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21世紀は地方分権の時代です


2000年の地方分権改革では、地方自治体の役割や
質を高め、住民自治を充実する方向へ大きく舵をきりました。
政策は生活者の視点から考え、地域の必然性を
政策目標にし、意思決定に至るプロセスは
地域住民による自己決定、自己責任と

いう正しい手続きをふまえて決定しなくてはなりません。

すなわち、“おまかせ民主主義”からの脱却です。

そのためには「情報公開」「説明責任」「住民参加」が
基本であると考えております。

 「人間が幸せになれる、ふるさとづくりをめざします」

明石市の人口は平成17年291,000人で65歳以上の高齢化率は19.9%です。
15年後の平成32年には人口247,000人に減る一方、65歳以上の高齢化率は27.1%と増加する。(兵庫県による中位推計)我が国の出生率は1.25まで下がり、平成17年から人口減少に転じました。
これからは「人口増」前提のあらゆるシステムを「人口減」前提のシステムにパラダイム転換することが必要です。
国もそうですが、地方自治体もあらゆる政策分野、あらゆる行財政システムについて人口減を前提に制度や仕組みを変えなければなりません。
日本は行政活動の3分の2が地方に委ねられています。
これだけ地方の比重が大きな国はカナダと日本くらいです。
そうした国で「地方」をどう考えるかは「国のかたち」をどう変えるかに等しいのです。
これからの日本は、地域社会が元気であること、地方自治体が活気づいていることが極めて重要となります。特に地方自治体が政策づくりの牽引力になれるかどうかは決定的な意味を持ちます。
2000年の分権改革では、地方自治体の役割や質を高め、住民自治を充実する方向へ大きく舵を切った。そこでは、地方議会が政治の中心として住民自治の輪の真ん中に座るような制度保証と運営が必要となります。首長は政治家であるが、執行機関の代表であって政治決定の中心者ではない。
議会制民主主義において、自治体における政治機関の中心は政治家集団からなる地方議会であります。
地方議会は、
  第1に、自治体活動の基本的な政策や予算、条例の決定者である
  第2に、執行機関の監視者である
  第3に、政治争点の提起者であり、政策の提案者である
本来、ひろく住民代表として選ばれ多数の議員からなる議会は地域のニーズ、職層のニーズ、年齢層のニーズ、性別の違いから生ずるニーズを幅広く自治体行政に反映できる住民の窓口でなければならない。しかし、現実は違います。
様々なルートを通じ、住民との対話を深めているのは首長であります。残念ながら、議会は個々の議員はともかく、機関としての議会はいまだに組織的に住民との対話を進めようとはしていません。制度的に期待されている役割と実際の運営にこれだけ大きなギャップがある機関も珍しい。地方議会は危機的状況にあります。
従って、待ったなしの議会改革を早急に実施しなければなりません。
今まで議会改革ということで手をつけてきたのは、行政型の議会改革で定数減や議会の予算をカットするなど量的改革に止まり、本筋である立法機能の強化など議会の質的改革には至っていません。
北海道の夕張市が一般会計120億円の財政規模に対し、外郭団体まで含め650億円を超える負債を抱え、事実上財政破綻しました。毎年出す赤字を短期借入金で糊塗する財政運営に対し、議会はチェック機能すら果たしていません。予算も決算も執行部提案どおり追認してきた結果がこの結末です。破綻の責任は議会にもあります。
議会が機能せず、舵取りを間違うと、こうした結果を生むのです。議員の役割認識として地方議員は、未だに地域の世話役、相談役を中心に活動しています。忙しいふりをして、せっせと地域の行事に顔を出し、愛想を振りまく、または井戸端会議で噂話に尾ひれをつけて話をするだけで勉強を重ねる努力や、しっかり自分の意見や主張を持たず、なんでも市長提案に賛成するだけの旧来型の議員を中心に地方議会は運営されてきたのです。分権化に伴う議会改革の本丸は政治の「質」を高める改革、つまり政治改革としての議会改革であります。
質を高める議会改革としては、
  1、立法・政策能力の向上
  2、議会の自主性の確立
  3、議会スタッフの充実
  4、監視評価機能の強化
  5、開かれた議会づくり
議員が様々な政策セミナーなどに自主的に参加し、福祉や教育、環境、農業、ごみ、観光、道路、財政など得意の分野について、実情を調べ、地域づくりに明確なビジョンを持って本会議や委員会で質問をする。そのことにより職員も目を開かれ、真剣に勉強するはずです。
