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吉志
  門司区  [2007/09/15]
 

吉志(きし)は、門司区の南東部に位置し、東は企救半島の山地で、北は畑(はた)、南東は恒見(つねみ)、南西は小倉南区の吉田に接します。かって西は響灘でしたが、1962(昭和37)年から埋立てられ、新門司と町名が付けられた臨海工業地帯が1972(昭和47)年に完工し、新門司港が築港されました。
吉志は岸からで、海に接する場所から付けられたと思われます。鎌倉時代、下総親房(しもふさちかふさ)が門司関に下向して来て、門司城を居城とします。鎌倉末期頃より下総氏は門司氏と称し、一族は門司関六ヶ郷に分立します。門司六郷は、片野(現在の小倉北区三萩野付近)・柳(現在の門司区大里付近)・楠原(現在の門司港付近)・吉志・伊川・大積郷でした。
江戸時代から明治22年まで吉志村でした。下吉志には石灰石が埋蔵され、幕末には採掘が始まりました。1889(明治22)年猿喰・畑・今津・吉志・恒見・伊川の6ヶ村が合併して松ヶ江村ができ、旧村は大字になりました。1923(大正12)年、畑にあった松ヶ江村役場が吉志に新築移転されました。1942(昭和17)年、松ヶ江村は門司市に併合されました。6つの大字は門司市に引き継がれました。

門司区は、中央を北東から南西にかけて山地が連なり、西の関門海峡側と東の周防灘側に分けることができます。東側を南北に貫通する幹線が県道25号門司・行橋線です。
国道10号線から県道門司・行橋線を進むと、しばらく上り坂ですが、下り坂になり、その途中が区境で、小倉南区から門司区へ入ります。右手にゴルフ場が見え、その先にこの吉志交差点があります。ここを右折して、旧道に入ります。県道の旧道は、町の中心地を通っています。新しい県道は、人家の密集地を避け、山手側を、道幅も広く、真っ直ぐ伸びています。

 

旧道を進むと、吉志1丁目交差点に出ます。新しい県道から新門司とを結ぶ道路との交差点です。交差点の左向うの建物は、グリーンパル門司といい、JAとスーパー丸和が入っています。この斜め後に、門司区役所松ヶ江出張所がありましたが、2007(平成19)年4月移転しました。後ほど紹介します。
旧道を直進しますと、左手に松ヶ江中学校があります。そこからは畑になります。
吉志は新町名が付けられていますが、この付近は、かっては小字で下吉志と呼ばれた所です。
明治中期、吉志・恒見と曽根間を人力車が走り、大正末期から昭和初期には乗合馬車が運行されました。乗合自動車が1926(大正15)年には曽根・大里との間に、1927(昭和2)年には門司港との間で運行されました。また下吉志には劇場の松ヶ江座がありました。

 

吉志1丁目交差点を右折して、新門司の方に進みます。道が左右に分かれますので、右手に行きます。すぐに松ヶ江大橋があります。そこから東側の山手を見ています。水面の右手が吉志で、左手が恒見です。一番高い山は足立山です。少し上流で、吉志を流れる櫛毛川と相割川が流入します。

 

吉志1丁目交差点まで戻り、そのまま直進しますと、新しい県道と交差します。新門司港入口南交差点です。その角に新門司地区複合公共施設が新築されました。その1階に門司区役所松ヶ江出張所が移転しました。ほかに図書館・体育館・市民センターなどがあります。

 

複合公共施設と連絡する歩道橋から県道25号門司・行橋線の南側を見ています。
道路の右手は現在は、シンプルライフ吉志という住宅団地になっています。かっては山地でしたので、県道の上り線はトンネル状になっています。

 

歩道橋から県道門司・行橋線の北側を見ています。
駐車場横の右端の平屋の建物は旧松ヶ江出張所です。その先の道路の右側の建物は松ヶ江中学校です。道路の左側は住宅団地です。

 

新門司港入口南交差点から複合公共施設の横を通り、住宅団地に入って行きます。高台から南東方向を見ています。
高い山は足立山です。右の山の麓付近に、高速道路の九州道の橋梁が見えます。家並の中央の先端付近に、真言宗不動院があります。のちほど伺います。その付近が小字の大原です。

 

住宅団地の高台から東方向を見ています。
この辺りは、かっての小字上吉志です。中央左に九州道の橋梁が見えます。山に高圧送電線の鉄塔が見えますが、右から3番目の塔は、九州道の吉志パーキングエリアの給水塔です。
吉志パーキングエリア付近は、かって下総親房(しもふさちかふさ)が門司城の端城として築いた寒竹城(かんちくじょう、別名吉志城)跡がありましたが、現在はありません。

 

新門司港入口南交差点に戻り、右折して県道門司・行橋線を南方向に行きます。左手に松ヶ江南小学校が見え、その前に松ヶ江南小学校前交差点があります。そこを右折して進むと、右手に吉志天疫神社の鳥居が見えます。右の山の先は、先ほどの団地になります。
この神社には、「ろくや」と呼ばれる、吉志の二十六夜という祭りが伝わっています。毎年4月26日に行われ、御神幸(ごじんこう)に花傘鉾(はながさほこ)という飾り物がお供するのが特徴です。旱魃の時に雨乞いをしたところ、雨が降ったので、そのお礼に始められたと伝えられています。

 

松ヶ江南小学校前交差点に戻り、右折して県道門司・行橋線を更に南方向に行きます。次の信号機を右折します。道は狭くなります。右手に鳥巣病院があります。そこを過ぎると、左手に不動院の案内がありますので、左折して行くと、右手に真言宗不動院があります。この付近は吉志の小字の大原です。
不動院の先に池があり、その先は門司ゴルフ倶楽部のゴルフ場になります。門司ゴルフ倶楽部の東側は門司区吉志で、西側は小倉南区吉田に位置します。門司ゴルフ倶楽部は1935(昭和10)年に開設されました。
それ以前にも大原には、松ヶ江村外の者の遊び場として、松ヶ江ゴルフ場があったといわれています。


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