製鉄所の分析室で考えたこと 動く論理回路の設計法 発光分光分析方法 ものを作る苦しみの一部  もくじ 

§3 25才の私: 鉄を調べるコンピューターを創る

● 製鉄所の分析室で考えたこと

 製鉄所は、高炉に鉄鉱石を入れ、高温のコークスで還元して「銑鉄」を造り、ついで溶けたままの銑鉄を転炉に移して「(ハガネ)」を造る。 一度に200トンほどの銑鉄に 、酸素を吹き込んで炭素の含有量を減らし、珪素や燐、硫黄など の含有量も調整して、強靱な構造用材料に仕上げる(精錬する)。 途中で試料を汲み出して諸元素の含有量を測定し(分析するという)、目標値を目指して成分を補正し、40分ほどで出鋼する。
 多成分を 短時間で高精度に分析するために、下の図のような「発光分光分析装置」が転炉の脇に設置されている。試料を汲み出してから 成分値が得られるまでは、製鋼工程が止まることになるので、分析所要時間は数秒でも短い方が 良い。そして分析値が間違っていると、不良品ができてしまうので、大きな損害になる。

 1960年ころ(私が25才の頃)から、日本のあちこちに大きな製鉄所が次々に建設されて、高速・高精度の分析装置が必要になってきた。島津製作所の先輩技術者たちは懸命に試作・試験を重ねて、「発光分光分析装置」を開発した。試料からきれいな輝線スペクトルが出るように、高電圧で放電させる仕組みや、出た光をロス少なく検出する光学系と、光信号を増幅し変換する電気回路系をうまく改良していく過程が、知恵と試行錯誤を必要とする、たいへんな仕事だった。
 だが、装置から出る測定値は「各成分の光の強さ」なので、標準試料の測定値と比較して換算しなければ、含有量(含まれる%)として報告できない。測定が1分ほどで終わっても、オペレーターがこの換算をやって炉前に通ずるマイクに「今来た試料の分析値は、カーボン0.32%、シリコン0.45%、...」と報告するまでには、数分間が費やされる。

←図にマウスをのせると、
 BC(before computer)時代の分析室の、

人手による含有量換算、
     報告業務
 

が図示される。


 含有量換算には、「検量線」を用いる。
 検量線とは、スペクトル線の光量と含有量との関係をグラフ上の曲線に描いたもので、あらかじめ多数の標準試料を測定して作成しておく。元素ごとに異なり、さらに、合金の性質やスペクトル線の自己吸収、分光器の精度その他の原因によって異なるので、たくさんの種類になる。
 正しく使い分けなければならない。 神経をすり減らす作業である。

 当然、ユーザーはこの部分の自動化を強く望んでくる。欧米では出現しつつある、と海外視察団が報告してくる。

 

 私は、「専用のコンピューターを造りましょう。」と、社内の会議に提案した。 「エッ? 君にコンピューターが作れるの?」と当惑する上司。ムリもない、私はまだ入社後2年ほどの新米なのだ。そしてコンピューターは、生まれたばかりの技術なのだ。

 世の中では、アメリカからのニュースにおされて、電気試験所(今の電総研)が日本初のトランジスター式コンピューター「ETL-Mark IV」を動かし始め、電機メーカーが事務用の電子計算機を発売し始めた頃だ。1台が数億円、日本の中に何台あるか、といった時代である。 だが、いろんな勉強会や講演会などで知識を漁ってみると、そんなに複雑なものではないらしい。むしろ中心原理はシンプルといってよいくらいだ。

 私は入社以来、発光分光分析装置を開発する部門に配属されて、設計をすこし手伝ったりもしたが、主に生産部隊の応援に駆り出されて、製品装置の仕上げと据え付けに明け暮れていた。 注文をいただいたユーザーの分析室に、工場で作り上げた装置を一度ばらして運び込み、再び組み立てて、光学調整を入念に進める。
 スペクトル線はμm単位の精度の光学系で分光されるので、細部までの位置精度を整えるのには、熟練した調整職人の腕と根気に頼らなければならない。電気系統も精密部品が多いから、動作点の点検補正や部品選別に時間を費やす。一応動き出せば、今度はユーザーが用意した多数のテスト試料を端から測定して、最良の分析条件の選定にかかる。おもに、試料を放電させる高電圧電源のいろんなパラメーターを変えて、どの元素も強く励起されて、かつ安定した放電光が出るような条件を探すのだ。これも光学技術陣の長年の技術蓄積がものを言う神秘的な世界だ。結局一台の装置をちゃんと仕上げてユーザーに引き渡すには、一ヶ月前後の重労働が費やされる。

 私は出張据え付けチームの最若年者として、年配のベテラン職人さんたちに雑用かれこれを言い付けられ、アゴで使われながら、頭の中では、以前に言われた開発課題を考えている。「この装置のアウトプットを含有量に直してタイプライターに数字でプリントする装置を考えてごらん」と言われたのだ。命令ではない。むしろ、あんまりアテにはしないけれど、考えてごらん、という口調で、「そこがこの装置のこれからの課題なのだ」と指摘されていたのである。

