長野&群馬旅行記

01年5月21〜25日
会社を辞めて1ヶ月。そろそろ何かせねば…と思っていたのだが、どうせならその前に旅行に行こう!と。前から行きたかった群馬と長野のまだ行っていない史跡をまわることにしました。最初、2泊3日位 が限度かな〜と思っていたのが気づいたら4泊5日に。交通手段も夜行で長野まで行って、現地でレンタカーかな〜などと思っていたのに結局大阪から車で行くことに。初めての1人旅がこんなんで大丈夫か?と心配しながらも着々と計画は進められていったのでした。
(注意:今回は史跡巡りメインの旅なので史跡巡りのコーナーと重複する箇所が多いと思います。ですのでここでの歴史的背景の説明などは省略させてもらいます。歴史全くわからない方には少し疑問点が多くなると思いますがご了承下さい。また今回まわった史跡については史跡巡りのコーナーでそのうちアップしていく予定。)

5月21日(月)
前日の昼に仮眠をとり家を出たのは1時過ぎ。けっこうその直前までネットのICQでおしゃべりしてたりしていました。荷物をトランクと後部席に載せ、地図と音楽BGMをスタンバイしていざ出発。もちろん走行距離のメーターを0にしておくことも忘れておりません。

私の家から行くなら名神高速・吹田ICが一番近いのですが何故か京都南から乗ることに。途中通 る枚方は昔住んでいたのでさりげにくわしいです。多分、今住む大阪市内より道はくわしい…。夜中なので交通 量も少なく2時前には京都南に着き高速に乗りました。名古屋方面行きの名神高速はもう何度も通 っているのでいい加減みあきた景色でした。よさげな車(謎)も見かけず仕方ないのでBGMで気をまぎらわす。今回のメインBGMはドライブ用にダビングしたSMAPのベストとつんくプロデュースの方々のごちゃまぜCD。マイブームはSMAPの曲でこのパートは誰が歌ってるかあてること。(答わからないままですが)夜の高速は空いているので快調に飛ばすきしきし。しかし今回は一人の上、先は長いのであまり無理をせぬ よう自分の中で120kmまでと決めて走っておりました。
1つ目のSAの多賀に着いたのが2時45分頃。そこで少し休憩した後再び出発。関ヶ原を3時頃に通 過。ここもまた訪れたい場所だったりします。どうも関ヶ原行くたび雨ばかりなのでちゃんとまわりたい。少し進んで小牧Jctで中央道に。中央道に入るとますます空いていました。看板に「車間距離をきちんとろうと」あったのですが、「1km位 車間距離とってるよ」と一人ツッコミ(笑)。本当に他の車を全く見ず、心細かったです。しかもこの辺りから最初の目標の120km制限が破られていったらしく気づいたらメーターがとんでもないことに。皆さん、安全運転を心がけましょう。
そして次に目指すSAは恐怖の8.6km恵那峡トンネルの直前の恵那峡SA。ここで心の準備をせねばなりません。少し休憩をした後決心がつき(笑)いざトンネルに。ここを自分の運転で通 るのは4回目。通ったことがある方ならご存知と思いますが、全くと言っていい程カーブがない直線道路です。このひたすら続く直線がけっこう苦痛。もう少しカーブをつけて作ったら良かったのに〜と内心不満たらたら。トンネルを抜けると日も出てきてライトもスモールのみに。まだ4時半頃だったのですが、もう明るいんですね。
この辺は南アルプス・中央アルプスに囲まれていて景色がとても良いです。ちょっと車でも停めて景色を見ようと思い駒ヶ岳SAで休憩。ここのSAには遊歩道があって山々を見れるようになっています。まだ雪が残っている山もあったりして感動〜。
そして駒ヶ岳を出たら長野自動車道に。岡谷Jctで長野自動車道と中央道に別れるのですが、私長野方面 に行くのは初めなので少しうきうき♪このあたりまで来るとちらほらっと車も増えてきました。時間的に余裕もあるし、初めてだということで梓川SAに寄って行くことに。ここでちょっと小腹が空いてきたので信州名物のおやきを食べました。実は私、つい最近までおやきって知らなかったのですよ。1ヶ月程前に食べたのが初めてだったり…。美味しいので信州に行った際にはぜひ!おやきを食べ一服した後、再び高速に。
次のSAは名前がちょっと気になった姨捨SA。昔、授業で「乏しい食生活で口べらしのために年寄りを野山に捨てる風習」と習った姨捨伝説の中心地だそうです。名前だけは記憶にあったのですが、くわしい場所など知らなかったので新たな発見をしたようで感動。ちなみにここのSAからは千曲川や善光寺平が見渡せます。千曲川を見ると「あぁ、長野にやってきたんだ〜」と感動。そしてここから全13回に渡る「メルマガ長群」が数名の方に送られ始まるのです。(旅先から携帯メールでよくやっている。屋久島に行った時もやっていました)
更埴Jctで長野方面 に進み、最後のPAになる松代PAに。さすが松代は真田の街です。PAの名前の横にはバッチリ六文銭。そして注目すべきはそば屋さんです。メニューに「そば六文銭」「うどん十勇士」など。私はそば六文銭を食べたのですが、ちくわで六文銭を作っていてほほえましかったです。真田ファンならここを通 る際は必ず松代PAに寄ってそばを食べましょう!

