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脱出
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| 製作国・製作年度 米1972年 | ||
| 上映時間 110分 | ||
| 製作・監督 ジョン・ブアマン 原作 ジェームズ・ディッキー 脚本 ジェームズ・ディッキー 撮影 ヴィルモス・ジグモンド ビル・バトラー 音楽 エリック・ワイズバーグ スティーヴ・マンデル |
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| 出演 ジョン・ヴォイト バート・レイノルズ ロニー・コックス ネッド・ビーティ ビル・マッキーニー |
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ジョン・ボイト ・ヒート ネッド・ビーティー |
レビュー
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| 「イージー・ライダー」ではキャプテン・アメリカとビリーが排他的な田舎の人間に殺されたが、この映画では都会から来た男たちが田舎の人間を殺す。原作がいつ書かれた物かわからないので、「イージー・ライダー」の影響については何ともいえないが、「イージー・ライダー」を逆手に取ったような物語である。
ダム建設によって湖底に沈む前にカヌーで川下りをしながら豊かな自然を楽しもうと、エド(ジョン・ボイト)、ルイス(バート・レイノルズ)、ドリュー(ロニー・コックス)、ボビー(ネッド・ビーティ)の4人はジョージア州の山奥に入る。辺鄙な村についた4人はそこから川下りを始めることに決め、村の住民に乗ってきた車を下流の町まで陸送してもらおうと頼むが、住民は何となく胡散臭く気味が悪い。この辺りはフリークス的な要素を絡めた異様な雰囲気が漂っている。そんな中、ドリューがマンドリンを弾く村の精薄少年とギターでセッションする場面は、演奏される「デュエリング・バンジョー」が素晴らしく良い曲で心地よい。ただし、演奏を終えてドリューが握手しようとその少年に手を差し出しても少年はそっぽを向いたまま。車で出発した4人の後を追う村人の車の運転席の後ろに置かれたライフルのクロースアップも不安を煽る。 ようやく川に辿り付いた4人はカヌーを漕いで流れに繰り出す。ここからは音響効果も素晴らしいダイナミックな川下りの描写が連続する。2艘のカヌーが川から突き出した岩を避けながら急流に乗って進んでいく場面は迫力があり、周囲の緑や渓谷も美しさと厳かさに満ちていて、何ともいえない爽快な気分にさせてくれる。川岸でのキャンプの場面も童心に返ったようで心地よい。 ところが、翌日になって先行したエド・ボビー組が休憩するために川岸に着いた時、ライフルを持った地元の男2人に因縁をつけられて襲われ、ボビーはその一人に犯される。脅されてパンツ一丁になり、「牝ブタのようにわめけ!」と強要されてビービー鳴きながらカマを掘られる場面は胸糞悪くなること必至。恐らく男が男に犯されるという異常なシチュエーションを描いたのは、メジャー映画ではこれが初めてではないだろうか?子供の時に観たら間違いなくトラウマになる。この後、エドがやられそうになった時にルイスとドリューが現場に駆けつけ、ルイスは携帯していた弓矢で思わず片方を射殺してしまう。 この映画のテーマがここで浮かび上がってくる。地元の男たちの不条理な暴力に立ち向かったために、却って自分たちが加害者になってしまうこの不条理。あの場面でルイスとドリューが乗り込んで詰っても、相手は銃を持っているのでどうしようもなかっただろう。しかも、ボビーだけでなくエドも餌食になろうとしている。ルイスの選択は不可避であったがゆえにこの状況がますます不条理に思えてくる。 ドリューの反対を遮ってルイスは死んだ男を埋めてしまおうと主張する。周辺はじきにダムの底に沈み犯行がばれることはない。結局4人は男を埋めてその場を逃げ出す。しかし、メンバー中最も良識的なドリューは人を殺して埋めたことに呆然自失し、他の3人も逃げた男のことが気になって落ち着かない。そうこうするうちに、激流の中にドリューが落ち、他の3人も激流に飲み込まれる。この場面は凄い迫力で、俳優たちが本当に川に落ちてもみくちゃにされているのでリアルさがいや増す。 ドリュー以外は何とか断崖の下に泳ぎ着くが、ルイスは足の骨を折り身動きできない。苦痛の中でルイスはドリューが逃げた男に撃たれて川に落ちたと主張し、ボビーもそれに追従する。ドリューが川に落ちるところを見ていたエドは、そんなことはないと言い張るが、2人の主張にそうかもしれないと思いなおし、逃げた男がいると思われる頭上の断崖に単身弓矢を携えて登り始める。このロッククライミングの場面もジョン・ボイトが実際に自分で登ったらしく迫力ある見せ場になっている。しかし、逃げた男がそこにいるという説得力がまるでないのがまずい。ドリューが川に落ちてからかなり下流まで流されてきたので、仮に撃たれたとしてもその断崖の上にいるはずがない。しかも、相手が持っているのは照準器がついているライフルではなくショットガンなのだからますますあり得ない。映画の山場としてこの場面を撮ったのだろうが、前提がムチャなので必然性が感じられない。 断崖の上で夜を明かしたエドはショットガンを持って下を覗き込んでいる男を見つけて矢を射る。ここもスリリングな見せ場になっており、崖から身を乗り出して今にも落ちそうなエドを男が撃とうとして狙いを外し、弾丸が足元の岩に当たって小石が飛び散る描写は鬼気迫る。ところが、よく見てみるとエドが倒したこの男は例の逃げた男じゃない。しかし、死んだ男を崖下まで運んでボビーに確認すると、ボビーはこの男が例の男だと言い張る。恐怖のためにますます不条理の深みに嵌っていく登場人物たちの姿がここでも強調される。 再びカヌーに乗り込んだ3人は木にひっかかったドリューの死体を発見する。ドリューが片腕を頭の後ろに回したグロテスクな姿勢をしているのが異様で、エドとボビーがドリューの死体を川に沈める気持ちも何となくわかる。こんな死体、カヌーに結び付けて一緒に川を下りたくない。 3人はようやく川下の町に着く。ルイスを病院へ連れて行った後、エドとボビーは口裏を合わせて地元の警察に事情を話すが、エドが誤って殺した男の弟がしつこく絡んできて2人を不安にさせるが、何とか切り抜けて町を出る。この部分は町の人間に招かれて2人が食事をする場面などもたつき気味で感心できないが、ようやく家庭に戻ったエドが湖底から浮き上がってくる死体の夢に怯えるラストは定石とはいえなかなかショッキング。 僕たちがレジャーに出かけるのは、日常に対する不満から非日常への憧れを抱いているからだ。この映画はそんな非日常の落とし穴、底知れない闇の部分を抉り出して見せてくれる。展開にギクシャクしたところもあるけれど、色々と考えさせられる異色作だと思う。それにしても、この映画に出てくる田舎の人たちは、揃いも揃って髭だらけで前歯がなくて、おまけに精薄そうな表情で不気味。その上劇中でボビーに「田舎の連中は近親結婚が多いから、おかしな奴も多いんだ」なんて蔑視発言をさせている。実際田舎に住んでいる人たちからこの映画に対して文句は来なかったのだろうか? |