読書録/2002年11月

11月2日 "HYMNS OF GURU NANAK" tr. by Khushwant Singh,Sangam Books 1969

 世界第五位の信者数をもつ大宗教でありながら、日本にはほとんどまともに紹 介されていないシーク教。その教祖ナナクの宗教讃歌を集めた歌集。主として 『グル・グランタ・サヒブ』から採られたものだが、それ以外のナナクに帰せ られるゴラクナートの対話篇なども末尾に収録されている。
 ナナクの詩は、カビールやダドゥと味わいが近いが、独特の個性のようなもの が感じられ、単なる神やグルの讃歌ではない、屈曲ぶりが随所に感じられ、詩 的なみずみずしさにも溢れている。読んでいて引き込まれる力強さが英訳書か らも伝わってくる。言葉(ナーム)が聖音として恭しく奉られている。

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11月5日 加賀美雅之『双月城の惨劇』(光文社カッパノベルス)

 今年の四月にカッパノベルスから刊行された、新人本格作家の力作にして評判 作。元はディクスン・カーのバンコランものの贋作として書かれたものだそう で、雰囲気・道具立てなど、カーの初期作品の世界を見事に再現している。 ドイツの古城が舞台で、美しい双子の姉妹が登場し、密室・首なし死体が登場 する、カーや二階堂黎人作品世界を彷彿とさせる。密室のトリック、第一の事 件のものはかなり素晴らしい。
 作者のあとがきに「自分の読みたいものが見当たらないから書いた」というの は、マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』を思い出させてく れた。

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11月7日 "SIVA SUTRAS:The Yoga of Supreme Identity"by JAIDEVA SINGH, MOTILIAL BANARSIDASS 1979

 カシミール地方シヴァ派の重要な経典『シヴァ・スートラ』。この著書の序文 によると、著者の師ゴピンナト・カヴィラジャは、英訳版とヒンディー語訳版 の『シヴァ・スートラ』があまりにひどい訳文なのを嘆き、著者にちゃんとし た訳文での英訳刊行を要請したという。元の著者は不明だが、九世紀頃に、カシミール地方で、岩に刻まれた経典として発見されたものだという。現在まで に四種類のコメンタリーが書かれていて、このジャイデヴァ・シンの訳書は、 『シヴァ・スートラ』本文に加えて、四種類のコメンタリーの中で最も優れて いるとされるクセマラージャの注釈を全訳し、さらに著者による用語解説と、 他の三種のコメンタリーも簡単に紹介し、なおかつ、他のヨガ経典やタントラ 派の経典との対応にも触れている。
 全体で三部から成り、一節一節はきわめて短く二語から数語から成る。サンス クリット語は多義的なので、解釈し始めると、諸説乱立で、どんどん長くなっ ていく。
 ヨーガ関係の本はいくつか読んだが、この経典はその中でも特に優れていると 思った。オリジナルのパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』に次ぐ重要さを もっていると思われ、日本に未紹介なのが惜しまれる。

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11月10日  "THE ASCENT OF SELF" by B.N.PARIMOO ,MOTILIAL BANARSIDASS 1978

こないだ読んだ『シヴァ・スートラ』と同じ出版社から同じ叢書で出てい る。カシミール派のヨーガ行者としてのラーラ・ヴァキャニの研究書。以前に グリアソン教授の訳本と、コールマン・バークスのものと、ラーラの英訳詩集 を二冊読んだ。この本は、それらと比べても最も充実した、英訳+解説から成 る。著者がカシミール語に通じたヨーギなだけに、グリアソン教授が読み違え ていた解釈を多々指摘して、グリアソン本で読んだときには釈然としなかった 訳詩の多くが、こちらで読むとよりわかりやすくなる。
ラーラの詩は、グリアソンが収集したものに加えて他の伝承のものを加え て、102 篇収録しており、さらに伝記的事実もかなり収集してある。この本で 初めて、ラーラの伝記がかなりわかるようになった。ラーラが裸で森をさま よったという伝説は存在しているが、この著者はその伝承は象徴的な意味合い に解するべきで、現実的な意味ではないだろうと推測している。102 の詩篇 は、著者の推測もまじえてだろうが、ラーラがおよそ書いた順だろうと思われ るように並び変えられ、修行時代のラーラがよんだ歌、ヨーガの修行に関して ラーラがよんだ歌、師( グル) のことを読んだ歌、等々テーマ別に分類整理さ れている。

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11月11日 ジョン・フックス『グルジェフから40年──ワーク実践のためのガイド』(アトリエHB)

 グルジェフ・ファウンデーションで長く学んだ著者が、ワーク実践のために 書いた本の訳書。薄いけれどもなかなか手応えがある。意識的に生きるこめ、 摩擦が必要であること、注意力を育むことなど、実践的な手引きを示してくれ る。推薦文の浅井雅志氏の文章には「高踏的『知』に走りがちな日本のグル ジェフ運動には一服の清涼剤」とある。私はというと、高踏的『知』に走れる ほどの人材が日本にいればよいのにとは思うのだが、実情はそこまで届いてい ないので、この推薦文は少々違うように思った。

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11月12日  "FOR LOVE OF THE DARK ONE:SONGS OF MIRABAI" tr.by Andrew Schelling,Hohm 1993

インドの女性の神秘家としては最も有名なミーラバイ(1498−1547) の英訳 詩集。前に読んだ"SONGS OF MEERA"よりこちらの方が訳文がしっかりしてい て、詩としての味わいもベター。ミーラが讃歌を捧げる相手( クリシュナ) が、もっぱら"THE DARK ONE"と訳されている。クリシュナの別称の一つなのだ ろう。この詩集を読んで、ミーラの伝記的事実に符合するのか定かではない が、元はラージプートの王女だったミーラが、家を捨てて路上で踊り始めたと きに、王族の家族がこぞって反対し、兄弟からは毒を盛られたという歌があっ た。それはクリシュナの恩寵によって命は助かったそうなのだが。69頁にある 歌は、路上で踊っている踊り子仲間から、ミーラは、「高い金をとっている」 と難詰されたととれるようなのだが、さて。

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11月30日 芦辺拓『明智小五郎対金田一耕助』(原書房)

『真説ルパン対ホームズ』につづく芦辺拓のパスティーシュ集第二弾。近い時 期に同じ出版社から刊行された二階堂黎人『増加博士と目減卿』にも同趣向の 名探偵の対決があるのも共時性と言えそう。
作中、「そしてオリエント急行から誰もいなくなった」は、クリスティの有名 作に関して、卓抜な新推理が披露されて興味深い。子どもの頃に胸を高ならせ て読んだ名探偵の物語のふるさとを思い出させてくれるノスタルジックな物語 集であると同時に、本格謎解きの趣向と王道はきっちり盛り込まれている。

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