| 小田急線向ヶ丘遊園駅から徒歩5分程度。駅から府中街道 を横切り、民家園に向かう坂道を登っていくと、その道路 脇にひょっこり見えてくるお稲荷さんです。規模も小さく 立派な造作があるわけでもないのですが、調べてみるとけ っこう由緒のある稲荷であることがわかりました。この周 辺の土地自体にも、とても古い歴史がありました。 |
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| ・ | 向ヶ丘遊園駅から古民家園に 向かう坂道を登っていくと、 左手にひょっこり現れるのが この小さな稲荷です。大きな ご神木と石の鳥居、それに真 っ赤に塗られたお社は、確か に稲荷セットではありますが なんともパラっとした感じで 神社独特の、しんとした雰囲 気はあまりありません。 隣にある建物は、この地区の 集会所のようです。 |
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| 鳥居から正面を見ても、ご覧 のように、集会所がお社への 参道を邪魔しているようにも 見えます。今までに、あまり 見たことのない状況です。 |
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| 集会所には「飯室会館」とあ りますから、このあたりの地 区名は「飯室」と言うのでし ょう。実際、この近くには標 高80mの「飯室山」という 小高い山があります。現在は ここの住所は「生田」となっ ていますが、古くはきっと飯 室という地区名だったのでし ょう。 |
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| 鳥居の陰にあった石碑を見る と明治36年という年号が見 えます。しかし、調べてみる と、この稲荷はもともと伏見 稲荷から江戸、今の六本木あ たりに勧請されていたものを 1740年にここに遷したも ので、当時は江戸からの参拝 客も多かったそうです。この 情報はこちらのサイトを参考 にしました。 |
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| お社は、このとおりとてもビ ビッドな赤。それも全面が。 昔からこうだったのかはわか りませんが、少し赤すぎるよ うに思うのはぼくだけでしょ うか。土台のコンクリートは 真新しいものです。ごく最近 整備したようです。 |
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| 境内には石狐は見当たりませ んでしたので、いつものよう に、お社の中をフラッシュ撮 影してみました。すると、そ こはまさに稲荷ワールドでし た。 |
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| 左右に白狐の眷属を配し、中 央には意味ありげな掛け軸が 掛けられています。供え物や 榊の様子から、きちんと祀ら れているのがわかります。 |
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| 奥にはちびっ子狐もたくさん います。この暗い社の中でい つもどんな話をしているので しょう? |
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| これが右側の白狐。耳がぴん と立って、細い不思議な目で こちらを見ています。口には 稲穂を咥えています。 足元には子狐でしょうか、小 さな狐が跳躍しています。こ ちらも稲穂を咥えています。 土台には緑色が彩色されてい て、これは豊穣な畑をイメー ジさせているのでしょうか。 |
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| 左手の狐は鍵を咥えています こちらの足元にも小さな狐が いますが、こちらは座って上 を見上げています。でも、白 くて、しなやかで、素敵な狐 さんですね。 |
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| 狐の手前にはんな木箱があり ました。そして、その蓋には 「正一位稲荷大神璽」と書い てあります。「神璽」(しん じ)というのは、京都伏見稲 荷から勧請される時に授けら れるもので、暖簾分けの印の ようなものです。中には四角 か八角の木の柱が入っている らしいです。ちょっと見てみ たいですね。 |
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| 天井から吊るされた堤燈には 「長森稲荷大明神」とあり、 これがこの稲荷の名称を表す 唯一の表示でした。 |
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| 【生田緑地】 | ||
| さて、この地はとても古くか ら人が住んでいた土地という ことですが、長森稲荷のある 場所からすぐ近くには、この ような緑地(生田緑地)があ ります。ついでなので、入っ てみることにしました。 |
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| 入り口からこのような坂道が 延々と続いています。すぐ側 を車や電車が通っていること を忘れてしまうような風景が 広がります。 |
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| けっこう息を切らして上り切 ると、ようやく到着するのが 「飯室山山頂」。山頂といっ ても飯室山の標高は80m。 それでも、この眺望はなかな かのものです。 |
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| 飯室山の頂上はちょっとした 公園程度の広場になっていて こんな看板が立っています。 ここからさらに歩くと、枡形 山に至り、その先には日本民 家園などもあります。 |
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| この飯室は古くから人が住ん でおり、このような横穴式の 古墳がいくつも見られます。 これは「長者穴横穴古墳群」 と呼ばれ、7、8世紀頃のも のだそうです。 |