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MRIの 夜明け

その2. 物理現象が診断を確かにする

大勢の物理学者がアイデアを投入
 オクラ(野菜の)の断層写真が、NMR(核磁気共鳴)信号で描き出されて ネイチャー誌の表紙を飾ったのは、1973年である。
  ごくシンプルな原理;核磁気共鳴信号の周波数は、場の磁界の強さに比例する、を使えば、共鳴する原子核の分布が画像化できると、米ニューヨーク州立大の ラウターバー*が考え出して、簡単な実験装置を作り、野菜や肉片などの断層画像を作成して報告した。

  以後は、主に英国の多数の研究者が、寄ってたかっていろんなアイデアを試み合って、実用的な画像法が急速に成長した。王立科学協会のような公的機関が、いくつかの研究組織に、まとまった資金を提供して、開発研究が競争で進められたようだ。時には、ロンドンから学会帰りの汽車の中で、研究者らが議論を続けている内に、新しい画像化の方法が案出されることもあったらしい。
 X線CTの発展に強く影響を受けて成長したので、画像計算法は「逆投影・再構成法」が初期の主流になり、原理に素直な「フーリエ変換法」に移ったのはかなり後のことである。
 その案は スイス工大のクマーなどが言い出し、英アバディーン大のハッチソンらが改良を加えてうまく装置化して、ほんとうの人体の美麗な画像を示したので、多くの人が着目するようになった。
 断層部分のみを巧妙に励起する 「選択励起法」は英ノッチンガム大のマンスフィールド*が考案している。

*2003年ノーベル賞医学生理学賞  


<シンポジウムの回想>
別ページに追掲 (2003. 12. 1 )

NMR: Nuclear Magnetic Resonance
  (核 磁気 共鳴)

NMRによる分析技術
 核磁気共鳴現象は、1946年に見付けられた。発見者のブロッホとパーセルはこれを用いて原子核の磁気モーメントを測定した功により、1952年のノーベル賞(物理学部門)を得ている。

 以後、分子の構造をNMRの精密な測定から推定する技術がさかんになり、そのための分析装置が進歩してきた。ここでは原子核の共鳴周波数が分子構造のなかでわずかにシフト(偏位)する量を求めるので、高い周波数、したがって高磁界が用いられる(数百MHz、十数テスラー、など)。

 医学界では、1971年、ニューヨーク州立大のダマディアンが分析用NMR装置を使って、悪性腫瘍組織のNMR緩和時間が正常組織に比べて長くなることを見いだして関心が集まり、生体組織のなかの代謝機構の追求などにNMRを利用する研究がさかんになったりしてきた。
 ダマディアン教授は自分の会社を興して人体内小領域の緩和時間を測定する装置FONARを開発し販売し、これは画像も測定できて、創世の一時期に注目された(参考URL)

すごい、国際シンポジウム
 1981年、アメリカ南部の小さな町にあるボーマングレイ医科大学で、国際シンポジウムが開かれた。 欧米の第一線研究者がすべて集まって、報告と討論が展開された。
 私は、社に求めてこの会合に参加し、次々に発表されるスライドの画像に度肝を抜かれた。

↓下は私のメモ。シンポジウムの直後、セイラムのホテルにまだいるうちに書いたもの。少々差し障りもあるが、史料としてそのまま掲げる。

メモ(1981.10.4 喜利ノートより)

