北九州点描

ホーム


菅生の滝
  小倉南区道原(どうばる)  [2007/04/07]
 

紫川の源流のうちの一支流にかかる菅生の滝は、福智山系の尺岳の北東山腹に位置します。

 

小倉南区の国道322号線徳光交差点から県道道原・徳吉線に入り、南下します。高架の九州自動車道を過ぎ、山本・春吉を通って道原に着きます。道原小学校の先のこの三叉路を道なりに左に曲がると、ます淵ダムに行きます。すぐ左に曲がった先に紫川に架かる橋のたもとに、道原サイクリングセンターがあります。土日曜や祝日、春・夏休みは毎日、自転車の貸し出しが利用できます。
菅生の滝への道は、直進します。道原サイクリングセンターの先で紫川に合流する、畑川沿いを進みます。
ます淵ダムについては「北九州点描」の「ます淵ダム」を、同じく紫川上流については「紫川上流」をご覧ください。

 

川沿いに行くと、道原浄水場に着きます。途中の道路は現在整備中ですが、車が離合できない所もあります。浄水場を下に見る道路脇に駐車場があり、トイレもあります。駐車場はここを入れて3箇所あります。車で滝のすぐ近くまで行けますが、多少のハイキング気分で行くのであれば、ここから歩いて行くことをお勧めします。滝まで歩いて30分位の行程です。

 

道原浄水場の上に、道原貯水池があります。1910(明治43)年小倉市は、畑川と清滝川(滝の口川)の合流地のここに、水源地として貯水池建設に着手し、翌年完成しました。1912(明治45)年道原浄水場が完成し、翌1913(大正2)年給水を開始しました。

 

先に進むと、左に下れば貯水池に、右に上れば滝への分岐点に出ますので、右の方に進みます。右側は山で、左側の下には貯水池の水面が見えます。さらに進むとせせらぎの音が聞こえます。道は清滝川沿いになります。道はもっと狭くなります。
林の中を進んでいた道は、林を抜けます。2番目の駐車場になります。滝まで1kmの案内があります。

 

駐車場の横に菅生寺があります。菅生の滝を背景にした菅生寺は、修験道の寺院です。小倉藩の祈願寺して庇護をうけ、民衆の信仰の場となっていました。
本堂の横に滝を配した庭園があり、不動明王が祀られています。
菅生寺を過ぎて、細い道をしばらく行くと、左手に駐車場があります。最後の駐車場です。トイレもあります。ここから滝までは、歩いて約5分です。

 

滝までは、渓谷の林の中を歩きます。水遊びに適当な所もあります。しかし、上水道の水源地ですから、汚さないように気をつけましょう。

 

渓谷の谷川に沿って道は続きます。先ほどの菅生寺の奥之院が右にあります。その先の隣に須川神社があります。そこに橋が架かっていて、橋に上に立つと菅生の滝が一望できます。

 

水の帯の下から1/3程度の所に、滝壷があります。滝は高さ約30mです。
菅生の語源には3つの説があります。1つは朝鮮より菅王子が渡来し、この地に住んだという説で、須川神社はかって菅王権現と称しました。2つ目は渓流に菅が生い茂る様からです。3つ目の話としては、女の人の化粧が激しい滝しぶきで落ち、素顔になるということで、その名が付きました。

 

昔、香月(八幡西区)に金持ちの娘の歌姫がおりました。美しく心優しい歌姫を、貧乏な百姓の熊彦は思い、その思いを歌にして、短冊に書いて梅の木につるしました。歌姫はこの歌を作った人が好きになりました。金持ちの息子は歌を作ったのは自分だと嘘をつきました。そして、歌姫と結婚してしまいました。
熊彦は悲しみ、滝に身を投げました。この後、歌姫は重い病気になりますが、山の中の滝に身を沈めると、気分がよくなる夢を見ました。歌姫はこの滝に行く決心をしました。夫が心配しますと、古老が、これは滝の白蛇に見込まれたためなので、顔に墨を塗って行くと歌姫と気づかないだろうと教えてくれました。
歌姫は墨を塗って出かけました。滝壷に近づくと、滝のしぶきで墨が落ち、素顔になってしまいました。大きな白蛇が現れ、あっという間に、歌姫を滝壷の中に連れ去ってしまいました。
滝壷は岩を登って行かなければ、見ることはできません。

 

滝壷の淵から滝を見上げると、女の人の化粧は落ちるかもしれません。岩は濡れていると滑りやすいので、昇り降りには十分気をつけましよう。

 


You Tube でこのページの動画がご覧になれます
この先をクリックしてください → 菅生の滝


掲示板 → 北九州から、北九州に


トップへ

北九州点描へ

ホームへ