〜富山城の石材〜
(3) 砂岩
@概要
 富山城石垣石材には、軟らかい砂岩がわずかにみられます。
 
 色は淡い黄色で、石英・長石などの砂粒が目立ちます。ほとんどの石材は割れたり、粒状化して著しい劣化がみられます。
 
 この砂岩に塩酸をかけると発泡反応があります。また石の表面には、穿孔貝があけた丸い孔や、海水で浸食された溝状のくぼみが多く認められます。
 
 これらの特徴からこの砂岩は、高岡の海岸部に存在する「岩崎石」・「太田石」と呼ばれる石灰質砂岩であると判断されます。
 
 高岡市雨晴にある義経岩(雨晴岩)には高岡城と同じ刻印が刻まれ、またその周囲や女岩周辺には矢穴のある大石が残っており、ここが高岡城石垣の石切丁場であったことが明らかです。同じ石が富山城に供給されていることから、この丁場は少なくとも慶長10年から金沢穴生により石材調達が開始されたとみられます。同じ石材は、それ以前の室町時代にも石仏・五輪塔などの石造物の素材として県内で広く流通使用されており、石垣石材として選択される素地があったといえます。
 
 現在、富山城石垣に残る砂岩は1%にも満たない量ですが、2006年の石垣改修において対象となった数個の石材は、破断や劣化が著しかったため、再利用したのは1個だけでした。このことから富山城石垣では、元来砂岩石材は多数調達されていたが、劣化しやすい性質のため、度重なる石垣改修で不良品がどんどん取り外されたため、少なくなってしまったと考えるほうがよいのかもしれません。
(古川)
高岡産砂岩(搦手石垣内) 高岡産砂岩
(昭和修理の際外されていたもの)