International Symposium on NMR Imaging
   81.10.1-3 Wake Forest Univ. Winston-Salem / North Carolina
2.5日間、8〜18時までブッ通しでガンガンと発表が続いた。
強烈な印象は、
1.画像の質 −XCTにせまる、あるいは対象を強い階調で捉えている点では
  XCTをしのぐ画像が得られている。
 (128×128、T1、T2、アーティファクト少、など)
2.T1像T2像の有用性 −各臓器、腫瘍を高階調に特徴づける。
3.造影法の出現 −O2、Mn++は、T1、T2を変化させる。左心室の明瞭な描出。
4.メーカーの進展 EMI、ピッカー。 フィリップス△、GE?、Diasonics
5.31P有用性の研究進展 −ATPサイクルの動物実験。
   小口径NMR、表面コイル
  先行メーカーは我々を2年引き離している(EMI)、第2グループは1年先行。
  (フィリップス、GE、Diasonics(Pfizerから分離?)
 いずれも力を蓄えつつ、しかし様子をみていて発売を急がない。XCTで経験していて、後から良いモノを出す方が勝つ、と確信しているからだ。
・EMIはLondonのHammersmith Hospitalで臨床データを蓄積しつつ改良に努めている。
・GEは発表をまるで抑えている。
・ フィリップスはちょっとした像をみせた。
・DiasonicsはUCSFの研究を支持しているが、まるで急いでいない。
・アバディーンの絵はRIなみとしてすでに軽視されつつある。FONARは冷笑されている。
・MGHは小口径と全身用を駆使して、動物実験と対比させつつ診断データを蓄積している。特に31PATPケミカルシフト(小口径のみ)は10年先をみた研究。
 恐ろしく感ずるのは、これら研究所がこうして互いに発表し刺激しあい、アイデアを交換し批評をし合って急速に向上している状況を、である。
 日本のメーカーはこれを眺めるのみで、たがいに足をひっぱりながらマネる努力を続けている。
 この対策のため、
 1.応用S/W確立部隊
 2.実用化研究舞台 東大、京大、浜医大などの内、東大
 3.製品設計部隊
の設立に努力する。

討論がすごい。敬語のない世界だ。
 シンポジウムに参加して驚いたのは、 発表の内容もさることながら、討論の熱気だ。発表の直後の質問から始まって、廊下で立ち話、食堂で紙ナプキンに書き散らしながら説明の応酬、懇親会ではあちこちに輪を作って大声で怒鳴り合い。早口で腕振り回して身体を屈伸させて、相手をにらみつけてしゃべる。中身はとても聞き取れないが、ケンカではない。罵倒でもない。互いに懸命に、問い、答え、そんな説明じゃ分からんとまたたずね、どう言えば分かるのかね、と宙に図を書きだして語り続ける。大先生にも秘密を持ったメーカー員にも遠慮なく、敬意は抱いているようだが、いきなり話しかけている。人の関係にうるさい日本の社会では、考えられないことだ。

 これでは進歩は早いぞ。やってるものどうしが、こんなに意見交換をしていたら、智恵も出るだろう、アイデアは磨かれるだろう。思いついた案を討議に付したら、たちまち揉まれて成案になるだろう。隠しておいても、誰かが先にやったら値打ちはなくなる。実際に試して育てるのが一番だ。みんなそうしている。経験を積まなければ討論に加われない。

 私にも誰かが聞いてきた。お前はこの会合のどこに興味があるのか。医学への利用効果だ。何か見付けたか。Gray is gray, and white is white だ。そうだ、脳の灰白質 gray matter、白質 white matter はCTでは逆に出る。アーティファクトが無いのが良いなあ。spinal cord がきれいに見えるぞ。spinal cord てなんだ?(脊髄のこと) そこから先は言葉が出ない、まことに残念。

 帰途、浜松医大の金子教授に随行して、UCSFグループの実験室を訪問させてもらった。
 (↑ カリフォルニア大サンフランシスコ校)
 メーカーの人でもかまいませんよ。写真もどうぞ、とリーダーのカウフマン氏が細かく説明してくれた。でも、アンテナコイルにカメラを向けると、これはまだ汚い、とかつぶやいて電磁石のなかに押し込んでしまった。(帰社してアンテナ担当の同僚にその写真を見せると、やっぱり同じようなもんだ、と安心していた。)
 後日うわさに聞くと、仲間から苦情が出て、以後、見学はおことわりになったという。その後来日したカウフマン氏に会うことがあって、悪かったねと言うと、見学希望が多すぎてねえ、と笑い飛ばしていたが。

