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山口県下関市は本州の西端に位置します。関門海峡を間にして対岸は福岡県北九州市門司区で、双方の名をとって関門というように、関門は陸海の交通の要衝として古代より発展してきました。下関の関門海峡に面した地域には、壇ノ浦の合戦、巌流島の決闘、幕末の下関戦争など歴史の舞台になったところがたくさんあります。 |
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下関駅のすこし西の下関の中心街を望んでいます。タワーは海峡ゆめタワーです。 |
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海峡ゆめタワーから北東方向の眺望です。高速自動車道の関門橋が見えます。関門橋付近は関門海峡が一番狭く、早鞆(はやともの)瀬戸と呼ばれています。 |
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海峡ゆめタワーから東方向、対岸の門司港の眺望です。1隻の小船が海峡を横断してこちらに来ていますが、門司港と下関唐戸を結ぶ船です。大体20分間隔で運航され、所要時間5分で、運賃は大人390円です。 |
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唐戸の波止場の周りにはいろいろな施設があります。左の西側から、しものせき水族館・海響館、関門連絡船や巌流島・海峡遊覧の船が発着する唐戸桟橋です。 |
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波止場の反対、東側に魚の卸売市場の唐戸市場があります。唐戸桟橋と唐戸市場の間に、レストランやショップが入った2階建ての白い建物のカモンワーフがあります。 |
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カモンワーフと唐戸市場の間に、ザビエルが下関に上陸したことを記念した石碑があります。ザビエルは鹿児島に上陸して、平戸を経て下関にやってきました。山陽道はここまでで、関門海峡を九州に渡る堂崎の渡しがここにありました。古くから下関の海の玄関口がここにあり、江戸時代には往来手形改めの番所もありました。 |
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ザビエル上陸の石碑の近くに金子みすゞの詩碑があります。詩碑やみすゞに関わる場所を巡る、金子みすゞ詩の小径という散策コースの地図が掲示されています。それほどの距離はありませんので、街角を散策するには丁度いいかもしれません。 |
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海岸沿いの国道9号線と関門トンネルや高速道からの道路が交差する唐戸交差点の東に、旧下関英国領事館があります。1906(明治39)年イギリス人の設計で、英国製赤レンガを使って建てられました。1941(昭和16)年に領事館の役割を終えました。国の重要文化財に指定されていて、現在は市民ギャラリーとして使われています。 |
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唐戸交差点の反対、西に下関南部町(なべちょう)郵便局があります。レンガ造りの郵便局は、1900(明治33)年建築の国内最古の郵便局舎で、現在も現役の郵便局として使われています。 |
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下関南部町郵便局の隣の交差点に近い方に、旧秋田商会ビルがあります。海運会社の事務所兼住居だった旧秋田商会ビルは、1915(大正4)年に建てられ、2・3階が住居で、屋上に茶室や日本庭園があります。 |
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観光情報センターを出て少し西に行き、次の交差点を右折し、さらに次を左折して西に行くと、金子みすゞ顕彰碑があります。奥は寿公園です。公園の左の道は港がみえる丘の径という散策路になっています。 |
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唐戸市場の前に、国道を挟んで亀山八幡宮があります。関の氏神として親しまれています。平安時代に創建された神社で、領主の大内氏や毛利氏から崇敬されました。 |
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河豚(ふぐ)の本場は下関です。亀山八幡宮境内にふくの像があります。下関ではふぐとは呼びません。福に通じるのでふくと呼びます。 |
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唐戸市場の屋上から北東方向を望んでいます。山は火の山で、山頂は展望台になっています。その下は関門橋の下関側になり、建物は春帆楼です。 |
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亀山八幡宮の前を東に進み、2つ目の角を左折すると角に菓子店の梅寿軒があり、そこを左折し、店の前の階段を上って行きます。一つ目の階段を上ると、道は直進と右に行く道になります。右に行く小道は李鴻章(りこうしょう)道と呼ばれています。日清戦争講和会議が春帆楼で行われた折、清国代表の李鴻章が危険を避けるため、宿舎の引接(いんじょう)寺から春帆楼に通った道といわれています。 |
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1936(昭和11)年に建てられたこの藤原義江記念館の前に芝生の庭がありますが、そこに白いペンキの洋館「紅葉館」が、明治の末に建てられました。下関在住の古川薫の直木賞受賞作、藤原義江の生涯を描いた「漂泊者のアリア」に建物の様子も描かれています。 |
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国道9号線に戻り、国道を東に行くと、左に春帆楼があります。ここで1895(明治28)年日清戦争の講和会議が開かれ、清国の李鴻章と伊藤博文の間で日清講和条約(下関条約)が締結されました。 |
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春帆楼の東隣は赤間神宮です。国道を挟んだ海側に赤間神宮の駐車場があります。そこからの眺めです。関門橋付近が早鞆瀬戸で、早鞆瀬戸に面した下関側の沿岸付近が壇ノ浦になります。 |
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朱塗りの門は赤間神宮の水天門です。 |
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入水した幼帝の安徳天皇を祀ったのが赤間神宮です。 |
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海峡ゆめタワーから南方向の眺望です。島は武蔵と小次郎の決闘の巌流島です。巌流島の右上に張り出しているのは彦島です。巌流島の向こうの海は関門海峡の大瀬戸です。その向こう対岸は門司駅付近です。 |
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巌流島への船は唐戸桟橋から発着しています。大体30分間隔で運航され、所要時間は10分、運賃は往復で1,000円です。見学時間を合わせても、1時間程度で唐戸桟橋に戻ってこれます。 |
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巌流島の桟橋の近くに、村上元三の「佐々木小次郎」の一節が刻まれた船の形の巌流島文学碑があります。巌流島の住所は下関市大字彦島字船島です。1612(慶長17)年、船の形に似たこの船島で、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われました。のちにこの島は小次郎の流派名を取って、巌流島と呼ばれるようになりました。 |
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巌流島は決闘当時の6倍の面積になっていますが、桟橋から上った所の小山の当たりが当時の島といわれています。巌流島文学碑の反対側にあるこの石碑は、1910(明治43)年島の開鑿工事完成時に建立された佐々木巌流の碑で、小山の反対側に現在はあります。巌流島には、一番多い時には30軒ほどの家がありましたが、現在は無人島です。 |
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武蔵・小次郎の像は、2002年村重勝久氏の作の小次郎像が建てられ、決闘の時と同じように遅れて、2003年廣瀬直樹氏のデザインの武蔵像が建てられました。宮本武蔵については「北九州のみどころ」の「手向山公園」をご覧下さい。 |
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武蔵・小次郎の像の横に人工海浜がつくられています。決闘の場所をイメージした白い砂浜で、武蔵が乗ってきた舟もあります。 |
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下関には以前より水族館がありましたが、2001(平成13)年新たに唐戸に、しものせき水族館・海響館がオープンしました。 |
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イルカやアシカのショーが、関門海峡が見える円形の水槽で行われます。開催時間前から来場者達が観客席の集まってきます。子供達は大喜びです。 |
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かって下関は南氷洋捕鯨の基地でした。1階にシロナガスクジラの骨格標本が展示されています。体長26mのメスで、1880年代にノルウェーで捕獲されたものです。シロナガスクジラの全身骨格標本の展示は、日本ではここだけです。 |
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海峡ゆめタワーから北西方向の眺望です。下の鉄道は下関駅付近です。左方向は関門鉄道トンネルを通って門司駅に行きます。 |
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