2003. 6. 1 上掲
今般、最新の核医学画像診断技術につき、勉強する機会を得た。ある雑誌に首題について寄稿することになり、文献調査や、社の後輩技術者たちに話を聞かせて貰うほかに、現在、心臓核医学の最先端を研究されている、東邦大学医学部循環器内科 山崎 純一 教授(付属大森病院 副院長)に、たっぷりとレクチャーをいただくとともに、多量の講演用スライド・ファイルを貸与していただいた。
師は、かって私が40才の頃、初めて心臓を動かして見せるなど核医学データ処理装置の開発に邁進していた頃の、共同研究先、東邦大大森病院心臓内科医局の最若手医師として、励まされ教えられ、開発の推進を喜んでいただいた方であった。以下、師の研究、心臓心筋症の診断・治療に、核医学データ処理技術が活用されている状況を、いただいたデータを中心に提示して、当技術がいかに進歩・発展しているかをお目に掛ける。
心筋梗塞: 歳を重ねると、血管が詰まってくる。コレステロールの沈着である。血行が悪くなって、血圧が上がる。沈着物が溜まって狭窄が進行する場所があちこちにあり、狭窄に沈着物の剥がれた断片が流れてきて塞栓になると、下流の血行が遮断されて、下流の器官は麻痺し壊死してしまう。
心臓の筋肉を養う冠動脈(冠状動脈)や脳への動脈でこの現象が発生すると、激しい病変が現れる。「心筋梗塞の発作は、冠動脈の閉鎖で心筋が壊死(組織の部分的死)に陥る疾患である。発作の急性期にもっとも広く行われる治療は、経皮的冠動脈血行再建術( PTCA, percutaneous transluminal coronary angioplasty )である。これは狭くなった冠動脈の内腔を拡張するもので、そのためには大腿部の太い血管から細い管(カテーテル)を入れて冠動脈の中まで通す。そして、梗塞部を風船で拡げたり、血栓を切り取ったり、また血液凝固を防ぐ薬を注入する。梗塞後2〜3時間内に施術すれば経過はよいが、30〜40%の患者さんは3〜6カ月でふたたび狭窄が起こる。ここでPTCAを繰り返すか、ステントと呼ばれる管を冠動脈狭窄部に留置する。また、閉塞した動脈を迂回する血管をつくる手術(バイパス手術 CABG, coronary artery bypass graft )も行われる」
(香川靖雄:「生活習慣病を防ぐ」岩波新書679(2000)より引用。)↓ 冠動脈造影X線テレビで観測した血管内の狭窄部位(赤矢印)。
冠動脈まで通した細い管(カテーテル)から造影剤を流してX線テレビでながめると、 血管の形が読みとれる。
画像を見ながらカテーテルを狭窄部位まで送り込んで、風船で拡げたり、 血栓を除去したり、ステントを差し込む。
カテーテルを入れる口は小さいが、危険を伴う大手術であるので、事前に診断をしっかりしてから、施行する。救急車で運び込まれた激しい胸痛の患者さんが、心筋梗塞であれば直ちにPTCAを施術したいが、他の病気の可能性もある。梗塞の場所や程度も知りたい。治療方針を早急に決めなければならない。心電図や超音波画像も用いられるが、包括的な情報をもたらすのが、SPECT装置を用いた核医学画像診断法である。
↓ SPECT装置で心筋の状態を調べる。
↑ SPECT装置 3台のガンマ線カメラを被検者の体軸周辺に旋回させて、心筋(心臓の筋肉)に集積させたガンマ線放射薬剤の像を、心電図の信号と同期させて拍動をとらえながら、多方向から撮影(約20分間)する。
SPECT(Single Photon Emission Computed Tomography) (*解説を後述)
スペクト 単一光子放射型 計算断層 撮影装置多方向撮影像を、X線CTと同様の逆投影再構成計算法で重ね合わせると、多層断面の断層像が得られる。
↓ 下図のように、心臓機能の主体である左心室をとりかこんだ心筋の壁を描き出すと、病変が見えてくる。
↑ SPECTで得られた心筋の断層画像(左心室中心部)
心筋に集積する性質の放射性薬剤を、血液に乗せて流し込み、心筋に溜まった時期に撮影する。