 そのころの技術でも、アナログ出力をディジタル出力に変換する、という改善策はさかんに行われつつあって、たとえばこの装置にも使われている「記録計(レコーダー)」にAD変換ユニット (Analog to Digital converter)を組み込んで、指示値を数値に直し、タイプライターに印字させる、という技術はよく紹介されている。この装置の場合、含有量に換算された数値がタイプされなければ効果は薄い。それには下の図に示すように、記録計の内部の直線ポテンシオメーター(位置を電圧に変換するための可変抵抗器)を、曲線変化形にしてやることが考えられる。

 上の図は、通常の記録計の原理を示す。入力信号とポテンシオメーターの出力との差を誤差増幅器で増幅して、これを、ポテンシオメーターを動かすサーボモーターが差を小さくする向きに動くように接続すると、サーボモーターにつながれた指針や記録ペンの位置は、ポテンシオメーターの出力特性で決定される。

 通常のポテンシオメーターは、摺動片の位置と抵抗分割比率が比例するように作ってあるので、指針や記録ペンの位置は、入力信号に比例したものになる。そして、力が強いから、大きな指針や記録ペンを、早く正確に動かす。

 

 

 

 下の図は、ちょっとくふうして、指針の位置が入力信号に対して曲線状に変位するように考えてみたものである。ポテンシオメーターが2段に接続されていて、2乗特性を持たせている。3個の可変抵抗器を調節すれば、いろんな形状の検量線に対応できて、指針が含有量を直示するようにできるだろう。
 サーボモーターの軸に結合して回転角をディジタル値に変換するコード板方式のAD変換器がよく用いられている。そのうしろにタイプライターを、適当な制御・駆動回路を介して接続すれば、含有量を数字で記録できる。
 ポテンシオメーターを2個も動かし、コード板も負荷に加わると、応答が遅くなり、位置によって誤差信号の幅が変わるから安定しにくくなるが、作れないほどに難しい問題ではないだろう。

 しかし可変抵抗器の数は相当になるなあ、10種類の対象に各10元素とすると、300個。共通に使える検量線は多いが、組み合わせの選別がたいへんだ。それを調節する作業は、基準信号の選定と調節の繰り返しになるからけっこう面倒だし、切り替え装置もリレー群の塊のようなゴテゴテしたものになるぞ。

 それに、もっと重要なポイントは、結果の信頼性を確保することだ。製鋼所の分析室に滞在していると、製鋼現場とのインターホンのやりとりが聞こえて、既設の装置が生産に活躍しているのが、よく分かる。

 製鋼:「わー、こんな値かい。こりゃ補正がたいへんだ。間違いないかね。」
 分析:「2回やって調べたよ。もう1回やってみるが、2回の値が揃っているから大丈夫だろう。
     確認試料をもう一つ送ってください。」
 分析:「今度の試料は湯の入れ方が荒いんじゃないかね。研磨はきれいにあがったが、
     火花がちょっとおかしい。2回分析が揃わないよ。」
 製鋼:「もう一度汲んでみる。今日はおかげで不良ゼロで来ているから、念を入れていこう。」

 こんなにハラハラするやりとりは、実際には、たまにしかなくて、たいていは「ハイ、いきますよ。」「ありがとう」で進んでいるのだが、作業員が気を配っているから、まれにしか現れない不良試料、不良分析が見つかる。
 「自動化して怖いのは数値の素通りですよ」と、ユーザーに相談してみると、よくこんな返事が返ってくる。「ディジタル化しても、せめて値の限界チェックは織り込めませんかね。出る値はものによってほぼ決まっているのだから。」
 これを織り込むと、また可変抵抗が、上下限設定のために、200個増える。リレーも5回路になる。ごつい装置になるぞ。

 コンピューターをすこし勉強してみると、これはすばらしいなあ。検量線を2次曲線で近似するとして、a,b,c の3係数に、上下限チェックや2回分析の偏差限界を up, low, dif でセットし、さらに測定装置の変動を scale, zero で補正するとして、10元素×10対象で800数値は、記憶容量の中ではなんでもない数字だ。共存元素の影響を修正する方法も言い出されているが、プログラムに織り込むのはなんでもない。リレー回路のシーケンス動作では複雑になってしまって、実現させるのは不可能みたいな仕事だけれども。

