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ほら貝祭
  若松区乙丸  [2008/04/19]
 

ほら貝祭が行われるのは、若松区乙丸の貴船神社です。
乙丸(おとまる)は北九州市の北西端に位置します。北側の西が響灘、東が有毛(ありげ)に接します。東側の北は有毛、南は蜑住(あまずみ)です。南側の東は大鳥居(おおとりい)、西は新興住宅地の青葉台です。西側の南は青葉台と同じく新興住宅地の花野路、北は遠賀郡芦屋町に接します。
乙丸は農村地帯で、乙丸の中央から北側の有毛にかけて、若松ゴルフ倶楽部のゴルフ場が広がっています。
江戸時代から1889(明治22)年まで乙丸村でした。1889(明治22)年蜑住・有毛・乙丸・大鳥居・小敷・高須・浅川・払川・塩屋村が合併して、江川村になりました。1908(明治41)年洞北村と江川村が合併して島郷(しまごう)村となり、1931(昭和6)年若松市に編入されました。
乙丸には、江戸時代の「筑前国庄の浦壽命貝(じゅみょうがい)由来記」が伝えられ、ほら貝祭が行われます。
南北に伸びる県道有毛・引野線と東西に伸びる県道北九州・芦屋線が交差する、大鳥居西交差点から県道有毛・引野線を北上します。右手に江川小学校が見えてきます。この辺りが乙丸の南東端です。
1938(昭和13)年4月、大鳥居小学校、有毛小学校が廃されて、島郷第二尋常小学校が創立されました。1963(昭和38)年、五市合併に伴い、北九州市立江川小学校と改称されました。
左が江川小学校で、右に丘陵地が見えますが、その中に貴船神社はあります。丘陵地の中や周辺が乙丸の集落になります。県道の側を坂井川が流れ、江川に流れ込みます。
県道有毛・引野線を北上しますと、芦屋と蜑住を結ぶ道路と交差します。その交差点を過ぎた先左手に、乙丸の集落に入る道があります。左手の丘陵地の中に、貴船神社はあります。
乙丸の北の方に行ってみます。右手の川沿いには農地が広がり、その先に低い丘陵地がありますが、その辺りは若松ゴルフ倶楽部のゴルフ場です。
県道有毛・引野線を北上しますと、有毛交差点に出ます。国道495号線は、有毛交差点の左の芦屋方面から来て、交差点で北に方向を変え、ひびき臨海工業団地に向かいます。
その有毛交差点を左折して、国道495号線を西進しますと、若松ゴルフ倶楽部の入口の道と国道とが十字路になっています。そこを右折して、ゴルフ場入口と反対の道を行きます。すぐに若松乗馬倶楽部があります。
若松乗馬倶楽部のホームページは、下記の通りです。
   http://www.geocities.jp/t522403/

若松乗馬倶楽部を過ぎると、海が見えます。そこは隣の芦屋町で、はまゆうの自生地に到ります。芦屋については、「北九州の近隣」の「芦屋」をご覧ください。
県道有毛・引野線の乙丸の集落入口まで戻ります。県道から坂井川を渡り、真っ直ぐ入って行きますと、左手にほら貝祭の説明の案内板が立っています。その前の細い道を入って行きます。
小道を入って行くと、左手に鳥居が見えます。鳥居をくぐって石段を上った先に、貴船神社のお堂があります。
鳥居をくぐったすぐの、石段の右手の斜面に、「神功皇后船留之松跡」の石碑が立っています。
神功皇后は、船で岡津(芦屋)を目指して江川を進みますが、船が進まなくなりました。そこで、神功皇后は、船を留め、貴船神社を祀らせ、自ら松を植えました。
小道を集落内の道まで戻ります。奥に進むと、すぐに十字路になります。そこを右折して進みますと、このような切り通しになります。
切り通しを過ぎると、道は広くなり、左手に乙丸公民館があり、右手に行学幼稚園があります。
坂道を下りると、芦屋と蜑住を結ぶ道路に出ます。左折しますと、県道有毛・引野線との交差点に戻ります。右折しますと、新興住宅地を通って芦屋町山鹿に到ります。
4月15日、人々が貴船神社に集まって来ます。この日、ほら貝祭があります。

ほら貝祭のいわれは、次の通りです。
1782(天明2)年、奥州津軽で、山道に迷った芦屋の商人が、一人の女に一晩の宿を頼みます。その女は、男が筑前の人ということで、不思議な身の上を話します。
私は筑前山鹿近くの庄の浦に住んでいた海女の娘です。病にかかり、日に日に衰えていた時、子供達がほら貝を採って帰り、食べさせてくれました。おかげで元気になりました。しかし、それ以降不老不死になり、夫や子供、孫も亡くなったのに、600年も生き永らえていました。
午前10時、ほら貝祭の神事が始まります。

女の話は続きます。
故郷に住み辛くなり、旅に出ました。途中で、夫婦になったこともありますが、歳をとらず、化け物と思われ、逃げ出しました。放浪の末、津軽にやってきて、この家に嫁いでいます。
故郷を出る時、船留めの松の側の祠に、ほら貝を納めてきました。どうなったか分かりませんが、私の子孫がいれば、近くに行った時、この話をしてください。
芦屋の商人は、この年、庄の浦を訪ね、女の子孫にこの話を伝えました。
神事が終わると、神職がご神体のほら貝からお神酒を注ぎます。集まった人々は、お神酒をいただき、不老長寿を祈願します。


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