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| 慶長期の富山城瓦 |
| (3)造瓦技術の特徴@ |
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慶長期の丸瓦には、織豊期に全国的に共通するコビキ技法とは異なる、独自の技法が使われました。それは凹面の成形痕やコビキ痕をすべて削り取るという、他にみられない調整技法であり、これを「富山城型丸瓦」と定義しました。
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17世紀の奈良・法隆寺出土の記年銘瓦の研究(佐川正敏氏らによる)によって明らかになった丸瓦の特徴として、@厚さが22mm前後に肉薄化(最大25mm)、Aコビキ法の変化、B内タタキの普遍化があげられています。内タタキは、板の側面を叩きつけるもので、1522年以後出現し、1605年以降は幅10mm以上の厚板になるとされています。
富山城の丸瓦と比較すると、富山城は@厚さ平均30mm、最大32mmと極厚手の作り、Aコビキ痕はすべて削り取られて不明、B内タタキの見られるものは1点のみ、長さ12cm以上、厚さ7mm以上の板側面を、間隔をあけて押し付けるもの、と諸点で大きく異なっています。
これらの特徴は、中世以来の技術を持ちながら、新しい整形技法を取り入れた近世瓦成立期のものと考えられます。その年代は、タタキ板整形のあり方から17世紀前半を上限と考えることができます。これにより富山城の瓦は、慶長10〜14年焼失までに製作されたものであることがわかります。 |
(古川)
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《参考文献》
小林謙一・佐川正敏 1989
「法隆寺出土古瓦の調査速報(2)平安時代〜近世の軒丸瓦」『伊珂留我 法隆寺昭和資材帳調査概報10』 小学館
古川知明 2004 「富山城本丸採採集の瓦について」『富山市の遺跡物語』4 富山市教育委員会埋蔵文化財センター
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| 厚手の瓦 |
丸瓦内面(凹面)の内タタキ |
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