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有毛  若松区  [2007/12/16]
有毛(ありげ)は在家が転じたものといわれ、在毛ともあらわされた時代もありました。荘園があった時代、この地に荘園内の集落があったことを物語ります。
中世、山鹿荘内の一郷で、麻生氏の支配下にありました。
江戸時代〜1889(明治22)年は有毛村で、同村に岩屋浦も含まれています。天保年間の家数は85で、そのうち岩屋浦は30でした。
1889(明治22)年、蜑住・有毛・乙丸・大鳥居・小敷・浅川・払川・塩屋・高須村が合併して江川村になり、有毛は大字となりました。1908(明治41)年江川村と洞北村が合併して島郷村となり、1931(昭和6)年島郷村は若松市に編入されました。1889(明治22)年の戸数は153でした。
海岸部の岩屋については、「北九州のみどころ」の「若松北海岸」で紹介していますので、ここでは主に有毛の内陸部を紹介します。
県道11号有毛・引野線は、引野、穴生、本城、学研都市の西、大鳥居を通って有毛に到ります。
県道の右手は手前の蜑住(あまずみ)と有毛の境界で、低い丘陵地が続いていて、先の方に有毛の霊園が見えます。
左手は乙丸(おとまる)で、手前に江川小学校があります。
有毛交差点が県道の終点で、その先は国道495号線になります。国道495線は、交差点の左から来て、真っ直ぐ伸びて行きます。
有毛交差点を右折します。この道は蜑住団地の方に伸びて行きます。道の左手の畑は、一面キャベツでいっぱいです。このキャベツは、若松キャベツの名で売り出されています。若松は、キャベツの国の野菜指定産地です。
道の先、畑が途切れる所に小さな岡があります。そこに十五所神社が鎮座しています。部落毎、集落毎にお社があります。この神社もそのひとつです。由来・由緒も表示されていませんが、古より村民から崇拝されてきました。
有毛交差点まで戻り、右折して、国道495号線を北に進みます。すぐに岩屋海岸の案内がありますので、左折します。
海岸まで、右手に畑が広がり、キャベツが植えられています。若松キャベツは肉厚で甘味があると評判です。巻きがよく、大きくなると、出荷されます。
岩屋海岸は現在工事中です。完成すれば、歩行者にも車にも安全な海岸になりそうです。
東を見ています。左端の建物は、遠見ヶ鼻にあるかんぽの宿で、その下が岩屋漁港になります。
岩屋海岸から西を見ています。岬は西隣、芦屋町の狩尾岬です。背後の山は、手前の岡垣町と先の宗像市の境の山々です。
有毛の海岸部、東から千畳敷、遠見ヶ鼻、岩屋漁港、岩屋海岸については、「北九州のみどころ」の「若松北海岸」をご覧ください。
国道495号線に戻り、北に進むと八光丸入口のバス停があり、その少し先右手にレンタルカートの看板が出ています。そこを入って行くと、高台に北九州カートウェイのカートコースがあります。
詳しくは下記をご覧ください。

 北九州カートウェイ
http://www.kitakyushukart.co.jp/
八光丸入口のバス停まで戻り、左折して、細い道に入って行きます。八光丸の集落を通ります。左右の分かれ道になりますので、左に行きます。畑が広がっています。その先に小さな岡があり、鳥居が見えます。右に曲がって、鳥居の方向に行きます。
中央に見える道を通ってきました。鳥居の前の道は車が通れませんので、歩いて行きます。そこから振り返っています。有毛は畑作地帯です。
鳥居のある岡には戸明神社が鎮座しています。ここは十五所神社が鎮座している岡の北にある岡です。
戸明神社は安屋・有毛・大鳥居・高須にありますが、蜑住に本宮があります。天照大神が隠れた天の岩戸を開いた天手力雄神(あまのたぢからお)を祀っています。戸明はこれに由来するといわれています。
来た道を更に進みますと、十五所神社が鎮座している岡とその前の道が見えますが、その手前の分かれ道を左に行きます。突き当たるまで進みます。その付近にみかん農園があります。左に行きますと、国道495号線に出ます。

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