
溝が谷は正式には川の名前ではありません。これは代田村の字(あざ)名です。場所は現在の井の頭線の線路の僅かに北側から、流れに沿って北沢川までの細長い地域です。このあたりは、比較的早くから、開発が進んでおり、淡島通りの北側は箱根土地株式会社(現国土計画)が開発した分譲地(清風園と名付けられていました。)の一部となりました。分譲地の大部分は川の西側の山の斜面です。発売は昭和の初期です。北沢川の改修の時期と同じ頃だったと思われます。この時に分譲地内では川は暗渠となっています。淡島通りより下流は改修の影響で川筋が大きく変更されたため、以降の「下水」がどこをとっていたかは狭い通り路をたどればわかりますが川という名に値するのでしょうか。井の頭線のすぐ南側はだいぶ長く川の様相があったようで、今でもそんなに年寄りでなくてもあそこで魚を捕ったという人に会うことがあります。宅地となったのは昭和40年代ではなかったかと思います。最も遅くまで開発されていなかったのが井の頭線の北側でした。ずっと原っぱだった様に思います。 昔、溝が谷に池があったそうです。場所は清風園のところだそうです。清風園は箱根土地株式会社が売り出した分譲地でその範囲は代沢1丁目27,29の西側と28、代沢2丁目1,2と3の南側、代沢3丁目14の北側と15,16ですから池があったとすれば、代沢1丁目27から28,29の辺りでしょう。 この池が駅名になった池の上の字名の由来でしょう。池尻の名もここからかもしれません。「世田谷の地名」という本では大橋からの大きい池を想定していますが、むしろこのような小さな池が集まった湿地が、大橋の辺りまで続いていたのではないかと思います。 駒場の地図を見て最も驚いたのは溝が谷へ流す水を三田用水から取水していることでした。北沢川はよく知っての通り玉川上水から分流していますが、長い間の働きかけの結果だと聞いていました。江戸へ流す水は市民の上水用であり、簡単に農業用に使用できるわけが無いことは当然だと思われます。古い話には盗水のことがよく触れられています。それなのに三田用水からの取水があるのは驚きでした。 上にも書いたとおり流域は代田村の地域です。北沢川の流域もその名に関わらず下北沢村の地域は少なく、流路が代沢の場所はほとんどが代田村の地域となっています。確かこのあたりの玉川上水の管理が代田村でしたから、これと関係があるのでしょうか。 ![]() 平成13年度に烏山川緑道の北沢川との連絡部分が遂に完成しました。これで北沢川・烏山川・目黒川の下流部分の緑道は世田谷区内では目黒川の大橋と東仲橋の間を残すだけです。 写真は北沢川との合流部分の烏山川緑道、モニュメントがかわいいです。 ![]() ![]() 菅刈公園 平成13年にこの部分が目黒区立の公園として公開されました。公園名・菅刈公園の菅刈の名前は目黒区・世田谷区の一部の旧名称に菅刈の庄というものがあることによっています。しかし、菅刈の名はこの近くに菅刈小学校があることから今ではこの辺りの地名といえます。 上の2枚の写真は公園の中であう。梅が見事でした。滝や池も旧庭園を復元したものだそうです。 ![]() 西郷山公園 |
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