心筋に血液を供給する冠動脈の一部が詰まっていると、血流の不足している部分の心筋が欠けて写る(矢印)。その部分は栄養や酸素が来ないので、壊死して収縮運動をせず、心臓のポンプ能力の低下をもたらす。
身体運動や薬物で心臓の働きを強める(=負荷を与える)と、症状が激しく現れる。
( stress=負荷状態、rest=休息状態 )↓ 極座標で表示した図も使われる。左心室心筋の全容が見渡せる。
診断結果を患者さんに説明して、療養に励んでもらう。
長期にわたり再発を防止するには、日常生活のコントロール、適度な運動、適切な食事など、患者さんの自制が重要なのだ。
検査結果は院内の諸部門に伝達される。診断画像のデータ形式は、CTや超音波などの術式によらず、“DICOM”規格で統一されていて、相互の比較や過去の記録の検討がし易くなっている。
読影ターミナルの一例。1280×1024 画素(カラー)、2048×1536 画素(モノクロ)など、高精細・高輝度のディスプレイが用いられる。
解 説:近年の心臓診断技術 −− 断層撮影と定量診断ソフト、放射性薬剤
上に概観したように、核医学画像による心臓病変の診断技術は、昨今の撮影技術や情報技術の進歩と、診断法研究の集積によって、近年、いちじるしく進歩している。もちろん、心臓に限らず、脳障害や諸臓器の異状、また、ガン病変の検出・探索などに、臓器や組織の形態よりも“生体の機能”の診断に、有益な情報を提供するのが、核医学画像の大きな効用なのだ。X線CTの華々しい活躍に刺激されて進歩してきたSPECT*は、被検者体内に投与された放射性核薬剤のガンマ線放射を、ガンマ線カメラを被検者の周りに周回させて多方向から撮影し、CT同様の断層像算出計算によって処理して、核物質体内分布の多層断層像を得る技術である。
ガンマ線カメラは2次元の撮影範囲をもつので、多層の投影データを同時に採取できるが、さらに撮影時間を短縮するために、カメラヘッドは2台、3台と多頭で用いられる。
散乱ガンマ線の影響を低減するために、光子信号のエネルギー弁別測定チャンネルを隣接して3レベルを設け、中央チャンネルの測定データから両側チャンネルのデータの平均値を差し引いて、直進光子の信号量を推定する。
ガンマ線が体内で吸収される影響を補正するために、種々の近似的補正法が試みられたが、究極には、装置に付加した放射線源から被検体透過線データを並行撮影して透過断層像を作り、これを用いて体内から放射されるガンマ線の吸収量を補正するという忠実な手法に至っている。外部線源を用いることには、放射線源管理上の法規制があったが、最近これは改善された。放射性薬剤は、診断目的に適合した性状を持つ化合物が種々開発されている。
心筋を涵養する血流に乗って運び込まれ、心筋内にしばらく滞留する 201Tl や 99mTc-MIBI は灌流血流量を測定して、心筋各部への供給血管の送血能力を描出する。123I-MIBG は交感神経の作用力を、123I-BMIPP は脂肪酸代謝能力を、また、99mTc-PYP は壊死した心筋を陽性に描き出し、これらを活用して、冠動脈の閉塞によって引き起こされる心筋梗塞の病状の、実態や前兆をつぶさに知り、予後を推し量ることができる。201Tl:thallium-201 タリウム-201
99mTc-MIBI:technetium-99m-hexakis-2-methoxy-2-isobutyl isonitrile
テクネチウム-99m ヘキサキス2メトキシ2イソブチル イソニトリル
123I-MIBG: iodine-123 metaiodobenzylguanidine
ヨード-123 メタヨードベンジルグアニジン
123I-BMIPP:iodine-123 betamethyl-p-iodophenyl-pentadecanoic acid
ヨード-123 βメチル-p-ヨードフェニルペンタデカン酸
99mTc-PYP:technetium-99m-pyrophosphate
テクネチウム-99m標識 ピロリン酸