松代PAを出たのが7時半頃だったのですが、すぐに長野ICに。どこからまわるなどあまり決めてなかったのですが、とりあえず川中島方面 に。ここは一度通ったことがあるので道も大体覚えていて迷わずすんなり行けました。色々思い出深い八幡原史跡公園の駐車場に行こうと思ったのですが、予想通 りまだ開いておらずいったん停車して地図を見、悩む。考えてみれば8時前にはお寺も開いてるわけもないです。そこでこの時間でも唯一見学できそうな松代城跡に。
史跡公園から松代に行くまでに思ったことは長野の道には信号が少ないということ。自分でタイミングを見計らって行かないといけない所が多くて、ちょっと怖かったです。長野の人ってただ者じゃないです(尊敬)。

車を松代城跡の近くの市営の駐車場に停め松代城跡に。松代城跡はただ今工事中のため遠くから眺めるのみです。平成14年完成予定らしいのでまたそれ以降に来たいなぁ。なんでも8年位 前から工事しているそうですが、それ以前はどのような様子だったのか気になります。誰かそれ以前に行ったことある方いないのでしょうか?8年前と言ったら、私まだ松代城の存在すら知らなかったです。
松代城跡を見学した後は駐車場にあった観光案内板を見てまわれそうな所をまわることにしました。本当は車でまわりたかったのですが、どうも道が怪しいのと駐車場があるのかわからないため徒歩に決定。ちなみにこの日は長野は全国で一番暑く、最高気温30度だったそうです。30度って真夏やん!みたいな。

まずは近場の真田宝物館に。ここは真田家に伝承されてきた宝物が所蔵されており見応えあります。代々の当主についての説明もあるのでためになります。個人的に気に入ったのは昌幸所用の昇梯子の甲冑です。胴の部分に梯子の絵が描かれています。これの写 真が欲しいがためにポストカード買ってしまいました。いやでもマジいいですよ!これは一見の価値あります。
宝物館の次は真田邸と松代藩文武学校へ。この2つは微妙に時代が違うので行くか迷ったのですが、宝物館と券が共通 なので行きました。(貧乏根性)でも両方とも良かったので行って正解でした。特に文武学校は東序、柔、剣、弓、槍術所などがあり中にもあがれます。ところでここの弓道場、的の位 置が変で柱から打たないといけないのでは…と内心ツッコミ(笑)。

そして次はここは絶対行きたい!と思っていた長国寺。旧松代藩主真田家の菩提寺で、真田家代々の墓所や信之公の霊屋があります。大きくて立派なお寺です。そして本堂の屋根にはちゃんと六文銭vこちらはお寺の方(どういう関係か忘れたのですが真田家の方らしいです)が案内してくださります。ちょうど観光に来ていたおばさま3人組と一緒に見学することに。ところで案内の方に幸村ファンと勘違いされてしまい、「ここにあるのは幸村のお墓じゃなくて供養碑ですよ」と念を押されました。その上「長野に嫁にこないか?世話しますよ」と誘われたり…。「大阪が好きなんで〜」と断ると「長野は寒いからダメかぁ」とか勝手に納得してました。一体、このおじいさまは…?霊屋の中は事前に予約をしておかないと見れないのですが、おばさんのおかげか何と見せて頂けましたvその上写 真まで撮らせて頂き大感激vv中には信之公と小松姫のお位牌がありました。信之公の方は六文銭、小松姫は葵紋。う〜ん、この夫婦らしいなぁとか妙に納得。霊屋を見学させて頂いた後は歴代当主の墓所へ。ここに幸村の供養碑があるのですが、あくまで幸村ファンと思われている私は「これがそうですよ」とわざわざ言ってもらいました。否定するのもなんですので、曖昧にうなづいていたのですが私が好きなのは信之さん…(ぼそっ)。幸隆パパや昌幸のお墓にもちゃんとお参りをすませ、長国寺を後にしました。しかし最後の最後まで「嫁にこないか」と言っていたおじいさまって一体…

この時点ですでに正午をまわっていたのでそろそろ松代を出ようと思い駐車場に向かいました。その途中に矢沢家の表門や小山田家を見たり。駐車場に戻る前にお腹が減っていたのでソフトクリームを買い、お行儀悪く歩きながら食べました。普段こういったものをあまり買い食いしないのですが、さすがに暑かったようです。