独立愚連隊

日 1959年 109分

製作 田中友幸
監督・脚本 岡本喜八
撮影 逢沢譲
美術 阿久根巌
音楽 佐藤勝
出演 佐藤允 中谷一郎 中丸忠雄 江原達怡 鶴田浩二 三船敏郎 上村幸之 雪村いづみ 上原美佐 横山道代 塩沢とき

関連映画

岡本喜八

肉弾

大誘拐 RAINBOWKIDS

中谷一郎

切腹

三船敏郎

七人の侍

隠し砦の三悪人

用心棒

椿三十郎

上意討ち 拝領妻始末

 この映画、色々な紹介記事などを読んで勝手に戦争アクションの傑作と頭の中で決め付けていた。確かに当時のポスターについた惹句が「花札に明日の命を賭ける地獄の守備隊!」だったのだから、派手なドンパチが繰り広げられるアクション映画と思い込んでも無理はない。 だから、初めて観た時にミステリー仕立てのサスペンスだったので驚き、かつ、ちょっと失望もした。しかし、立て続けに2度観て、3度観たら、やっぱり傑作だった。今では僕が今までに観た邦画の中で一二を争う傑作となっている。

 第二次大戦の末期、北支戦線にふらりと現われた従軍記者荒木は、見習い士官の大久保が敵と交戦中に情婦と心中したという事件を嗅ぎつけ、その真相を知るために独立第九○小哨、通称独立愚連隊と呼ばれる小哨隊を訪れる・・・。

 物語は大久保の死の真相と荒木の正体を中心にテンポ良く進んでいくのだが、とにかく登場するキャラクターがみな一癖も二癖もあって面白い。これだけ魅力的なキャラクターを揃えた映画はちょっと珍しいのではないか。愚連隊の連中は言うまでもないが、僕はこの映画で初めて佐藤允を知って驚いた。なんだこの人は!まるでニューマンとマックイーンを足して2で割ったような個性じゃないか!とてもアクが強い面相だが(当時は和製リチャード・ウィドマークと呼ばれていたらしい)、いつも笑みを浮かべていて、それが場面によってとても人懐っこかったり、ふてぶてしかったり、凄みがあったりと、とにかく日本人離れしたバタくさい個性で強烈。また、石井軍曹に扮する中谷一郎も敵なのか味方なのかわからないとらえどころがない性格で、佐藤允とは別の意味で人を食ったようなユニークな個性がある。この人が「水戸黄門」の風車の弥七だと知ったのは映画を観た後だが、確かに観ていて何となく懐かしい感じがした。この二人は後の喜八映画にもしばしば登場するが、ホント、こんなにいい役者がいたとは知らなかった。

 また、慰安婦トミを演じた雪村いずみのかわいらしさにも驚いた。一途に荒木を想って後をついてくるいじらしさが、変にベタベタせずキュートな魅力になっている。驚いたといえば、三船敏郎。事故で頭を打ってイカレてしまった児玉大尉の役(しかもチョイ役)で出ているのだが、当時すでに「世界のミフネ」だっただろうに、こんな役で出演するのだから余程茶目っ気があるのだろう(もっとも三船はデビューして間もない頃、まだ助監督の喜八監督の部屋に居候していたらしいので、喜八監督の依頼を二つ返事で引き受けたと思われる)。さらに、謎の中国人ヤン亜東を演じる鶴田浩二の怪演も強烈。いきなり流暢な中国語(本物の中国語かどうかはわからないが)を喋るので度肝を抜かれた。

 ユーモアも盛りだくさん。先のイカレた大尉が慰安婦相手に「お前らそれでも金玉ついてんのかぁ!」「ついてるわけないよ。女だもの。パカだなぁ〜」なんてやりとりをかます場面などその筆頭で、豪快なユーモアが全編にわたって炸裂する。ケレン味たっぷりの演出やテンポのよい編集も喜八監督ならでは。特に終盤、荒木と黒幕が決闘するまるで西部劇のような場面や八路軍を相手に壮烈なドンパチを繰り広げる場面は、喜八監督の面目躍如といえるシャープかつダイナミックな名場面だ。伏線を随所に張り巡らせた脚本もまた素晴らしい。また、ラストの荒木の独白「死んでもいいと思っていた俺が生き残り、生きたいと思っていた奴らが死んでしまった」では、喜八監督らしく戦争そのものの空しさがはっきりと打ち出されているのが注目される。

 この映画はミステリーの体裁をとっているのでストーリーを詳しく書けないが、日本映画には数少ない娯楽映画の傑作とだけ言っておく。が、それにも関わらず、この映画は正当な評価を与えられていないようだ。その理由は「好戦的」だから。日本が侵略しようとした中国を敵役に戦争映画を作るのはけしからんというわけである。こういうことを考えるのは得てして知識人と呼ばれる輩だったりする。

 しかし、ちょっと待て。この映画を「好戦的」と決め付けるのは大間違いだぞ。確かに八路軍を相手に愚連隊はドンパチをやらかすが、八路軍とは単なる「敵役」でしかない。はっきり言えば競技の相手くらいの扱いでしかない。要するにそこには相手に対する悪意などはまったくないのだ。むしろ物資を横流しして稼いでいる日本軍の仕官こそ憎むべき敵であり、「敵役」以上の「悪役」なのだ。喜八監督が描きたかったのは愛国でもなければ戦争の大義でもなく、戦争に国民を投げ込んでその財産や命を食い物にする軍部の愚かしさだ。序盤に荒木が若い兵士に羊羹を差し出しながら、「若いなあ、死ぬなよ」と言うごく短い場面がある。妙な衒いもやらしい作為もなく、さらりと描かれるこの場面に、僕は思わず胸を打たれた。これこそ喜八監督の本心であって、どこにも「好戦的」などという意図はない。

 同様に従軍慰安婦が出てくるという理由で、この映画は知識人やフェミニストから胡散臭い目で見られたりするわけだが、彼らは従軍慰安婦がみな強制されてそうなったと思っているのだろうか?この映画のように戦争中に身を売って金を稼いで、本土に帰ったらそれを元手に商売を始めようという女性がいなかったと言い切れるのか?むしろ彼女たちのように悲惨な境遇にもめげずたくましく生きていた女性は大勢いたに違いない。喜八監督は彼女らの哀れさよりも旺盛なバイタリティを描いており、それは彼女たちへの賞賛でこそあれ蔑視では決してないのだ。

 この映画を正当に評価できない輩とは、要するに「好戦的」とか「従軍慰安婦」などのキーワードでしかものを見ず、映画の本質を(まるで難解でなく自明のことなのに)汲み取れない馬鹿なのだ。もちろん自身の頭で考えることを放棄してしまい、単にキーワードだけに過剰に反応してしまう連中が多いのは、映画に限らず社会現象にもしばしば見られること(一番いい例が「ワイドショー」の司会や偏った新聞の報道に煽られてその言を鵜呑みにしてしまう「大衆」と呼ばれる馬鹿)であり、嘆かわしい限りである。

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