向野池遺跡は、平安時代(9世紀〜10世紀)の生産遺跡。今回の調査では、土師器焼成遺構4基、井戸2基、掘立柱建物4棟以上等を確認しています。

  瓦塔とは、寺院の木造塔(五重塔など)を模倣して、部分ごとに焼いて組み合わせた、高さ1〜2mほどの塔であり、仏教的色彩の強い遺物である。
 奈良〜平安時代にかけてその多くが作られており、寺院跡、官衙跡、集落跡、窯跡、あるいは単独で出土している。集落においては、小さな祀堂などに納められたものと推定される。

 2基確認している井戸のうちの1基から、井戸の底の部分を中心にまとまって出土した。出土したのは、瓦塔の屋根の部分(屋蓋部)の破片と軸部の一部である。
・屋蓋部は一辺約20pの小さめのもの。軸部は半分以上残っており、最下段のものである。隅丸方形で、出入り口を模した透かしが施され、基壇の部分は円形になっている。
・一緒に出土している土器や屋蓋の形態などから、平安時代(西暦825〜850年頃)のものと考えられる。周辺では、富山市明神遺跡(800年頃の須恵器窯跡)、富山市長岡杉林遺跡(920年頃の集落跡)からも出土している。

・井戸だけでなく、土師器焼成遺構からも屋蓋部の破片が出土しているため、他の土器などと一緒にこの焼成遺構で焼かれたとみられる。瓦塔は、須恵器の窯跡から見つかる例はあるが、土師器焼成遺構から発見される例は稀で、瓦塔を焼成していた土師器焼成遺構が確認されたことは重要な発見である。
・軸部の周辺には、屋蓋部の破片や完全な形に近い土器が多く出土しており、底部に穴をあけた小型の甕やヘラ記号「*」を施した土器もある。これらは意図的に一括廃棄されたもので、井戸の廃絶に伴う祭祀行為と考えられる。
・この瓦塔の特色としては、基壇が円形となっている点があげられる。現在のところ、基壇が円形の瓦塔の出土例は全国的にも珍しい。