 

私たちの挑戦
 社に帰れば、私たちの一団は、すでにこの年初めから 開発研究を進めていて、鉄材を遠ざけた広い実験室を整え、そこに英国 Oxford Instruments社から購入した0.18 T の電磁石が据え付けをほとんど終わっていた。大きなシールドケースの中にすっぽりと収まり、定温水を循環させて冷却する。高周波回路や制御回路もほとんど組上がっていて、初の共鳴信号もまもなく捉え、年末にはウイスキー瓶を初画像に出した。しかし,瓶が1本か2本に見えるか皆に当てさせる状態ではあった。

 私たちはそれまで、コンピューター技術の応用研究に取り組んでいて、種々の画像処理の手法を確かめていた。フーリエ変換法を高速にこなすコンピューターを中心に、カメラやスキャナーを接続し、いろんなタイプの画像表示装置を製作して、物体の計測や超音波による血流速度の測定法などを開発していた。その数年前からCTのコンピューター関連部分の開発や生産に、私たちのシステム部は関与もしていた。
 MRIについて、社の医用機器事業部は外国からの情報などをもとに調査研究をつづけていたが、いよいよ開発研究を 始めるべきだ、と決まった時、私たちのグループが起用された。
              


常電導MRI装置 研究室  
中央はコンピューターラック、
右端に大きな電磁石を納めたシールドルーム
フーリエ変換法で驀進(ばくしん)
 それは正解だった。画像処理コンピューターがそのまま実験システムに活用できた。NMR分析装置を経験していたメンバーも、高周波回路に強い男も、いた。
 数学の長けた人物は電磁石の最適磁界算出式を解き、狂った磁界の修正方法を確立してくれた。
 フーリエ変換になじんだ私たちは、CTで実績のでていた投影・再構成法や焦点磁場法には目もくれず、フーリエ変換・画像再構成法の実現にいそしんだ。
 それには、広い範囲で直線性の良い増幅器や、ゆらぎの無いきれいな波形を発生させる回路、正確な時を刻む制御回路、などが必要だ。アナログ回路とディジタル技術を組み合わせれば、それが可能になる。コンピューターのインターフェイス回路の設計でそんな技術を鍛えた猛者連が、すごい性能の回路を作ってくれた。

 私は大学で高周波電子工学を専攻したし、趣味のラジオ、ハイファイ・セット自作で、回路技術には、けっこう詳しい。若い連中の専門技術にはかなわないが、弱点を見抜く鑑識眼は私の特技だ。それに修理経験も長年の蓄積がある。あるころ、画像が時々ひずむという現象が現れて、その原因がなかなか見つからない。私は小さな木槌を手に、装置の表裏あちこちを一日中叩き回って、とうとう電磁石の床下にある分流抵抗器に割れ目のあるのを発見した。鏡を床に置いて見付けた。こんな泥臭い追求は誰にもできるものではない。

 


英 Oxford Instruments社製
0.18テスラー電磁石

このマグネットは素晴らしい
 もう一つの重要要素である大口径の電磁石は,英国でりっぱな製品が完成していて、妥当な値段と納期で買えた。
  オックスフォード・インスツルメンツ社は電磁石の専門メーカーで、以前から分析用NMRなどの電磁石の良いものを作っていた。MRI用にも、英国の研究グループにしごかれて、優れたものを完成していた。ウッド社長が単身で売り込みに来社されたとき、私は購入をすぐに決意したが、納期をうるさく迫った。
  当時、「イギリス病」とかが日本で評判になっていて、英国の企業ではストライキが多発して生産が安定しない、などと新聞をにぎわしていたので、しつこく聞いた。

 納期はきちんと守られ、性能は優れていた。その後この社には、世界中から電磁石の注文が殺到し、ウッドさんは輸出振興の功績でナイトの爵位をもらったという。 広い邸宅に住んで、庭でバード・ウォッチングを楽しんでいると聞いた。

