す。 道中、湯西川温泉駅(駅舎がトンネル内にある)のところで河童大祭なる行事が開かれようとしていた。 この上空だけに青空が広がっている。 雨合羽を脱いで、シートバックの上に括りつけた。 会場に続く道路にはそこに駆け参ずる足早の近隣住民の群れに出くわした。 その河童大祭なるものがこの地域に住む人々にとって如何なるものなのかは、旅人には知る由もない。 が、住民にとって大切な催しであることは理解できる。 旅人にはそれだけのことがわかればよいのである。 何もわからないクセに面白いことやってるからってだけでその中に押し入ることだけは止めようね。 五十里湖ダムからは、R120の会津西街道を伝って北上することにした。 とりあえず、会津田島を目指す。 ダムを過ぎ、トンンネルを抜けたあたりから雲行きが怪しくなった。 案の定、雨が滴り落ちてきた。 雨合羽を着けることにした。 そだ、コーヒーでも飲んで気分転換しよう! 山間のドライブインで香り深きコーヒーが飲みたい。 しっかし、探すときには無いとはよく言ったもので、いくら突き進んでもそれらしきはない。 沿道にはいろんなお店があるというのに。 そんな時、ふと思った。 なぜ、こんなにもケバイ看板や標識の類が多く立ってるんだろう? 同じ看板が繰り返し繰り返し沿道に現われる。 これでもかってほどに。 はっきり言ってうざったくなる。 うざいんだよっ! 青少年の気持ちがわかるような気がした。 この素晴らしい自然風景にちっとも合ってないんじゃないの? と、思いつつも、いや待てよ! 自然愛好家や旅人はこのように思うかも知れないが、土着の民にとってはお金を落としてくれる旅人を一瞬でもいいからこの地に引き留めておくことが先決なんだろうなと。 凡そ、そこに住む者にとって自然とか美的環境だとかはどうでもいいことなのかも知れない。 そんなんものは今すぐお金にならないのである。 毎日見ているから感動なんて沸くハズがない。 だいいち、感動してみたって毎日の生活は変わらない。 で、先ずは確固たる生活基盤なんだろうなと思い巡りつくのであった。 ンなどうでもいいことを考えていたら、すでに会津田島に差し掛かっていた。 青空が広がる。 時折小雨があたるけど。 でも、気持ちは最高によい! 阿賀野川の上流域である「阿賀川」の堤防には日本海まで198kmという粗末な立て看板があった。 そっか、この川筋にいけば新潟に出れるのか。 河口に辿りつくまでには、この流域にいろんな人たちが暮らしているんだろうなぁ。 などと、感慨にふけるのである。 川面に目をやるとあちこちの浅瀬には、水と戯れる人々の風景があった。 ほのぼのと。 この人たちを日本海の波打ち際で思いきって遊ばせてやりたいなぁ。 ここに暮らす者と河口付近に暮らす者とが交流を深めてゆけば面白いことになるんだろうな。 人は互いの立場を理解し合うことから、人として自信をつけるのである。 アハハ。 しょうもないことを描きながら更に北上を続ける。 下郷町の峠の手前に差し掛かったとき、「大内宿」なる看板を一瞬見たような気がしたが、まさかと思って通り過ごしてしまった。 じつは、大内宿はメル友の霞嬢の憧れの地である。 あとで気づいたのであるが、アレはやはり大内宿の入り口を示す看板であった。 大内宿は旧街道筋にあるそうだが、現在の国道が出来てからはひっそりとした裏街道となったとのことである。 それが、かえってよかったというのは余所者の弁かも知れない。 そのお陰で良いものがいつまでも残っているのだから善としなきゃ。 (帰宅してから下郷町のホームページで確認) 更に北上。 芦ノ牧温泉手前で今回のツーリングで二回目の燃料補給。 そこは、もうすっかり、雨はあがっていた。 といより炎天下で暑いくらい。 雨合羽を脱ぎ、会津若松を目指して出発! 無性に鶴ケ城が見たくなった。 こういうのは突然やってくるものだ。 一人旅のいいとこって、こんなとこなのかも。 ってことで、午後十二時三十分鶴ケ城三の丸門から入城。 ここまでの走行距離は自宅から395Km。 鶴ケ城は、明治時代に総工費一億五千万円で再建(復元)された城である。以前あった場所に。 今の物価に換算すれば二十〜三十億円となるそうだ。(官軍と抗戦して敗れたので新政府の命によって取り壊された城) 城は何回見ても飽きない。 会津の誇りなんだろうな。 いいな、会津人はこういう誇りがあって。 城が燃えていると勘違いして、飯盛山で自害して果てていった白虎隊の純な話しは余りにもショッキングである。 小一時間ほど城を眺めてから、帰路を急ぐことにした。 会津ICから磐越道に入って安田ICを目指す。 安田からは下道を走って、午後四時三十分無地に自宅到着である。 |
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| ●あとがきと謝辞 |
| 今回は、七月二十日に出かけた「飛騨高山一泊二日」以来のツーリングであった。 やはり、日帰りよりも刺激的である。 前回は、泊り掛けのツーリング自体が初体験ということもあって、ある程度のコースを計画どおりに走行したのであるが、今回は概ね日光方面というだけの行きあたりばったりのアバウトなものであった。 こういうのもまた楽しい! 最後に、辛抱強くこんな独り善がりの駄文を最後まで読み進めてくださった奇特な皆様に心より感謝申し上げたい。 有難う! |
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<Memo> 全走行距離530Km。 消費燃料概算2,300円(22L)。 高速料金3,000円。 宿泊料13,000円。 その他概算7,000円。 計25,300円ナリ |