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遠賀郡芦屋町は、北は響灘に面し、遠賀川の河口の東西に広がっています。河口から東の奇岩、西の白砂青松の海岸美は玄海国定公園の一部になっています。 |
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国道3号線から水巻町を通って芦屋に到る県道水巻・芦屋線と若松から芦屋競艇場に到る県道北九州・芦屋線の向田橋交差点から出発します。 |
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はまゆうは海流によって南方から運ばれたと思われます。花は7月下旬から8月上旬に咲きます。 |
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この辺一帯の海岸を夏井ヶ浜といいます。東は若松北海岸になります。 |
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海に突き出ているのが狩尾岬です。その縁を歩いて行けます。サイクリングロードになっています。波が荒いとテトラポットを越えてくることもあります。 |
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狩尾岬から東を見ています。右の海に突き出ている反対側がはまゆうの群生地です。先の方で突き出ているのが若松区の遠見ヶ鼻です。左の建物はかんぽの宿で、右に岩屋漁港、岩屋海岸となります。 |
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狩尾岬の先端の少し高い所からの眺めです。波に浸食された岩場になっています。 |
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狩尾岬から東を見ています。これから行く洞山の洞穴が見えます。 |
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もとに戻り、とと市場の前を西に進みます。坂道を下った左に、前が広場で奥は雑木林になっています。ここは山鹿貝塚跡です。 |
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山鹿貝塚の前を左折し、余り広くない国道495号線に出て、そこを右折します。 |
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歴史民俗資料館の前にコンビニにありますが、そこを北に入って行きます。 |
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洞山の東側は柏原漁港です。 |
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洞山の西側は響灘の波による浸食によって、このような景観になっています。 |
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洞山の北側にもう一つ小山があります。洞山は大小二つの小山からなっています。 |
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先の小さな小山には、波の浸食で洞穴ができています。 |
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国道495号線に戻り、歴史民俗資料館の前を右折します。道はすぐに左にカーブしますが、その右手に「芦屋釜の里」はあります。 |
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左手の奥に芦屋釜復興工房があります。資料館にはここでつくられた茶の湯釜が展示されています。 |
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正面奥に池の上に張り出して建てられた建物があります。大茶室の蘆庵(ろあん)です。池の周りは回遊式の日本庭園になっています。 |
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池の反対側には、露地もある本格的な茶室の吟風亭があります。 |
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「芦屋釜の里」のすぐ先を右に、山に上ると魚見公園です。山上には料亭と国民宿舎があります。国民宿舎の横を更に上りますと、広場になっています。そこを更に奥に進みますと展望台があります。 |
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展望台から南西を望んでいます。手前から先に、遠賀川の河口、芦屋港、芦屋海岸です。海岸に沿った松林は三里松原です。松原の左奥は航空自衛隊芦屋基地になります。 |
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展望台から南を望んでいます。橋は、新しく遠賀川の一番河口側に架けられたなみかけ大橋です。その先は芦屋町の市街地で、この辺りが芦屋の古くからの中心地です。 |
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魚見公園を下りて右折して、次の信号機を右折すると、山上から見たなみかけ大橋になります。そこをさらに西に進むと、芦屋海浜公園になります。 |
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なみかけ大橋に戻ります。北側を見ています。左端が堂山で、中央山上に展望台が小さく見えます。右端は国民宿舎マリンテラスあしやです。下の方は響灘の波によって浸食され、波懸の岸と呼ばれています。冬には大陸からの北西の季節風を受けた波が、この岸に打ち寄せます。 |
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なみかけ大橋から南側を見ています。橋は芦屋橋(現在架け替え中)で、橋が架かる前は芦屋の渡し場でした。若松から左の東岸の山鹿に来て、渡船で右の西岸に渡り、赤間を経て博多に至る道と、川沿いに直方に至る道がありました。 |
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城山は平安時代末期の山鹿兵藤次秀遠(やまがひょうどうじひでとう)の山鹿城跡です。山鹿秀遠は平氏方につき、山鹿水軍を率いて奮戦しますが、壇ノ浦で源氏に敗れました。山上に石碑が立っています。 |
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芦屋橋を西に渡り右折します。道は遠賀川に平行して北に伸びています。道は車が離合するのにやっとの道ですが、古くからに街道筋です。 |
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石碑の先をすぐに左折します。先ほどの通りと平行してもう一本通りが西側にありますが、そこを通り過ぎると、金台寺(こんたいじ)の山門が見えます。 |
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先ほど通り過ぎた西側に平行した道を左折して北に進みます。三叉路に突き当たったら右折します。先に進むと、焚石会所跡の石碑があった川に近い通りに突き当たります。途中の右手に市場区公民館があります。その横に芦屋警察署跡の石碑があります。 |
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Uターンし、西に向かいます。この道に入ってきた三叉路を通り過ぎます。道は上り坂になります。上り切った所の左手に愛生幼稚園があります。そこから右の路地に入った所に遠賀郡役所跡の石碑が立っています。 |
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路地からもとの道に戻ります。道は下り坂になります。道が一本交差しています。右手に大国座跡の石碑があります。横の建物は幸町公民館で、奥に公園があります。その奥は芦屋中央病院です。 |
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先に進みます。左手に火除延命地蔵のお堂があります。その前に芦屋宿場構口跡の石碑が立っています。 |
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かって渡し場があった芦屋橋まで戻ります。西岸にある芦屋橋西の交差点を反対側の南に向かいます。少し行って交差点を振り返った眺めです。左の木の横に芦屋釜鋳造跡の石碑があります。往時はここで芦屋釜は鋳造されました。 |
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南に行くと右手に神社があります。古代、芦屋は崗の水門(おかのみなと)と呼ばれましたが、それに由来する岡湊神社です。この地の大倉主・菟夫羅媛(つぶらひめ)の二神を祀っていて大倉社と呼ばれました。のち素盞鳴命(すさのうのみこと)を祀り、祇園社と呼ばれました。 |
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岡湊神社の横の道路を隔てて、千光院大蘇鉄があります。島原の乱の際、出陣した黒田藩士が原城内より持ち帰ったものといわれています。 |
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岡湊神社から更に南に行きます。遠賀川が見える所で、右手の正門町からの道と合流し、西川が遠賀川に合流する地点に架かる祗園橋を渡ると、遠賀川河口堰が見えます。1982(昭和57)に完成した可動堰です。治水と利水を目的にしています。この辺りが東岸の南が水巻町、西岸の南は遠賀町との境になります。 |
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