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アフリカの女王 米 1951年 104分 |
| 監督 ジョン・ヒューストン 原作 C・S・フォレスター 脚本 ジョン・ヒュースト ジェームズ・アギー 撮影 ジャック・カーディフ 音楽 アラン・グレイ 出演 ハンフリー・ボガート キャサリン・ヘプバーン ロバート・モーレイ ピーター・ブル セオドア・バイケル ウォルター・ゴテル |
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関連映画 ジョン・ヒューストン ハンフリー・ボガート ・マルタの鷹 キャサリン・ヘプバーン |
監督ジョン・ヒューストン、主演ハンフリー・ボガートの黄金コンビの第5作目にして最後の作品。これでボギーはアカデミー主演男優賞を獲った。50年以上昔の映画だけれど、未だに高い評価を得ている冒険もののクラシックだ。
イギリス出身のオールドミス・ロージーは宣教師の兄とともにアフリカの奥地で暮らしていたが、そこへドイツ軍がやってきて原住民たちを徴発、村を焼き討ちをして去っていく。心身ともにショックを受けた兄は死に、ロージーは川を上り下りして物資を運んでいるオンボロ蒸気船「アフリカの女王」号の船長チャーリーに助けられる。ところが、彼女は兄の仇討ちとイギリス的愛国心から、川下の湖に浮かんでイギリス軍の進軍を防いでいるドイツ軍の砲艦ルイザ号を攻撃、沈没させようと主張する。 「どうやってそんなことするんだ?」 「『アフリカの女王』号に積んでいる爆発性ゼラチンで魚雷を作って船もろとも突っ込むのよ!」 「ふざけんな〜!!」 まったく迷惑なオバハンだが、うまいこと言いくるめられてチャーリーは渋々ロージーに協力することになり、二人の冒険行がユーモアたっぷりスリルたっぷりに描かれる。 50年代の映画であるからスクリーン・プロセスを使った合成撮影が当然使用されているのだが、それでも意外とロケ場面も多くてアフリカの景観が楽しめるのは何よりだ。象・キリン・カバ・ライオン・ワニなどの動物たちも出てきて気分を盛り上げる。「アフリカの女王」号の前をカバの群れが横切っていく場面など圧巻だ。 また、二人の冒険行もなかなか派手に描かれており、何度か出てくる激流くだりの場面も合成撮影とはっきりわかるカットもあるが、なかなか迫力がある。 が、何と言っても見どころは、狭い船の上で展開するロージーとチャーリーの掛け合いだ。何しろアメリカ最高の演技派女優とアメリカ最高のハードボイルド俳優の掛け合いだから、面白くないはずがない。キャサリン・ヘプバーンの堅苦しくも勝気なロージーと、ハンフリー・ボガートの飲んだくれのだらしないチャーリーが、いがみ合いながらも次第に打ち解けていく姿が何とも楽しい。 ジンを飲んでロージーに毒づいたまま寝てしまったチャーリーが翌朝目覚めると、ロージーがジンを川に捨てているという場面は、寝ているボギーの顔越しに取り澄ましたロージーがジンの瓶を逆さにして川に捨てているという構図が見事、その次ぎのカットで川に浮かんでいるたくさんのジンの瓶を見せてユーモラスな効果を出している。体を洗うため二人が船首と船尾に分かれて川に入り、ロージーが船に上がれずチャーリーが引き上げてやる場面、大雨でずぶぬれになっあチャーリーがロージーが寝ている幌のある船尾へもぐりこみ追い出され、その後に雨に気付いて中に入れてやる場面、二人が結ばれた後でチャーリーが狸寝入りしているところへロージーがお茶を持っていく場面など、どれも非常によい味が出ておりロマンチックなムードが盛り上がる。ヘプバーンもボギーも絶妙なコンビネーションである。 ただし、これだけではジョン・ヒューストンの映画とはいえない。ハードボイルド映画の雛形となった「マルタの鷹」で監督デビューしたヒューストンは、執念に取り付かれた人々を強靭なタッチで描くことを得意にしている。「黄金」しかり「アスファルト・ジャングル」しかりである。ここでも葦の原に迷い込んだ「アフリカの女王」号を、二人が川に腰まで浸かりながらロープで引っ張っていく場面などにそうしたテーマが現われている。特に川から船に上がったチャーリーの体のあちこちにヒルがくっついているカットは圧巻である。 また、ヒューストンの好きな努力水泡のテーマも、嵐の中を砲艦ルイザ号に向って特攻する「アフリカの女王」号が途中で沈没してしまう場面に現われる。 しかし、こうした悲壮な場面を盛り込みつつも全編を覆っているのはノンビリしたコメディタッチだ。船上での二人の掛け合いはもとより、最後のオチなど何とも人を食ったような面白さである。途中でドイツ兵が川を下る二人をライフルで狙っていたら急にスコープが曇って狙いを外したり、葦の原で行き詰まっていたら川の上流で雷雨があって増水し難なく危地を脱したり、冒険ものにありがちなクリシェを意識的に用いている。これは冒険もののパロディではないか。 この映画はアメリカではクラシックになっているが、日本ではそうではないようだ。というのも、この映画を貶している記事をあるサイトで観たからだ(記事といっても僕と同じシロウトが書いたものであるが)。そうした記事で指摘されているのは、いわく「文明(宗主国)/野蛮(植民地)、英=善/独=悪のあまりにも単純な描き方」、「ローザのあまりにも単純な『ブリティッシュなんだからドイツの船をやっつけないと』という愛国心」。こういう輩は映画とか観ないほうがいい。こういう輩こそくだらない映画に影響を受けて人を殺したりする。つまり、現実と映画の区別がつかないのだ。 これと同じプロットが「指輪物語」のようなまったく空想上の世界を舞台に展開されていたら、この輩も文句は言わないだろう。ところで、この映画「アフリカの女王」も空想上の世界を描いている。フィクションとはつまり、どんなに現実から題材をとったところで、現実とはおのずから違う空想上の世界なのだ。少なくとも、そこに政治的・社会的な意図がない限り御伽噺なのだ。そして、この映画は紛れもなく御伽噺として作られている。大人が楽しむ御伽噺だ。だから、上に書いたようにわざと冒険もののクリシェをこれ見よがしに使っているのだ。 例えば、ジョン・ウェインが監督・主演した駄作「グリーン・ベレー」はあからさまにベトナムでのアメリカの軍事行動を肯定している。娯楽作品として作ってはいるが明らかに政治的な意図が盛られている。文句を言うならこういう映画に言ってくれ。この映画における英・独、植民地、アフリカなど、単なる状況にすぎない。「指輪物語」におけるゴンドールとかモルドールと同じだ。存在しない意図に対して文句を言って貶す前に、ジョン・ヒューストンの演出のタッチや、ボギー・ヘプバーンの演技を楽しむべきだ。そして、それを存分に楽しんだら、それでいいのだ。この映画にはあれこれ勘ぐるほどの深いものはないのだから。 |