| ■ 友 |
PL学園のSuper Star "KKコンビ"清原と桑田の1985年ドラフト騒動。
巨人入りを熱望していた清原に代わって巨人が1位指名したのは、桑田だった。
私は、野球関係者でもないので本当は裏で何があったのかは知らない。 しかし、当時18歳の純真な清原がどれほど傷ついたかは想像を絶する。
それから2年後の1987年10月の日本シリーズ
『巨人(桑田) VS 西武(清原)』
第5戦目で優勝(西武)が決まりかけると2年前の辛さを思い出し、 最後の守りにつきながら涙を流した清原を今も忘れることが出来ない。
1994年の日本シリーズ第5戦での事。 巨人の先発は、桑田。 立ち上がりこそボールがばらついていたが、徐々に調子を上げ 特にストレートが最高に良かったと記憶している。 力で西武を押さえ込んでいた。 その桑田から6回裏センターオーバーの1発を清原が放った。
試合は、巨人が9対3で勝利したのだが、清原と桑田のドラマがあった。
8回裏、再び清原と桑田が見(まみ)える。 普通なら既に1発打たれている清原に対して変化球から入ると思うのだが桑田は、 依怙地なまでのストレート勝負。 カウント2−1からの4球目、更にストレート勝負。
しかし、清原のバットが爆発。6回よりも豪快な1発だった。
試合後、清原に2発打たれたことについて桑田は、
「今日は、キヨを褒めてやって下さい。」 「申し訳ないけど、今日は2人だけで楽しませてもらいました。」
何とも痛快な話である。 桑田は、1番すごいバッターは清原であると言い、清原は、1番すごいピッチャーは桑田だと思う。 そして、日本中が注目する大舞台で全力を出し切って勝負し、称え合う桑田と清原。
いろいろあったかも知れないが、やはりお互いを理解している友なのだろう。
1997年その2人が巨人軍の同じユニフォームを着ることになる。 何ともドラマチックな出来事である。 その清原・桑田の2人に心から拍手を送りたい。
私の中学時代の恩師が卒業時に言った3つの言葉(その1) 結果ではない。その過程が大切である。
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| music = 長渕 剛 『 乾杯 』 |
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