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| 縄文人は、竪穴住居(たてあなじゅうきょ)と呼ばれる家に住んでいました。 竪穴住居とは、地面に深さ50cmくらいの円形の大きな穴を掘り、5本〜7本の柱を立て、その上に屋根をつくった住居です。北代遺跡では、屋根の上に土を葺いた土屋根住居と考えられます。 住居の床には硬く叩きしめた粘土を敷きつめていました。住居の中心には料理をしたり暖房などに使うための石で囲んだ炉がつくられました。 住居は畳が6枚〜12枚ひける広さで、家族4人くらいが住んでいたと考えられます。 |
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| 縄文人は植物の繊維(せんい)からとった糸で編んだ布の服を着ていたようです。 石川県の米泉遺跡からは漆を絞るために使ったために、たまたま腐らず残った編布が見つかり、縄文人が布を編む技術を知っていたことがわかりました。 動物の毛皮や、魚の皮などで作った服もあったと思われます。毛皮をなめすための石器や骨で作った縫い針も遺跡から見つかっています。 土偶に描かれた衣服の表現をみると、うずまき模様や丸、三角などの模様もつけられていたようです。 |
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| 北代の縄文人は、呉羽山や富山湾に住む小動物や鳥、魚、貝、木の実、根菜類などを食べて暮らしていました。 北代遺跡の竪穴住居の中からはアオザメ、ナガスクジラ、マダイ、ニシンなどの動物・魚の歯や骨や、クルミ、トチ、クリなどの木の実が炭化したものがみつかっており、これらを食べていたと考えられます。 縄文土器は食べ物を煮るための鍋に使われました。出土した土器には、調理の時にふきこぼれて、焦げがついてしまったものもあります。 木の実は石皿(いしざら)と磨石(すりいし)を使ってすりつぶして、クッキーなどを作りました。 縄文人はおいしく食べるために様々な工夫をしていたようです。 |
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