病変を的確に診断し、程度を定量的に把握するために、高度の診断ソフトウェアが種々開発されている。
QGS (Quantitative Gated SPECT) Cedars Sinai Medical Centerで開発
Emory Cardiac Toolbox Emory大で開発
pFAST (Perfusion and Function Assessment by Myocardial SPECT)
札幌医大で開発
などがよく知られている。
これらの診断情報は、医師が治療方針を策定するための判断材料として活用されるほか、被検者に病状を分かりやすく説明し、療養に努力して貰うための資料として重用されている。*SPECT(スペクト)(Single Photon Emission Computed Tomography)と呼ぶ理由は、一方に、PET(ペット)(Positron Emission Tomography)と呼ばれるやや先に開発され始めた撮影法があって、両者を厳密に区別するためである。
PETは、陽電子 positron を放出する核種をマーカーにする。陽電子が消滅するときに2個のガンマ線光子が180度反対方向に放射されるので、これを検出して、核種の存在位置を推定する。
11C、13N、15Oなど生体必須元素や、グルコース代謝を標識する化合物などが含まれるので、生理活性を直接に撮影できる著しい利点があるが、これらの放射能半減期がきわめて短いことなど、扱う技術に難題が多いので、一般診断にはそれほど普及していない。(PET技術もいずれ勉強して、ここに紹介してみたいと思っているが。)SPECTでは、通常の単一光子放出核種 single photon emitter をマーカーに用いるので、取り扱い技術や関連装置はPETに比べて容易であるが、体内でのガンマ線の吸収や散乱が大きいので、画像の鮮明さや定量性が低く、これを改善するための撮影法、断層像再構成計算法などの改良に、永年の努力が集中されてきた。
【参考WEB紹介】
1. 『核医学:検査方法と症例集』 群馬大学非常勤講師 鈴木英樹 氏
http://rad.showa.gunma-u.ac.jp/suzuki/nuclear/
群馬大学中央放射線部核医学診断部門で作成した検査方法マニュアルに
若干のコメントと症例を加えて、WWWテキストとした、とある。
画像の実例多数が収録されている。
2. 『pFAST home』札幌医科大学 放射線部
http://web.sapmed.ac.jp/radiolb/pFAST/
心筋SPECTの定量解析を行うためのソフトウェア pFAST
(Perfusion and Function Assessment by Myocardial SPECT) の説明。
3. 『心臓核医学検査』 札幌医科大学医学部第二内科講師 中田智明 氏
http://www.aurora-net.or.jp/life/heart/shinpo/73/
心臓核医学検査の概説。
そのほか、「核医学」で検索すれば、多数のWebページが紹介される。
付 言:
ところで、ある日、あなたが突然、心筋梗塞におそわれたとして、救急車が、こんなに設備の整った、ていねいな診察をしてもらえる病院に送り込んでくれる可能性は、都市部といえども、それほどに高くはない。この技術は普及しつつはあるが、全ケースに対応させるにはあまりに高価な、かつ多人数の運用要員を必要とする手段である。この技術は当面は、病状と診断治療手法とを精密に結びつけ、練達した療養技術を進展させ普及させるための、研究と教育に用いられる手段と考えなければならない。
心筋梗塞は予防できる。心筋梗塞に限らず、ほとんどの成人病は生活習慣病であって、日頃から節制に努めれば、相当の高率で発病を抑制できることは、このページの冒頭に引用した「生活習慣病を防ぐ」岩波新書679のような書物を読めば、直ちに理解できる。
あえてこんな文章を付け加えるのは、老人につねの悪癖であるけれども、やはりあえて付け加えて、諸兄姉の留意を喚起しておきたい。