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紫川と東谷川の合流地点付近から南側はその地形から、東谷・中谷・西谷と呼ばれ、1889(明治22)年からは、それぞれが村でした。中谷・西谷村は1941(昭和16)年に小倉市に編入され、東谷村は1948(昭和23)年に小倉市に編入されました。 紫川の上流は中谷を流れます。中谷村は、高津尾・山本・春吉・道原(どうばる)・頂吉(かぐめよし)の五村が合併して発足しました。ここでは頂吉を除いた高津尾・山本・春吉・道原を紹介します。この地域は紫川の水利を生かした農村地帯です。 |
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国道322号線の徳光交差点から西に入って行きます。右折すると合馬方面に行く交差点がありますが、直進します。この道は県道258号呼野・道原・徳吉線です。 県道に合馬川の御園橋が架かっています。これから南が山本になります。御園橋の少し先に細い道が交差しています。そこを左に入って行きます。紫川に八ヶ瀬橋が架かっています。そこから下流の眺めです。上流には九州自動車道の高架道が架かっています。 河原の赤い彼岸花が咲いている所で合馬川が、更に下流で東谷川が紫川に合流します。 |
| 八ヶ瀬橋を渡り、右折して行きます。すぐに、九州自動車道の小倉南インターへの誘導路のガードがありますので、そこをくぐると、道は左カーブします。そこからは高津尾です。その先に右折の道があります。右折して行くと、右手にこの意吉(こころよし)神社があります。その由緒は概略次の通りです。 高津尾は、西は紫川、東は東谷川に挟まれていましたが、水利の悪い高台でした。戦国時代の元亀年間(1570年頃)、高津尾村郷原(ごうばる)の心吉は、紫川の上流の春吉に堰を築き、水路を山の側面に通して高台に水を引くことを計画し、実行しょうとしました。村内の者は勿論、水路が通る山本村の村長も反対でした。心吉は時の城主に懇願しました。通水に失敗したら心吉が、成功したら山本村村長が磔になるという条件で、懇願は認められました。村民も総出で協力し、約十年後、堰と水路が完成しました。通水しますが流水が少なく、失敗だとして心吉は磔に架けられました。心吉の死後大雨が降り、郷原の開田に水が注ぎ込みました。村民は心吉に感謝し、祠を建てました。 |
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県道呼野・道原・徳吉線に戻り、南下します。九州自動車道の高架道の下を通り、その先の左手に橋が架かっています。地蔵堂の前の堂の前橋です。その橋から上流を見ています。右端にすがお小学校の校舎の一部が見えます。すがお小学校は、2008(平成20)年春、山本小学校と道原小学校が統合されて、山本小学校の場所に開校されました。山本小学校は1874(明治7)年に創設されました。 |
| 堂の前橋から右手の田圃の向うに西大野八幡神社の鳥居が見えます。神社はその向うの山の麓にあります。飛鳥時代の天智天皇8年に山上に鎮座したのを、江戸時代の1668(寛文8)年現在地に遷されました。前年に、東谷の母原の東大野八幡神社は、西大野八幡神社から分社されました。 平安時代から南北朝時代に、豊前国企救郡に大野荘の名が見えます。東谷・中谷・西谷に当たる地域で、宇佐八幡宮の神宮寺、弥勒寺の荘園でした。 |
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西大野八幡神社の拝殿の前に神楽殿でしょうか、建物があります。そこに飛行機のプロペラが架けられています。 1903年12月17日ライト兄弟による人類初飛行に成功しました。それから22年後の1925(大正14)年、朝日新聞社により、初風(はつかぜ)号、東風(こちかぜ)号の2機の搭乗4人による訪欧大飛行が行われました。東京からピョンヤン、ハルピン経由、シベリアを横断してモスクワ、更にパリ、ロンドン、ローマと95日間、飛行実日数28日間の飛行でした。 東風号の操縦士、河内一彦は道原の出身で、東風号のプロペラを奉納しました。この2機は、朝日新聞がフランスから輸入したブレゲー19A2長距離連絡機です。 |
| 県道に戻り、すがお小学校の前を進みます。その先は春吉です。左の川の方に下りて行く道がありますので、県道から左に入って行きます。その先に洗出橋が架かっています。そこを渡り、右に行きますと、春吉の堰が見えます。 | ![]() |
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紫川を挟んで県道とは反対の道を上流に進みます。道が狭くなった先に橋が架かっていて、右に曲がって渡ると県道に出ます。橋の横から川に下りて行く階段であります。下りて行くと石橋の全体が見えます。北九州市指定史跡の春吉の眼鏡橋です。 橋がない頃は、簡単な板を渡しただけでした。1917(大正6)年、ここから子守の女の子が転落死しました。地元の人々の間に恒久的な橋の建設の気運が盛り上がってきました。1919(大正8)年、石橋の眼鏡橋は完成しました。春吉の人々の悲劇を繰り返さないとの願いが、多額の寄付金を集めました。石工は道原の人です。 |
| 県道を南に進みます。左側に広い道がつながっています。広い道の河原橋から上流を見ています。この付近は春吉と道原の境になります。 西の方向になります。一番高い山は北九州市と直方市の境にある、標高608mの尺岳です。 |
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更に県道呼野・道原・徳吉線を進みますと、左手にもとの道原小学校が見えます。1874(明治7)年に創立された道原小学校は、2008(平成18)年3月31日閉校しました。山本小学校と道原小学校が統合されて、山本小学校の場所にすがお小学校が開校しました。 この先、県道呼野・道原・徳吉線は左にカーブします。直進しますと、菅生の滝の方に行きます。そこまで道原です。道原浄水場・菅生の滝については、「北九州点描」の「菅生の滝」をご覧ください。 |
| 県道呼野・道原・徳吉線を左に曲がって行くと橋があり、橋の向うに道原のサイクリングセンターがあります。土日曜や祝日、春・夏休みは毎日、自転車の貸し出しが利用できます。センターの裏からます渕ダムへのサイクリングロードが始まります。 ます渕ダムは頂吉にあります。ます渕ダムについては、「北九州点描」の「ます渕ダム」をご覧ください。 |
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