コンピューター処理で線画化した 
当時の私 

(1981.7.19撮影 45才の最後の日)

 テレビカメラから画像処理コンピューターに取り込み、2次元フーリエ変換して、周辺の低周波部分をカットした後、逆フーリエ変換して得る。

 1982年11月8日 撮影
脳腫瘍(京大病院 安里 令人 先生のご好意による)

初の 脳腫瘍 描画
 1982年11月、画像はかなり良くなってきたので、かねて京大病院の安里先生より懇望されていた頭部疾患の患者さんの画像を撮影。病変部がどのように描写されるか、先生方にとって、実に貴重な画像なのだ。(念のため付言すると、企業側が望んでも患者さんの撮影は許されない。治療のために医師が求めれば可能になる。)

 京都府立医大からも、脳外科・平川教授以下が数人の患者さんを撮影され、それが診断と手術の検討にたちまち役立って、MRIの威力が示された。
  ある患者さんは症状から脳腫瘍が疑われたが、X線CTでは見あたらない。我々の装置で画像がでたとたん,教授は「これだ,やっぱりそうだ」と叫んで、持参のXCTの写真を取り出し、「ここが周りの様子から腫瘍ではないかと思ったが自信がなかった、これで間違い無い。手術に踏み切る」と目前で決心された。
 ある種の腫瘍(星状膠腫 Astrocytomaとか)は、造影剤でも染まらず、XCTでは正常脳組織と濃度差が出ないので検知できないのだそうだ。
 次の患者さんは下垂体腫、次は小脳腫瘍、とはっきり画像に現れ、患部をどちら側から手術するか、腫瘍の硬軟や周りとの絡み方が分かれば、切り方や用意する道具が違って来る。と、MR画像の描出能力に、感嘆しきりの様子であった。

脳幹部腫瘍
1983年2月16日

  X線CT像 →

 まことに残念ながら、
  対応するMRI像が
  見つからない。

手術中の腫瘍 ↓

小脳を押さえて、小脳の前上方の腫瘍を取っているところ
(京都府立医大 平川 公義 教授のご好意による)

病巣の性質を推定できる
 平川教授は、かねてから磁気共鳴の緩和時間と腫瘍組織の性質との関係を in vitroに(摘出片の共鳴緩和時間を分析用NMRで測定して) 比較・追求する仕事を続けて来られたから、画像の解読は的を射ていた。
 MRIの 画像上で、 in vivo に緩和時間T1,T2を算出して、組織の硬軟、水分量、浮腫の広がりなどを推察し、手術でそれを確かめ、摘出した標本の緩和時間を分析NMRで測定して、お互いの相関を調べる。

 手術が終わるとすぐに電話がかかってきた。「先日の○○さんの下垂体は、水っぽいように見えると話しましたが、開けてみると、やっぱり、皮の袋に水が貯っているような状態でしたよ」とか、「手術の中で浮腫のところまで見るのはできませんでしたが、腫瘍がかなり圧迫してたから、あそこまで映っていた低緩和時間の広がりは、やはり浮腫の大きさを示しているようです」などと。手術中の患部や病巣のスライド写真もたくさんいただいた。

  

医療の厳しさをかいま見る
 こうなればどんどん調べてみよう、動かせる患者さんを皆診てみようと、たちまち短期間に十数人の症例が蓄積され、われわれも医療の一端を担って感激していたが、悲惨な思いもしばしばした。ある感じのよい婦人は髄膜腫で、手術と聞いていたが、予後が悪くて亡くなられた、とか、若い女性が下半身不随で、その脊髄の異常を診ようと、手作りの木製ベッドに載ってもらって電磁石の開口に入れるのに皆で抱えて苦労したが、聞けば、出産を待っている間に、脳の腫瘍が脊髄に転移してマヒしてしまった、手術が手遅れになってしまった、とか。

 次のページに続く。

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