◆問題は『田村級』
明らかに問題は田村級だった。問題の要点は次のようにいうことができよう。
@田村級のレヴェルでは使える言語のシステムは基本的に『肯定』と『否定』しかない。
Aこれらはすでに過去の見解とその否定で使ってしまった。
B田村級の性格はやや独善的である。
では彼はどのような解決を試みたのか。ここに《アナリーゼ音楽史》の基本的な構想があるといってよい。
第1章ではモノフォニーがまず翻弄されていくことになる。それはモノフォニーが「稚拙な」音楽であることと、「獲得された」音楽であることの対比で表される。そこへ謎の図が提示される。いったいこの図は何を言いたいのか。そしてこの図はこの章全体のおよそ3分の2の地点に設定されている。
「設定されている」−まさにそういいたくなるほどの巧みさであり、自然さである。それだけではない。第2章ではやはり2つの論の対比、しかしそこで突然の比喩が使われる。
〜あたかも大地に漂うお香のように〜
要するに、田村級の言葉はほとんど意味が不明確な領域を彷徨っているのである。《アナリーゼ音楽史》に臨んだ田村級の構想は明らかである。『肯定』と『否定』という2つの世界に対して第3の領域を彼は発見したのだ。
第3の領域とは肯定か否定かわからない世界、あるいはいつもどちらかを彷徨っている世界である。こうして流動してやまない論旨の変化は、それが不安定であるがゆえに、不快な表現になる。田村級が開拓したこの表現領域はそこからアロマ派の荒涼とした表現世界へ直接繋がるものであった。そして、その扉を押し開いたのが、ほかでもない《アナリーゼ音楽史》の著者、田村級だったのである。
−きっとすごい人なのね、田村級って。− |