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深夜の告白 米 1944年 106分 |
| 製作 ジョセフ・シストロム 監督 ビリー・ワイルダー 原作 ジェームズ・M・ケイン 脚本 ビリー・ワイルダー レイモンド・チャンドラー 撮影 ジョン・サイツ 音楽 ミクロス・ローザ 出演 フレッド・マクマレイ バーバラ・スタンウィック エドワード・G・ロビンソン ポーター・ホール ジーン・ヘザー トム・パワーズ |
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関連映画 ビリー・ワイルダー ・情婦
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50年代後半以降、ビリー・ワイルダーはコメディばかり撮るようになったが、それ以前は問題作が多かった。アル中男の苦悩をリアルに描いた「失われた週末」や夢の都ハリウッドの内幕を暴露的に描いた「サンセット大通り」、倫理を無視して特ダネに執着する記者を描いた「地獄の英雄」など。そうした系譜の魁となったのがこの犯罪サスペンス映画だろう。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」で有名なジェームズ・M・ケインの中編小説の映画化だ。
この映画が問題作である所以は、不貞の女が保険金目当てに不倫相手と共謀して亭主を殺すというストーリーにある。この種の事件は今も昔もインモラルな犯罪として厳しく論評されるが、映画として描かれたのはこれが初めてだったので、公開時は「倫理的に許し難い映画」という保守派の批判もあったようだ。そうした物語をあえて映画化したのはワイルダーの野心もあるだろうが、第二次大戦中の殺伐とした情勢の中で、リアルな人間像や事件が求められていたのかもしれない。 夜中、一台の車が乱暴運転をしながらある保険会社のビルへやってくるところから始まる。車から出てきた男はよろめきながらビルへ入って事務所へたどり着くと、コートを脱いで椅子に腰掛ける。肩には銃で撃たれた跡があるが、男は構わず録音機を取り出してマイクに向って告白する・・・。このオープニングからグッと引き込まれるのだが、以下保険会社の営業マンだったウォルター・ネフが転落の果てに犯した罪が、彼の独白と回想によって描かれる。 自動車保険の更新の手続きで実業家のディークトリクスンの家にやってきたウォルターは、そこで妖艶な後妻フィリスと出会う。フィリスは彼を誘惑して夫殺しの片棒を担がせようとするが、それに気付いたウォルターは突っぱねる。しかし、アパートまでやってきたフィリスの肉体に目がくらみ関係を結んでしまったウォルターは、ディートリクスンを騙して傷害保険にサインさせ、フィリスと共に列車事故に見せかけて彼を殺してしまう。計画は完璧で犯行が発覚する恐れはないと思われたが、10万ドルの保険金を支払うのに難色を示した上司がディートリクスンの死は自殺ではないかと疑いはじめ、さらにウォルターの同僚で保険調査員のキーズがディートリクスンの死因に疑問を抱きフィリスの身辺を調査しはじめる。保険金が下りず、嫌疑を恐れて会うに会えないウォルターとフィリスは、次第に疑心暗鬼に陥っていく・・・。 この映画の脚本はその道でも一流のワイルダー自身と、フィリップ・マーロウを生んだハードボイルド小説の大家レイモンド・チャンドラーが書いている。二人は互いに性格や方針が合わず絶えず衝突していたらしいが、そんな裏話が信じられないほど見事な脚本に仕上がっている。倒叙型の展開のおかげで事件の輪郭がはっきりしていて分かりやすく、特に後半の二人の盲点をついたキーズの見事な推理と彼が調査したフィリスの身辺、義理の娘が告白するフィリスの忌まわしい過去などによってウォルターのフィリスに対する不信が募り、不可避の結末に向っていく段取りは見事。また、セリフの応酬に字幕を追い切れない部分もあるが、チャンドラーらしい諧謔に満ちた名セリフが目白押し。キーズが保険金を要求する農夫のトリックを見破り事務所から追い出した後で、「タバコの灰だらけの彼のチョッキの下には、寛容な心があるのを俺は知っている」というウォルターの独白など心憎いセリフだ。このキーズのような保険金の支払いが妥当かどうかを調べる調査員の存在も個人的には珍しくて面白かった。回想で物語を進めるのは、回想場面の好きなワイルダーのアイデアだろう。 ワイルダーは松葉杖をついた男の影がこちらに向ってくるオープニングからグルーミーな雰囲気を漂わせ、欲望の果てに自滅する男女の姿をリアルに描き出す。ウォルターが初めてフィリスに会う場面では「氷の微笑」でシャロン・ストーンが足を組み変える場面を先取りしたようななまめかしい描写を見せるが、ウォルターがディートリクスンを殺す場面では凶行そのものは見せずフィリスの顔だけを映して却って非情さを表現している。現代の映画ならさしずめディートリクスンが頭を撃ちぬかれて脳みそが飛び散るところまで描写してしまうのだろうが、何でもかんでも見せればいいというもんじゃない。むしろ見せないことで想像力に訴える方がずっとスマートだ。偽装工作の際の目撃者が現れてウォルターがヒヤリとする場面や、ウォルターのアパートにキーズがやってきてフィリスと危うく鉢合わせしそうになる場面などドキドキするが、それ以上に人物の捌き方がうまくて惚れ惚れする。うまいといえば、ワイルダーは小道具の扱い方がうまいので有名だが、ここではウォルターが摺るマッチの扱いが絶妙で、ラストシーンにうまく使われている。 バーバラ・スタンウィックもフレッド・マクマレイも僕には馴染みの薄い俳優だが、バーバラ・スタンウィックは金髪のかつらを被ってこの打算的で冷酷な悪女を好演。僕には特別美人に見えないが、それでも妖艶な感じを良く出ており、まさに「ファム・ファタール(運命の女)」といった風情がある。フレッド・マクマレイはハンサムでタフな感じのする良い役者だと思う。人妻と知りながらフィリスにかまをかける図々しさや彼女の企みを知って突き放すところは十分にハードボイルドだった。この二人以上にインパクトがあったのはエドワード・G・ロビンソン。ギャング役で一時代を築いた名優だが、小柄で風采の上がらない面相ながら凄い存在感。顧客であろうが上司であろうがマシンガントークで圧倒するところは迫力たっぷりだが、それでいて人情味が滲み出ているのがよい。 映画のクライマックスでフィリスに対して観客の同情を引くような描写をもうけているのは、性善説を掲げる当時のハリウッドとしては仕方ないが、やはり甘い妥協といわなければならない。しかし、そのフィリスをウォルターが撃ち殺すのは見事で、これぞハードボイルドといった描写である。さらにラストで半死半生のウォルターが咥えるタバコにキーズがマッチで火をつけてやる場面も見事な幕切れだった。僕はこのラストシーンを観ながらジョン・ヒューストンの「マルタの鷹」を思い出した。ハードボイルド映画の雛形となった「マルタの鷹」は傑作だが、この映画もそれに勝るとも劣らないハードボイルド映画の傑作だと思う。まさに「フィルム・ノワール」という言葉が相応しい。 |