サンセット大通り

米 1950年 110分

製作 チャールズ・ブラケット
監督 ビリー・ワイルダー
脚本 ビリー・ワイルダー チャールズ・ブラケット D・M・マーシュマン・Jr
撮影 ジョン・サイツ
特殊効果 ゴードン・ジェニングス
音楽 フランツ・ワックスマン
出演  グロリア・スワンソン ウィリアム・ホールデン エリッヒ・フォン・シュトロハイム ナンシー・オルソン フレッド・クラーク ジャック・ウェッブ ヘッダ・ホッパー バスター・キートン セシル・B・デミル

関連映画

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・麗しのサブリナ

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 映画の素人としてはかなりの本数の映画を観てきた方だと思うが、そんな僕が最も優れた映画と思っているのがこの映画。たった1回しか観ていない(怖くて再見できない)が、そのインパクトは未だはっきりと頭の中に焼きついている。

 サイレント映画時代の大女優ノーマはトーキーの時代が来ると映画界から忘れ去られ、今はひっそりと暮らしている。彼女の屋敷は荒れ放題で廃墟のよう。部屋のあちこちに夥しい自分のブロマイドが飾られ、まるで過去の栄光の中で生きている亡霊のような存在だ。こんな悲惨な役を実際にサイレント時代の大スターだったグロリア・スワンソンに頼むとは製作者も凄い度胸だし、やるほうも凄い根性である。

 そんな過去に生きる彼女にも現在に対する野心がある。再び銀幕に返り咲くことと、脚本家志望の若い愛人ジョーの愛をつなぎとめておくことだ。しかし、そのどちらも上手く行かない。屋敷にかかってきた電話を自分の出演依頼と勘違いして撮影所に乗り込む場面など滑稽だが、セシル・B・デミル(実名で登場するサイレント映画時代からの大監督)が苦虫を噛み潰して追い払うのに苦慮する場面など哀れを催すし、ジョーの恋人ベティの家にいたずら電話を掛ける場面はやりきれない。

 対するジョーは富と名声を求めてハリウッドに乗り込んできた田舎者だが、映画会社からはまるで相手にされない。月賦で買った車も残金が払えず取り上げられてしまう情けなさ。そんな彼だからノーマのヒモになってしまうのも仕方ない。しかし、彼にもまた矜持があって、友人たちや同じ脚本部の愛するベティにはそのことを決して打ち明けない。またヒモの生活にウンザリして田舎に戻って元の新聞社に復帰しようとも考える。この青年像は打算も含めてきわめて自然に描かれていて、だからこそ不可避な悲劇へと突き進んでいく展開がドラマチックになっている。

 マックスについても書かねばならない。大監督エリッヒ・フォン・シュトロハイム演じるこのマックスは、かつてノーマを見出してスターに育てた映画監督であり、彼女の最初の夫。にも拘らず現在執事として彼女にかしずいているのは、彼自身ノーマの魅力にとりつかれているから。そのため、彼女のエゴを満たしそのプライドを守り続けようとする。彼がファンからと偽って大量のファンレターを書き続けているというエピソードは異常ではあるけれどやはり胸を打たれる。彼がノーマの悲劇を生んだともいえるが、ノーマから離れられない彼自身が既に悲劇。そんな異常な役をシュトロハイムは感情をまるで出さない抑制した演技で押し通す。

 この映画のテーマは忘れ去られたスターの、カムバックにかける狂気にも似た執念とその挫折。そして、脚本と演出はそのテーマから寸分もぶれずに物語をぐんぐん推し進めていく。構成に隙や緩みがなく描きたい事だけを過不足なく描いていく。その力強さや簡潔さはさながらギリシア悲劇のよう。その結果、全てのセリフが名ゼリフ、どの場面も名場面という破天荒な映画となっている。

 プールに浮かんだジョーの死体の回想というトリッキーなオープニングをはじめとして、この映画は本当に名場面のオンパレードだが、自分の元を去ろうとするジョーを撃ち殺して発狂したノーマがスターの如く階段を下りてきて、押しかけてきたカメラマンの焚くシャッターの眩い光の中でポーズをとるというラストシーンは、映画史上最も凄絶なシーンとして記憶されるだろう。

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