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ロイ・ビーン 米 1972年 124分 |
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製作 ジョン・フォアマン |
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関連映画 ジョン・ヒューストン ポール・ニューマン ・ハスラー ・暴力脱獄 ・評決 ジャクリーン・ビセット ・ブリット ネッド・ビーティー ・脱出 |
開拓時代のアメリカ西部に実在した「殺し屋判事」ロイ・ビーンを、劇画まがいのタッチと伝奇的ムードで描いた異色の西部劇。 荒野にたたずむ小さな町にお尋ね者ロイ・ビーンがふらりと現われて、金を盗もうとした無法者を皆殺し、オンボロ酒場に居座って勝手に判事に収まると、無法者たちを片っ端から吊るし首にして金品を巻き上げる。やってることは酷いのだが、不思議と町の平和は保たれ次第に繁栄していく。しかし、狡猾な弁護士ガスが現われて巧みにロイ・ビーンを追い出して町を牛耳ってしまう。月日が流れてガスは石油成金になり酒場を切り盛りするロイ・ビーンの娘ローズに立ち退きを迫るが、そこへ老いたロイ・ビーンが現われてガス一味を皆殺し、石油施設を破壊して去っていく。 この映画の脚本は「ダーティー・ハリー」とその続編の脚本を書いたジョン・ミリアス。ジョン・ミリアスといえば後に「ビッグ・ウェンズデイ」を撮った監督、というよりも全米ライフル協会の重役として有名なタカ派の人。この映画では、ダーティー・ハリー以上に「俺が正義だ!」といわんばかりに暴力を暴力で制するワンマンなロイ・ビーンをヒロイックに描いている。特に終盤では主人公を伝説的な存在に昇華させている。この展開は同じ年に公開された彼の脚本作「大いなる勇者」にも一脈通じるものがある。そうした志向がこの映画の好き嫌いの分かれ目になりそうだ。でも、「縛り首を公衆の前でやるのはいかがなものか?」という問いに「子供には縛り首を見せるべきだ。悪い事をしでかす前にな」とロイ・ビーンが答えるセリフには含蓄があるし、何よりロイ・ビーンという男の造形がユニークなのだ。 傍若無人に振舞い無法者をサクサク縛り首にする一方で、一度も会ったことのない大女優リリー・ラングトリーを女神のように崇め、可愛いメキシコ娘に不器用な愛を示す。そうした人間臭いキャラクターをポール・ニューマンがユーモアたっぷりに好演。リベラルかつ知的なニューマンの個性とちょっと違うけれど、不思議な愛嬌と反骨ぶりが絶妙である。また、そんな悪漢に無償の愛を捧げるメキシコ娘マリア役のヴィクトリア・プリンシパルの可憐さも忘れがたい。 しかし、この映画を面白くしているのは、何と言ってもジョン・ヒューストンの演出だと思う。冒頭のどざえもんのように青白くブクブク太った女のヌードから始まり、大きな黒クマが出てきてロイ・ビーンと戯れたり、ギタリスト、ジョニー・ウィンターを思わせるアルビノ・長髪のイカレガンマンが出てきたり、そいつのどてっ腹に文字通り風穴があいたり、チップ代わりに銃弾をかけてポーカーをしたり、全編に渡ってヒューストンらしい奇矯なイメージに彩られていて印象深い。ロイ・ビーンとマリアがクマと一緒に遊ぶ場面では、アンディ・ウィリアムスの歌が流れ、「明日に向って撃て!」の自転車のシーンを思わせる演出をしているのは、ヒューストンのお遊びだろうがとても心地よい。 正義を守るために執行されていた暴力が文明化によって否定され、やがて正義を守るために執行されていた法が一部の金持ちの利益を守るための道具として使われていく時代の流れを通して、滅び行く西部を描いた挽歌ともいえる。また、「そこで暴力が必要なんですよ、奥さん!」というミリアスの主張も理解できる。だけど、僕にとってはジョン・ヒューストンが描く暴力と詩情とユーモアのブレンドされた不思議なムードとニューマンの個性と演技、そしてヴィクトリア・プリンシパルの美しさを堪能する映画である。その意味でこれは愛すべき映画だ。 |