 そのころ、すばらしい本にめぐりあった。
    M.P. フィスターJr(尾崎 弘 訳)「ディジタル計算機の論理設計」(1960?)
 これまで調べた知識の中に欠けていたのは、コンピューターの中身が具体的にどんなものであって、それをどのように設計したらよいのか、という点であった。コンピューターは主に「論理回路」でできている。演算回路はまさに論理回路だが、入出力回路やデータ転送回路、そして制御回路はすべて論理要素で構成され、その動きと実体を設計するのが論理設計である。これまでに読んだ本は、切れ切れの知識が羅列してあって、全貌を知ることはできたが、作る技術には触れられていなかった。
 フィスターの本はすばらしい。論理回路のおおよそと、それを実現させる方法が詳述されている。300ページもあったか。各章ごとに練習問題がしっかりあって、設計法が完全に身に付くようになっている。アメリカの大学生のための教科書だと書いてある。学生がこれで勉強するのか。日本語に翻訳されているのがありがたい。最後まで読み切るのに数ヶ月かかった。よく分かった。これでコンピューターを、論理回路の連なりとして、設計できるようになった。

 ただし、要素回路そのものはフィスターの本には述べられていない。この部分は、我が社の回路設計の神様、福田 克雄(ヨシオ)先輩にお願いしてある。福田さんは5年ほど年長の同学の先輩で、すごい集中力を持っている人だ。新しくできた会社の夏休み4日間に、分厚い洋書を10冊ほど自宅に持ち帰り、そのうちの4冊を読みこなして、数ヶ月後に、彼にとっての初めてのトランジスター回路、ディジタル回路、論理回路である私の注文を、あっさりとこなしてくれた。
 彼はそれまでのところ、真空管回路、アナログ回路、特にノイズとフィルタリング理論に長けた信号回路を、分光光度計や色彩測定器のために設計していて、仕様打ち合わせの最初の段階では話がかみ合わなくて困ったが、結果は見事なものであった。
 「本を読んで技術を勉強してください。本は、基礎からきっちり書いてある良い本を探すんです。良い本を見つけたら、最後まで読み通すんです。拾い読みでは身に付きません。」とよく叱られた。フィスターの本を私に薦めてくれたのも彼である。
 彼のこの時読んだ書名を、いま、正確には覚えていないが、「Transistor Theory(トランジスター理論)」、「Switching Circuit Theory(スイッチング回路理論)」「Logical Circuit Design(論理回路設計法)」など、いずれも分厚く、きっちりと書き込まれた教科書である。もちろん、英語のままだ。トランジスターやダイオードなどの半導体特性をしっかり把握して、確実に動く回路を設計してもらった。

 (福田さんは「どぶねずみ」と職場の女性連からはあだ名されて、見かけは一切かまわず、「電気は見なきゃわかりませんよ」とオッシロスコープをいつものぞき込んでいたが、クラシック音楽がなにより好きで、実験室からもれる口笛は、渋い弦楽四重奏曲の難しいパッセージであった。
 とても感覚の鋭い人で、たくさんのレコード・コレクションの聞かせどころ数々を彼の超大再生システムから披露してもらうのが私の楽しみだったが、2年前、お互いに退職して余裕ができたので、さあ再訪しようと話していたところに、交通事故で急逝された。まことに残念におもっている。あえてここに付言する。(追憶の別ページもご覧ください))

 また、記憶装置については、同僚の木田 孝さんが、国内のメーカー筋を当たって製品化の現状を把握してくれ、論議の末、「磁気ドラム」の小型のものを「主メモリー」として選んだ。その読み書き回路も彼がさんざん実験して作り上げてくれた。磁気ドラム・メモリーでは待ち時間が大きくなって、とても低速のコンピューターになってしまうが、と言って「磁気コア・メモリー」を採用すると、回路がとても複雑になって、高価になり、記憶容量も不足がちになる。我々の用途では、低速でも容量があり、シンプルに構成できることが優先した。

 こうして、私たちのコンピューター開発が始まった。この仕事は後継の人々の参加を得て数十年も続き、私の生涯の仕事の出発点になった。


 以下の節に、この仕事の要点、「動く論理回路の設計法」と、「ものを作る苦しみ(その一部)」、そしてモノを調べる技術の基本「発光分光分析方法」を紹介する。ちょっと専門的になるが、うまく説明できれば、少し賢くなった気になっていただけるのではなかろうか。

            *            *            *            *

試作研究中の「Quantac-403」と28才の私→ 
(1962)  
左:裏側から回路動作をオシロスコープで調べている。  
右:表側。論理回路モジュール群と数値パネル。

商品名“Quantac”は、Quantity Automatic Computer の略。
403とか、501,502は、図面番号の一部。

 

 ←新日鐵・広畑製鉄所に設置された
  コンピューター「Quantac-600」と
  分析装置「Quantovac GV-2000」
       (1970年ごろ」)
 (ほぼ50台目の同コンピューターである)

 操作員が試料を発光スタンドに取り付けている。
 分析結果は左端のタイプライターにプリントされ、
 同時に(あるいは確認後に)炉前に電送される。
 タイプライター ↑コンピューター ↑測定部  設定器  ↑分光器  発光スタンド

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