職員の人材育成は首長の役割ですが、実は議員、議会の役割でもあります。旧来型の議員が職員に質問を作らせ、その答弁を事前にもらう、それを本会議や委員会で読み合う。こうした儀式のような議会を何年続けても何も生まれない。このような関係を保つことが職員に対する優しさであり、それが議員に対するサービスだと考えているようでは、単なる馴れ合い組織以外の何者でもない。議員と職員が一定の緊張感と連帯意識を持って住民に対し真剣に自治体を運営することが本来求められる政策官庁である。
行政の対応に住民の皆様が満足しないことが多々ある。その場合住民は行政に対し、なぜその程度しか出来ないのか、なぜそんな結果になったかを問責する。その問責に答えるのがアカウンタビリティ(説明責任)である。従来その矛先は執行機関(首長など)に向けられてきた。しかし、政治機関を構成する議員は「言いっぱなし」で済むのだろうか。議会は首長と対等な政治機関であり決定者だ。議会の決定があって初めて首長に執行権が生まれる。自治体に重要な決定は議会が行う。議員は選挙で色々公約を並べるが、当選してからの公約に対する責任感も自分の採決態度に対する責任感も薄いのが現実である。多くの議員は、会派の意思に従っていれば自分の採決態度に説明責任など問われないと考えているのか。基本的にはこの態度は間違いである。二元代表制の議会では、本来与党、野党という意識を持つこと自体間違っている。なぜなら議員が首長を選んでないからだ。議員は選挙公約にも、個々の案件、予算案などで取った自分の態度にも、さらに質問した内容に対しても説明責任を負うのは当然だ。住民からアカウンタビリティ(説明責任)を問われたなら、議員も議会も情報を開示し、その理由を示し、住民が納得するように説明し、さらに釈明に努めなければならない。アカウンタビリティとは単なる説明を意味しない。不満を解消する責任である。ここで議員に求められる能力は答責能力である。もし議員の答責能力が不十分で住民の納得が得られなければ議員ないし議会は制裁を覚悟しなければならない。辞任を含め責任論は制裁的責任のレベルに達する。身近な自治体で政策がつくられ、予算が編成される。このことは住民の参画や監視が可能だという点で民主主義にとって望ましい。そこで代理人としての議員が自分たちで決定した内容を単に執行機関の責任にしたり、党や会派の責任にして自分の行動に対する説明責任を免れるようでは、分権時代の議員像からは程遠いと言わざるを得ない。
政策研究ネットワーク「なら・未来」代表の木原勝彬氏は「市民と議会の距離が乖離(かいり)し、市民代表性が弱まり、欠損状態にあることを議員は認識すべきだ。もっと市民ニーズを丁寧にすくい上げ、議会活動に反映しなければならないという認識をする必要がある」と発言している。
そして、待ったなしの議会改革の提案として、以下の16項目をあげている。
市民にとっての身近な・わかりやすい議会を目指す
 1、市民にわかりやすい議事用語の使用
 2、会議・委員会での質疑は「一問一答」型を原則とする
 3、出前議会、移動議会、夜間議会、休日議会の開催
市民参加と透明性の向上に向けて
 1、市議会の情報公開制度を要綱から「知る権利」などを盛り込んだ条例にする
 2、議会の審議経過をタイムリーにHP等で情報提供する
 3、政務調査費の領収書をすべて公開する
 4、報酬の使途、市が評価した自宅の固定資産税の細目公開
 5、傍聴席に議案書を配布し、録音を認める
 6、傍聴席から一定時間内に発言出来る制度の創設
 7、傍聴席のバリアフリー化の推進
市政の監視を強化する議会に向けて
 1、土地開発公社及び外郭団体への関わり方の基本的な事項を定める
   議員提案条例の制定
 2、市職員の特殊勤務手当及び過剰な福利厚生を抑制する
   議員提案条例の制定
 3、議場への「対面演壇方式」の導入
 4、市のすべての基本計画を議決案件に追加する条例の制定
市民との協働による政策提案の推進
 1、市民・行政・議会の協働による市民主権条例(自治基本条例)の制定
 2、市民・NPOとの政策協議の場づくり、政策研究会の開催
   協働によるフォーラム開催や議員提案
以上
*最近読んで大変参考になった本*  
  1、「自治体をどうかえるか」   佐々木 信夫著  ちくま新書  777円
  2、「自治体の連続破綻の時代」  松本 武洋著   洋泉社   1,000円

<2006年11月23日 金ちゃんだより第9号より抜粋>

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