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恐喝こそわが人生
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| 製作国・製作年度 日1968年 | ||
| 上映時間 90分 | ||
| 製作 脇田茂 織田明 監督 深作欣二 原作 藤原審爾 脚本 神波忠男 長田紀生 松田寛夫 撮影 丸山恵司 美術 佐藤公信 音楽 鏑木創 |
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| 出演 松方弘樹 佐藤友美 室田日出男 城アキラ 江原真二郎 丹波哲郎 内田良平 天知茂 園江梨子 |
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深作欣二 ・魔界転生 |
レビュー
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キャバレーのボーイをしていた村木が密造酒の仕入れの話を聞いてしまったためにヤクザに襲われ、その腹いせに密造酒の件でゆすりをかけて小金を手にしたのがきっかけで、元ヤクザの関、ボクサーの零戦、フーテンのお時とグループを結成、金持ちやヤクザ相手に恐喝稼業に精を出す。しかし、ヤミ献金に絡む政界の大物フィクサーに手を出したのが運の尽き、という題名どおりの物騒な映画。 村木はバーの女のヒモだったり、バーテン時代にこき使われたり、バーの経営者を脅そうとして逆にボコボコにされたりがトラウマになっていて、いつか世間を見返してやろうという強烈な反骨精神と上昇志向を抱いている。映画は恐喝した美人女優を情婦にし、仲間たちとバーを経営する結構な身分になった状況から始まるのだが、折に触れて村木の頭に昔の思い出が蘇り更に大きなヤマに彼を駆り立てる。この社会の底辺から這い上がろうとする若者の鬱屈した心情と挫折がよく描かれており、僕は同時代のアメリカン・ニュー・シネマを思い出した。 ただし、意外とジメジメした暗いところはなく、カラッとしたドライなタッチなのがやはりフカキン。村木がシャワーを浴びて素っ裸のまま出てくるオープニングから妙にアッケラカンとしてテンポも快調、歯切れのいい場面が展開する。そうした効果を生み出しているのが多用されるストップモーションとそれに続くフラッシュバック&イメージフラッシュ。これは今観ても斬新で、それに被さる村木のモノローグもよく生かされている。あまりにテンポがよすぎて話が飛ぶところがあったり繋がらないところもあるにはあるが、切れ味は相当のもの。カラーでありながら陰影に富んだ映像や時折挟まれる東京の街のロングショットもシャープ、「仁義なき戦い」ほどではないが激しい場面ではカメラも激しく動き、フカキンがその個性を十分に発揮している。 村木を演じる松方弘樹はコミカルな味が生かされており、恐喝でトントン拍子にのし上がっていくチンピラを愛嬌たっぷりに演じていてる。脇を固める佐藤友美、室田日出男、江原真二郎などもいい味を出している。特に公衆電話から村木とお時が大物フィクサーに恐喝をかける場面は名場面で、緊張のあまり額に汗をかく村木とその手を固く握り締めるお時が、電話が終わった後で思わず抱き合うところは、チンピラなるがゆえの意地や怯え、喜びがよく出ていてよかった。その後の車の中での抱擁も外で降る雨を配して情感タップリ。ただし、当時城アキラと名乗っていたジョー山中は、ボクサーの経験もあったことからの出演だろうが、セリフ回しなどちょっと疑問だ。零戦が死ぬ場面でのファイティングポーズも紋切り型の演技かつ短絡的すぎる演技指導で、観ていて恥ずかしい。 恥ずかしいといえば、むやみにアウトな音階を使ったサイケデリックな音楽も今日の観点からするとかなり恥ずかしいが、これは主人公たちのアナーキーな心情を当時流行したアナーキーな音楽で表現しようという意図だろうか。まあ、劇中しばしばかかるのですぐに慣れるが。これとは別に佐藤友美が時たま吹く口笛は哀愁タップリの演歌調で、サイケな劇伴と好対照をなしている。 反骨の主人公が巨悪に挑んで敗れるというのはいかにもフカキンらしいテーマで、最後に村木が大物フィクサーの放った刺客にコマ劇場の前で刺され、周りを取り囲む通行人を睨み付けながら、「何見てやがんだ・・・くそっ、馬鹿にしやがって、くそっ・・・!」と呟いて死ぬ場面はグッとくる。作りとしては小品の部類だし荒削りなところもあるにはあるが、個人的には主人公の生き様に共感する点が多く、ドラマとしてもよく出来ている犯罪映画の佳品。 |