上意討ち 拝領妻始末

日 1967年 128分

製作 田中友幸
監督 小林正樹
原作 滝口康彦
脚本 橋本忍
撮影 山田一夫
美術 村木与四郎
編集 相良久
音楽 武満徹
出演 三船敏郎 仲代達矢 加藤剛 司葉子 江原達怡 大塚道子 松村達雄 三島雅夫 神山繁 山形勲 浜村純

関連映画

小林正樹

切腹

怪談

三船敏郎

七人の侍

隠し砦の三悪人

独立愚連隊

用心棒

椿三十郎

仲代達矢

・用心棒

・切腹

・椿三十郎

・怪談

影武者

加藤剛

砂の器

 これは「男の怒りをぶちまけろ!!」という映画。

 会津松平藩馬廻り役で藩内きっての剣の達人伊三郎は笹原家の入り婿で、自身が愛のない結婚を強いられたため、息子の与五郎にはそうした結婚をさせたくないと思っている。そこへ降って湧いたように殿様の側室お市を召し下げるという上意。この側室、殿様が新しい側室を迎えてニヤニヤしているのを見てビンタをはったような女。こんなワケありの女を嫁に貰いたくないが、上意には逆らえない。その窮境を察して、与五郎は快くお市を嫁に迎える。ところが、このお市は頗る心根の優しい従順な女で、嫌味や姑にも口答えひとつせずけなげに堪える。息子と嫁の睦まじさに伊三郎もホッと一安心、孫のとみも出来て生まれて初めて家庭での幸せを感じる。

 ところが、殿様の嫡子が江戸藩邸で急逝、お市が大奥にいた頃に生んだ子が世継ぎになる。世継ぎの生母を下級藩士の妻にしておくのは体面が許さない。そこで今度はお市を召し上げるという上意。お上大事、お家大事と親類縁者が集まって伊三郎・与五郎親子にお市を返すように説得するが、二人はそれを断固として拒否する。お市も最後まで与五郎と添い遂げるつもりだ。しかし、次男文蔵が計ってお市を城に連れ出し、藩の上役が拉致してしまう。この処置に怒った笹原親子は、お市を返さなければ幕府にこの非道を訴えると脅して屋敷に篭城する。そして・・・。

 許婚のいるお市を無理やり大奥に召し上げて子供を産ませ、過失があったからといって家臣に召し下げ、更に事態が変わると今度は再び召し上げる。こうした殿様や藩の上層部の暴慢を理不尽と感じるのは僕たちが近代人であるからだろうが、当時だってそういう目にあったら同じように思うに違いない。今まで藩に対して馬廻り役として、そして家に対して入り婿として尽くしてきた伊三郎は、自分の干からびた家庭生活に生き甲斐を与えてくれたお市のために家にそむき藩を敵に回す。ここに封建社会の非人間性と個人の尊厳というテーマが浮かび上がる。

 そうしたテーマは普遍的なものではあるが、ともすれば古臭く退屈なものになりかねない。しかし、この映画では三船敏郎の力演もあって、観ているこっちも彼の憤りを共有することができる。進退窮まってお市に大奥に帰ってくれと苦渋の面持ちで頭を下げる与五郎を、「俺は少しばかりの剣の腕を見込まれ、この笹原家の養子に迎えられた。二十年余り、ただ藩のために勤め、他に何の取り柄もないクズな男だ。敢えて言おう。俺はクズな男だ!しかし、この俺がこの事にだけは何故、このように意地を張るか。 それは、お前たちの間に俺にはなかった、俺には少しもなかった、愛という物の繋がりを感じたからだ。与五郎!市!俺に誓え!どのような事があっても離れぬと、この父に誓え!」と言って叱咤する場面。上意討ちの侍たちがやってきて上意を伝える時のやりとりで、「ほぉ切腹。儂はまた、首を切られ、市中引き回しくらいにはなるかと思ったが、潔く、武士としての最期を遂げさせて下さるか。では遠慮なく・・・」 「父上!?」 「しかし、こちらも切腹する前に所望の物が御座る。首を三つもって来いッ!」とふてぶてしく開き直る場面。剣友浅野帯刀との宿命の対決を辛くも制したものの、ガクリと膝をつく帯刀の肩を掴んで、「帯刀、帯刀っ!」と悲痛に叫ぶ場面。銃弾を何発も受けた伊三郎がまだ赤ん坊の孫娘とみに「お前は母のような優しい女になって、父のような立派な男を夫にするのだぞっ!」と言って絶命する場面。どれも三船の重厚感溢れる演技が伊三郎の不器用な人生と、封建体制に対する言い知れぬ怒りを見事に描き出し、観ているこっちも男泣きする。まさにこの映画におけるオールマイティな存在である。

 浅野帯刀の仲代も素晴らしい存在感。「用心棒」や「椿三十郎」など三船にやられる役が多いけれど、三船の敵役に相応しい重量感があるのは仲代くらいなので仕方ない。しかし、今回は腹に一物ありそうなギラギラした感じを漂わせつつも、伊三郎の友人としてその心中を察する奥行きのある役。対決の前に伊三郎と一緒にとみをあやしている姿がいい。これに続く対決を見ると、もしかしたら帯刀が伊三郎に勝ちを譲ったのかもしれない。また、側用人の高橋外記を演じた神山繁は、爬虫類を思わせるヌメヌメした感じで非常に不気味な存在感を漂わせている。この二人に比べると与五郎の加藤剛やお市の司葉子はそれほどインパクトはない。

 小林正樹の演出も重厚だ。俯瞰の構図も含めどのショットも非常にどっしりとした安定感があり、まるで建築のような印象を与える。急所におけるズームが時々ぎこちないのは撮影監督の腕前のせいだろうが、使い方自体はとてもオーソドックスで効果的。また、お市が忌まわしい過去を語る場面をはじめとして、感情を抑制して泣き叫んだりベタベタしない扱いも好感が持てる。後半のチャンバラは今日の目から見ると迫力に欠けるきらいもあるが、背丈ほどのススキの野原を突き進んで伊三郎がバッタバッタと追っ手を返り討ちにする描写は視覚的に素晴らしかった。

 というわけで、非常にオーソドックスではあるが、それゆえに「水戸黄門」のように僕たち日本人の琴線に触れる名作時代劇だと思う。

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