チョモランマ(エベレスト)に感動

雄大なヒマラヤを観光資源とするネパールに、25年振りに行ってきました。カトマンズなどの街の様子は、車が多くなり排気ガスがひどくなったことを除けばほとんど変わっていませんでした。それほど世界から見ればゆっくりとした時間が流れているということなのでしょうか。

 今回の旅はチョモランマを見ることが目的でした。ルクラ(標高2800mの村)から往復6日間ののんびりとしたトレッキングです。しかしながら、ゆっくりと高度をあげていったにもかかわらず、3千メートルを超えるあたりから高度障害が出始め、夜中には頭痛でほとんど寝られず、一時はチョモランマを見るのはあきらめようかとも思いました。でもサーダー(シェルパ頭)の「水分を取る」「体操をする」「ゆっくり動く」などの助言に助けられ、頭痛を克服しながらやっとのことで、チョモランマの見えるホテルに着くことができました。

 晴れ渡った青い空とともに奥の方から顔をのぞかせるチョモランマの雄姿は今までの苦痛を忘れさせれくれるのに充分でした。思っていたよりも身近に見られるヒマラヤの山々にただただ感動。寒い中羽毛服に身を包みながら夕焼けに染まったチョモランマが最後に闇に沈むまでじっと見つめていました。

 世界で最も高いところにあるというエベレストビューホテルにも寄りましたが、そこにつくまで利用したホテルやロッジのレストランなど公共の場がすべて禁煙だったのに、ここだけはロビーの各テーブルに大きな灰皿。そんなところではタバコを吸う人もいて、そうでなくても酸欠で苦しい思いをしているのに「空気を汚さないでくれ」と心の中で叫んでしまいました。ちなみにここの経営者は日本人とのこと。情けないこと世界一でした。


 25年ぶりにヒマラヤの山々が見たくてネパールへ出かけた。総勢15名。60歳台を中心としたいわゆる熟年のトレッキングツアーだ。現地では、シェルパやガイドなど11名が合流した。寝袋などの荷物はゾッキョと呼ばれるヤクとウシから生まれた動物が運んでくれた。初めてのネパールトレッキングはアンナプルナ方面であったが、そのときはテント泊でトイレもなく、荷物もポーターが運んでいた。それに比べるとこのエベレストコースは通過する村々には必ずロッジがあり、休憩や宿泊が可能だ。トイレも付いている。そんな以前よりは恵まれた環境の中でのトレッキングであったが、高度障害にも悩まされた厳しい面もあった。

 この時期は乾季ということもあり、天候には恵まれた。毎日気持ち良い青空が広がり、チョモランマ、ローチェなど8000メートル級の山々が美しかった。

 私たちが通った村々では主な収穫も終わり、一部では脱穀や調整が行われていた。赤ん坊を背負った女性が小さい杵と臼で麦の殻を取っていた。インゲンは殻からはずしたものをござに広げて干していたので、少し分けてもらった。私たちが作るものよりもかなり大粒の豆だった。

 畑には、キャベツ・ニンジン・ダイコン・ブロッコリー・エンドウなど今の日本と同じようなものが植えられていた。トウモロコシはすでに枯れて茎だけが立っていた。この地方の主な作物は、麦・ジャガイモ・アワ・ソバなど。

 ディドというアワとソバを混ぜて蕎麦がきのようにお湯で練ったものをシェルパの家でご馳走になった。これはシェルパ人の主食でエネルギーの元になると言っていた。その家には、がっしりとした丸箕やチーズ作り用の大きな筒もあった。

 カトマンズは昔とあまり変わっていなかった。中心街は車も多く、排気ガスや埃に悩まされた。人も多く買い物などに来ているのにまだ未舗装のところもあり、これが都会の真ん中なのかと不思議な気分にされられた。ただ、以前は牛とよく遭遇したのだが、今回は1回だけ。困ったのは、トイレに行きたくて入ったレストランにトイレがなかったこと。でもそこは店内禁煙だった。

 かごなどの竹製品を集めているので、そんなお店を探していたら1軒だけあった。何に使うのか良くわからないものもあったが、それもごあいきょう。また、穀物売り場では、10種類以上も入った豆セットや、ソバ、インゲンなどを買ってしまった。