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用心棒 日 1961年 110分 |
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製作 田中友幸 菊島隆三 |
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関連映画 黒澤明 ・七人の侍 ・椿三十郎 ・影武者 三船敏郎 ・七人の侍 ・隠し砦の三悪人 ・椿三十郎 仲代達矢 ・切腹 ・椿三十郎 ・怪談 ・上意討ち 拝領妻始末 ・影武者 東野英治郎 |
清兵衛と丑寅、二人の博徒の親分が抗争を繰り広げる上州のとある宿場町。そこにふらりと現われた謎の侍。桑畑三十郎と名乗るその侍は権爺の居酒屋を根城に、双方の陣営を巧みに炊きつけて対決を煽り、ついに同士討ちで自滅させる。 ダシール・ハメットのハードボイルド小説「血の収穫」を翻案した痛快時代劇。後にイタリアで「荒野の用心棒」になるなど、あまりに有名な作品だから今更何も言うことはないが、やはり何度観ても唸らされる。 まずお話がよく出来ている。映画ということもあり、元ネタの小説よりもずっとコンパクトで凝縮されているので、観ていてまったく飽きさせない。百姓の倅が家を飛び出すのを三十郎が目撃する導入部から三十郎と権爺の状況説明的やりとりまで、流れるようなスムーズさ。三十朗が両陣営を煽って抗争へ駆り立てるアイデアもうまいし、女房を取られた百姓を助けたために裏切りがばれる段取りもよく出来ている。清兵衛一家を倒した丑寅一味との最後の戦いまで、まさにあれよあれよというばかりのスピーディーな展開だ。 そして、役者がいい。三十郎の三船は本当に素晴らしい。歩きながら肩をまわしたり、襟元から手をだして顎鬚を掻いたり、ちょっとした仕草になんとも言えない味がある。凄んでみせるヤクザ相手に「斬られたら、痛えぞ〜」と言う場面や、ヤクザを射殺した卯之助に「面白えもん見せてもらったぜ」と言って立ち去る場面など、人を食ったような態度が心憎いばかりだ。一方で百姓とその家族を助けて感謝される場面では、「俺はメソメソしたヤツが大嫌いなんだ」と照れ隠しに怒鳴りつけて、人情に対する不器用さを垣間見せる。知恵が回って腕も立つ。しかも、常に冷静で余裕綽々、侍としてのモラルもなければ真面目でさえない。だが、自身の正義だけは守り通す。まさにハードボイルドのヒーローだ。卯之助の仲代はやたらと目ばかりギラギラさせていて線の太さはないが、無鉄砲な感じはよく出ていると思う。敵側ではむしろ加藤大介演じる亥之吉の方が儲け役で、妙なメーキャップで絶妙なコメディリリーフぶりだ。彼が絡む場面はどれも笑わせてくれる。権爺の東野英治郎、清兵衛の女房おりんを演じる山田五十鈴など、他の配役も見事だ。 また、撮影や美術、音楽の素晴らしさも見逃せない。撮影についてはとにかくどの画面もコントラストが鮮やかで非常にシャープ。黒白なのにカラーのような光沢があり、観ていて惚れ惚れする。美術に関しては宿場町のどの建物もリアルで、壁の漆喰が剥がれた権爺の居酒屋、焼け落ちた絹問屋の蔵など「ここまでするか?」というくらいこだわりよう。そして、音楽はすこぶるメロディーが印象的で、かつサウンドがユニーク。各場面の変奏も鮮やかでピタリと物語に寄り添って雰囲気を盛り上げている。 そして、黒澤明の演出ぶり。これがまた最高にいい。本来の重厚な側面は極力控え、とにかく徹底して大衆娯楽的に作っている。殺陣の場面はどれもダイナミックかつシャープ、例のマルチカメラの威力で、畳み掛けるようなスピードと迫力。ジェリー藤尾の腕が切り落とされるショック場面はスプラッターのはしりと言っていいだろう。また、場面転換の鮮やかさは特筆もので、省略も巧みにビュンビュンかっ飛ばす。「歯切れがいい」とはこのことだ。さらに、要所要所でユーモラスな場面を差し挟んでいるのがミソ。序盤で犬が斬られた人の手を口に咥えてトコトコ歩いてくる恐ろしくも可笑しいショットは、いかにもヒッチコックがやりそうだ。藤田進の本間先生が出入りと聞いて裏庭から逃げ出す場面も可笑しい。こうした場面とハードな場面の交差が展開にメリハリをつけている。 この映画は黒澤明にとっての「駅馬車」あるいは「第三の男」といえるくらい、娯楽映画としての純度の非常に高い映画だと思う。ただし、個人的には三十郎が正義の味方であることが序盤でわかってしまうのが、底が割れてしまってもったいないと思った。例えば、「荒野の用心棒」の主人公は正義の味方ではあるけれど、お金に執着するダーティーなヒーローぶりで、両陣営に肩入れするたびに金を受け取り、女を助けるまで正義の味方的側面はほとんどなかった。一方、三十郎は両陣営の用心棒になってもほとんど金を受け取らなかったし、そもそも両陣営を同士討ちさせて自滅させるという意図が最初からわかっている。三十郎の個性自体に十分ひねりは利いているが、三十郎の意図を隠すことでもう一ひねり利かせていたら、さらに徹底したハードボイルドになっていて最高だった。 もちろん、別に徹底したハードボイルドでなくても、黒澤も他のファンも困らないだろう。黒澤の意図はハードボイルドの追求ではなく、面白い時代劇の追求だったに違いないからだ。そして、実際最高に面白い時代劇であることは間違いない。僕自身、この映画は次作「椿三十郎」と共に娯楽時代劇の最高傑作だと思っている。 |