スティーヴン・キング著 『IT』(上・下)小尾芙佐訳・文芸春秋

 キングの最高傑作と呼び声の高い長編小説「IT」の邦訳が昨秋ようやく刊
行された。原著の刊行は1986年だが、その翌年の1987年には文芸春秋
社から近刊予告が出されていた(集英社文庫「シャイニング」のあとがき参照
)。したがって随分早い時期から邦訳の予告だけは出されていたことになるが
、刊行には随分と待たされたことになる。昨年の刊行時にも出版が予告より何
度も遅れ、結局映画公開に遅れを取ってしまうということもあった。それだけ
翻訳に手間取ったということなのだろうが、本書の分量を見てみればうなずけ
ないことではない。今までのキングの翻訳書にはない二段組みの作りで上下巻
合わせて千百ページ以上の分量。もちろん、キングの邦訳書としては最長であ
り、ゆうに日本の小説家の長編三つ四つ分の長さがある。これだけの長さでは
翻訳が手間取るのも無理がない気もする。時間がかかっても、翻訳がよくなる
方がいいのは言うまでもない。この本の翻訳文を読んだ限りでは、日本語は自
然で、割に良質の訳だと感じたが、原文と対照してみると、若干訳文に疑問を
感じた。例えば、冒頭の箇所は「言葉に尽くせぬこの恐怖、あれから二十八年
つきまとっているこの恐怖の−−終熄の時があるにしてもだ−−そもそもの発
端は、私の知るかぎり、大雨で増水した道路の側溝を流れていった新聞紙の小
舟だった」と訳されているが、ここで「終熄の時があるにしてもだ」と訳され
ている箇所の原文(註)は、"if it ever did end"であり、原文の表現に含意
されている「はたしてITの恐怖は本当に終わったのだろうか?」という書き
手の怯える思いが右の日本語では伝わってこない。ここはむしろ「あれから二
十八年間終わることのなかった恐怖−−その恐怖が本当に終わったとすればの
話だが−−」ぐらいにした方がよかったのではあるまいか。
 訳のことはおくとして、ともかくもキングのこの大作は分量に見合うだけ内
容も豊かで、本の帯にある「豊穰としかいいようのない傑作」という言葉どお
りの作品であると言える。本書の分量は長大だが、作品中の時間のスパンで見
ると、非常に短時間のことであるのに驚かされる。上巻の十一章で主人公たち
が再会してから、下巻の最後のITとの最終対決まで数百頁が費やされている
が、時間的にはたった一昼夜の出来事なのだ。それだけ細部までおそろしいく
らい書き込んだ小説でありながら、緊張感を持続させて話を展開させている力
量はさすがと言うしかない。1958年のITとの対決と1985年の対決が
交差して描かれている構成様式も斬新で、文章の途中で27年前に移行すると
いう持っていき方には驚かされた。ただラストの対決部分までその二段構成を
引っ張ったことには若干の疑問を感じた。ラスト近くでは、むしろ1958年
の対決の描写を先に完結させて、それから1985年の対決に持っていった方
が構成的にはよかったのではないか。
 しかしそういう構成上の細かい疑問はおいても、本書には有無を言わせぬ迫
力がある。ただこの本を読んだ読者は、「はたしてこれはホラー小説だろうか
?」という疑問を感じるのではなかろうか。それほどラストの読後感がさわや
かで、ほとんど青春小説のような味わいなのだ。もちろんITの出現場面は怖
いし、ホラーの要素はふんだんにある。しかしそれ以上に青春の愛と勇気の讃
歌という要素があまりに強いので、全体としてはどうもホラーという感じが薄
いのだ。だがそのことは、キングのこれまでの作品を追ってきた読者にとって
はさして不思議なことではないかもしれない。キングの作家としての資質には
、本質的に青春小説向きなところがある。キングの小説では、親から心理的に
脱却し一人立ちしようとする少年の苦闘というテーマが何度となく扱われてい
る。デビュー作の「キャリー」にしてからが、狂信的クリスチャンの親から脱
そうとする少女キャリーの苦闘の物語である。そしてこの主題に正面から挑ん
だ総決算的作品が、この「IT」だと言えるだろう。
 「IT」に出てくる主人公の七人の少年少女は、いずれも内面にコンプレッ
クスを抱え込んでいる。彼らは彼らなりの仕方で皆このコンプレックスと戦い
、大人になろうとするのである。そのコンプレックスの主因は大概、彼らの親
にある(もちろん黒人やユダヤ人のコンプレックスは少し違うかもしれないが
)。彼らの戦うITは、子どもを抑圧し成長を阻む大人たちの歪んだ心を象徴
しているととらえることも可能だろう。父親に虐待される少女ベヴァリーは、
父親の心にITを見出すのである。そしてITとの壮絶な戦いの末、彼らはI
Tに勝ってコンフレックスを克服するのである。七人のうちの二人−−スタン
・ユリスとエディ・カスプブラク−−は死亡するが、彼らが他の五人と違って
生き残れなかったのは、ある意味でこの二人だけがコンプレックスを克服でき
なかったせいだと言えるのではないか。
 しかしそれにしても、この小説で一番怖いところがラストの忘却の場面だっ
たのは、私だけだろうか?ベンとベヴァリーは、自分たちのなれそめまで忘れ
てしまってるのかしらねえ。

(註)ところでこの箇所の原文は、次の
とおりである。
  The terror,which would not end for
 another twenty-eight years--if it e
ver did end--began,so far as I know 
or can tell,with a boat made from a 
sheet of newspaper floating down a g
utter swollen wiyh rain.

                        (「ほん」からの再録)
                         小森  健太朗   
 

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