■ 2002 7.18 DOMEの奇蹟

長渕 剛の『明日に向かって』という歌のフレーズは、こんな出だしから始まる。 
 "まだまだ見捨てたもんじゃないぜ、そんな自分に気づく時がある。
  何か他人と違ったことをやらかしたくて突破口を探してここまでやってきた・・・" 

この歌と同様、7.18東京DOMEに奇蹟が起こった。

奇蹟は、巨人軍の練習中から起こる。
清原ファンの子供達が3人、1塁側から清原選手に声をかける"清原さ〜ん、清原さ〜ん"しかし、振り向かない。
何度繰り返しても、結果は同じ。
それから、不意に清原選手が観客席に目をやった。瞬間、私と目が合ったと思ったのだ。
私は、大きく手を挙げたのだが、もの凄い形相で見られてしまった。
おそらく、"練習中にいらん事をするな"と言わんばかりだ。悲しくもあり、切なくなった。

それなら仕方ない、医者にあまり飲んではいけないと言われたBEERを1杯飲み干し、気分を変えようと思っていた。
しかし、先程の事がどうしても気になってしまう。考えて、考えて、考えて何がいけないか考え抜いた。

「そうだ!まず、自分の色つきメガネがまずい。
清原選手は、自分の視力が悪いなど知らない、からかい半分だと思われたかも知れない。
それから練習中には余計な事をしてはいけない。
清原選手と自分は顔見知りでも何でもない、自分が勝手にファンなのだ!」と、

確かに清原選手との接点が欲しい、声を掛けられるくらいの接点がどうしても欲しい。
その一心で起こした行為そのものが時には、感情を逆撫でしてしまうことを私自身、反省すべきだと思った。
この場を借りて、清原選手に深く謝罪したい。

そんなことを考えているうちに17:55になった。先発は、入来 祐作である。入来も私が大好きな投手の1人だ。
あの魂がこもった投球で感動を与えてくれる。

17:58そろそろ時間だ、ユニフォームの背番号を前にして弟と着た。清原選手に存在を分かってもらうためだ。

17:59たまらなく自分の奥底から沸き上がる緊張にも似た熱い感情がこみ上げてくる。

18:00 今までの事がなかったかのように弟とイスの上に立ち上がり、大声で叫んだ!
『頼む、俺にボールを投げてくれ!俺の家宝にするんだ!頼む!頼む・・・』
叫びと祈るような気持ちが交錯し、清原選手がベンチを出てくるのを待った。

場内アナウンスと共に清原選手が自筆サインボールをグローブの中に入れてグラウンドに出てきた。
サインボール1球目、ベンチの上へ・・・(自分たちは、1塁側カメラマン席の4列目あたり)
2球目、あ〜駄目かと思った瞬間、間違いなく私と弟目掛けて投げてくれたのである。(隣の弟がキャッチ)
なんでやねん!自分の出したサミーソーサModelのグローブの前に弟の両手がしっかりと入っていたのである。
悔しい!悔しすぎる!わずか数秒間にいろんな事を考えた。頼む!もう1球・・・・だけ!

すると、私が取れなかったのを見ていてくれたのだろうか、確かに私に投げてくれたのだ!
その3球目、私に向けて加減して投げてくれたボール、やった〜生きてて良かった。
すると、どこぞのおっさんがJUMP! ボールは方向を変えてしまった。何と言うことだ。
3球だけかサインボールは!と思った瞬間、何ともう1球あったのだ!やはり見ていてくれたのだろう。
よし、今度こそこの手で掴んでやるぜ!

最後の4球目、私の方へ一直線だ。『来た!来た!』私が叫んで飛んだ!飛んで崩れ落ちた。
しかし、結果は他の観客のJUMP攻撃により、あえなく撃沈されてしまった。
(よく見ると、足の爪が割れて出血している、脛も痛い。切れて血が出ているではないか)

結果はどうであれ、嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。
何せ、4球の内、3球は私に投げてくれたのだ。(そう、信じている)それが、たまらなく嬉しかった。


負傷してまで欲しかったサインボール。
私が可哀想に見えたのか、隣の弟が『兄貴に譲る』と言ってくれたのだ。

何という奇蹟、何という幸運、何という兄弟愛。サインボールが手に入った。

試合が始まる・・・。

このサインボールが手に入った記念すべき日に清原選手が
第10号HRを打ってくれた。
これを私は、奇蹟だと思っている。


最後に(義母様のこと)・・・
この度は、御愁傷様です。
心より、御冥福をお祈り致します。
亜希夫人の御心中、お察し申し上げます。

元気なお子さんの誕生を心より、お待ち申し上げております。




2002年7月22日
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