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| 富山市水橋の上条地区を流れる白岩川中流右岸にある水橋金広・中馬場遺跡は、古墳時代と鎌倉時代〜江戸時代前期を中心に営まれた集落・館跡です。 遺跡の北と南それぞれ約2kmには、小出城(こいでじょう)と仏生寺城(ぶっしょうじじょう)が築かれています。織田方(佐々成政)と上杉方(上杉景勝)の争いの舞台となった地のほぼ中間に位置しており、このような武将達に関連のある館跡の可能性があります。 |
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| 平成11年度に行われた発掘調査で、安土桃山時代(約450年前)の館の施設とみられる遺構から、双六盤が出土しました。 | ||||
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| 現在の「すごろく」は、さいころを振って出た数だけ進み、先にゴール(あがり)した人が勝ちというゲームで、絵双六(えすごろく)と呼ばれています。 しかし当時の「すごろく」は盤双六(ばんすごろく)と呼ばれ、四角い盤のうえで二人で対戦するゲームでした。白黒それぞれの駒をさいころの出た目の数だけ進め、相手の陣地に先に全ての駒を送りこんだ方が勝ちなど、5種類ほどの遊び方が知られています。 今回出土した双六盤は厚板状で、本体はケヤキを使用しており、盤の収縮を和らげるための埋木(うめき)にはクロベが用いられています。盤面には罫線が明瞭に引かれています。駒石を盤に置くときの音響効果をねらって、底部中央には台形に削り出した「ヘソ」が付いています。 このような双六盤は、「鳥獣戯画」「石山寺縁起」といった絵画に描かれており存在は知られていましたが、実際に厚板状の盤が完形品で出土したのは全国でもはじめてです。 出土した盤には使用した痕跡も認められ、館に住む武将達が双六に興じていたと考えられます。 |
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