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昼下りの情事 米 1957年 134分 |
| 製作・監督 ビリー・ワイルダー 原作 クロード・アネ 脚本 ビリー・ワイルダー I・A・L・ダイアモンド 撮影 ウィリアム・C・メラー 音楽 フランツ・ワックスマン 出演 オードリー・ヘプバーン ゲイリー・クーパー モーリス・シュヴァリエ ジョン・マッギーヴァー ヴァン・ドード |
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関連映画 ビリー・ワイルダー ・情婦 オードリー・ヘプバーン ・麗しのサブリナ ゲイリー・クーパー |
「麗しのサブリナ」のビリー・ワイルダーとオードリー・ヘプバーンが再び組んだロマンチック・コメディ。世間一般では名作と言われているけれど、僕にはどこが面白いのかさっぱりわからない。
パリジェンヌのアリアーヌは、探偵の父クロードが集めていた世界的億万長者でプレイボーイのフラナガン氏の資料を見て一目惚れ、フラナガン氏が浮気していた女性の夫から銃で撃たれそうになるところを機転で救うと、プレイガールを気取って彼の気を惹こうとする。そんなアリアーヌにフラナガン氏も惹かれていくが・・・。 という恋愛ゲームを描いた映画。ストーリーは、まあいい。アンクレットや録音機といった小道具の使い方もうまい。フラナガン氏についてくるカルテットの描写はどれもコメディのお手本というべき描写だ。もちろん彼らが奏でる「魅惑の巴里(ファシネーション)」も効果的に使われている。粋なセリフも多い。 しかしだ。個人的には主人公であるアリアーヌとフラナガン氏にまったく共感できない。フラナガン氏はただひたすら浮気しているだけ。恋愛の深みに嵌らないということを哲学にしておられるようだが、冒頭からそんな男に女房を寝取られた男が悩む挿話があるから、この男にまるで同情できない。おまけにホテルの部屋にやってきたアリアーヌもつまみ食い(二人がキスの場面の後でアリアーヌが髪をとかす場面が来ているからには、二人が寝ていないと考える方が難しい)。妻を寝取られた男を侮辱しているだけでなく、自分が寝取った女をも侮辱している。実際、この後でフラナガン氏が世界中で浮名を流しているのが、アリアーヌが読む新聞や雑誌の切り抜きでわかるのだが、この男、どうやら相手は誰でもいいらしい。しかも、後年再びアリアーヌと再会した時も別の女を連れている。どうしようもない男である。さらにどうしようもないのは、そんな男に共感できるような内面描写がまるでないことである。しかも、そんな男に惚れる馬鹿娘の役がオードリーとは・・・トホホ。 わかっちゃいるさ。この映画はゲームなのだ。世界的なプレイボーイをパリの純情娘が翻弄する、それを野球かフットボール感覚で楽しめばいいのだ。実際映画の冒頭で「パリでは誰でも恋をする・・・」云々のナレーションが入るし、現実のフランス人も結婚と恋愛を別物と考え、フランス人の浮気率や離婚率はかなり高いという話をどこかで読んだこともある。ただし、そうした前提、いわばゲームの規則を踏まえていても、主人公たちの行動に共感がもてなければまるで意味がないし楽しめない。彼らの恋愛観を共有できる人には面白いかもしれないが、僕個人の恋愛観からはかけ離れていて、特にラストなど観るに堪えない。あの後列車事故で二人とも死ねばいいのにとリアルに思った。正直なところ、罪のない人もバンバン殺す「俺たちに明日はない」のボニーとクライドの方がずっと共感できる。 この映画で僕が唯一共感できるのは、アリアーヌの恋愛ジャンキーぶりを陰で見守っている親父のクロードの心情だけだ。フラナガンと逢引して夜遅く帰ってきたアリアーヌをクロードが優しく咎める場面や、アリアーヌの調査を依頼したフラナガンにクロードが真相を話して、娘と別れて欲しいと告げる場面は、モーリス・シュバリエの滋味溢れる演技もあって心に滲みる。 演出も脚本も素晴らしいし、オードリーもクーパーもシュバリエも魅力あるし、普通なら文句なしの名作なのだが、やはり登場人物の心情に共感できなければ、ただ2時間の暇つぶしなのだ。嫌な気分が残った分、むしろ時間の無駄だった。 |