『伝染るんです 2』(小学館)
吉田戦車著
漫画の世界で昨年度『ちびまるこちゃん』と並んでヒット作として話題を呼
んだ吉田戦車の四コマの第二集である。吉田戦車のこの作品は、最近はやりの
ナンセンス不条理マンガの代表格のように言われたり、ファジー漫画と命名さ
れたりしているが、私は、こういった評価はいずれも不適切だと考える。吉田
戦車の描く笑いは、確かにこれまでの起承転結の構成を持つ四コマ漫画の笑い
とは異なっているが、効果を狙う作者の緊密に張り巡らされた意識と計算に基
づくものであって、無意味さ・ナンセンス・わけのわからなさから生じる笑い
ではない。その意味で彼の漫画はファジーではないし、ナンセンスでも不条理
でもないと言えると思う。以下、この本のもたらす笑いを、ここで自分なりに
簡単に分析してみようと思う。
『伝染るんです』にしばしば見受けられる特徴の一つとして、日常の言語規
則の侵犯ということがある。例えば、「取り返しのつかないことをしてしまっ
た」という文と「これから取り返しのつかないことをしよう」という二つの文
章があった場合、どちらも文法的に誤りのない文章であるが、常識的に見て後
者の文章はおかしいと判断される。我々の常識的判断では、取り返しのつかな
いことというのは、後から振り返って後悔する時にそう言うのであって、これ
から未来にそういうことをしよう、というのは馴染まないからである。『伝染
るんです』においては、このような言語の使用が随所に見られる。2巻に出て
くる兄妹の宇宙人は、「どうですか、地球は?」と聞かれて「さむい」と答え
る。彼らは、実はさむいとは感じていないのだが、「さむくない」とその通り
を述べることは地球(人)に対して失礼だと思っている。それで兄はしきりに
「さむい、さむい」と言って回り、妹はそんな嘘を言わねばならない兄を見て
涙ぐむわけである。この話も、我々の日常の言語規則では、普通連結していな
い「さむくない」という判断と「誰かにとって失礼である」ということが彼ら
宇宙人において連結しているところが面白いわけである。
『伝染るんです』に見られるいま一つの顕著な特徴として登場人物(動物)
の神経症的性格ということがある。R.D.レインが"DO YOU LOVE ME?"
等の著作で記述している精神病者は、次のようなパターンがよく見受けられる
。愛されたいと心から願っていて、恋人の愛を心底求めているのに、その一方
で内心自分は絶対愛されないという確信を抱いていて、絶えず不安、恐怖、葛
藤に苛まれるという心理状況である。そのような人は、恋人が「君を愛してい
るよ」と言っても、「嘘をついている」と思って絶対に相手の言葉を信じない
。逆に「君を愛していない」と言われれば、「やっぱり」ということになる。
このような性格を神経症的と呼ぶとすれば、『伝染るんです』の登場人物は多
く神経症的性格を有している。そしてそれが、神経症的性格を多く持ち合わせ
る現代人の心情とマッチしてか、『伝染るんです』の登場人物を親しみと共感
の持てるものにしている。斎藤さんも、その例の一つで、彼は、浪人生であり
、ひけめと劣等感を持っていることから、大家にどんな対応をされても、自分
が見下されたと思って泣いて飛び出してしまう。
最大の人気キャラクター、カワウソもこれと同種の性格を有している。カワ
ウソがおかしいのは、彼が神経症的に反応しているのが、自分がハワイに行っ
たことがないという事実である。彼はそのことをひけめに感じていて、ハワイ
に行ったことがあるかっぱ君に何を言われても、ハワイのことと結び付けて落
ち込んでしまう。レインの患者のように、自分が愛される/愛されないという
問題に神経症的に反応するのは、誰にでもわかりやすい。斎藤さんのように、
浪人の受験生の問題もまた理解しやすい。しかし、ハワイに行ったことがある
/ハワイに行ったことがないという問題が神経症的反応をもたらすということ
は、日常的常識では考えられない。ここに、先に挙げた第一の特徴である日常
の言語規則の侵犯という特徴が見出されると言うことができる。したがってカ
ワウソにおいては、第一の特徴と、第二の特徴である登場人物の神経症的性格
という特徴が結合した形で現れていると言ってよい。まさに、カワウソが『伝
染るんです』の看板キャラクターになった所以がここにあると言えるのではな
かろうか。
『伝染るんです』におけるこうした特徴の鋭い描写は、一見すると他に例が
なく、全く斬新で、前衛的であるように思われる。しかし文学的に前例がない
かと言えばそうでもない。部分的には、太宰治の『人間失格』と類似している
ところがあるが、それより遙かにぴったりの文学作品がある。ドストエフスキ
ーの『地下室の手記』が、それである。『地下室の手記』の主人公と『伝染る
んです』の登場人物の性格は、驚くほど類似している。『地下室の手記』の主
人公は、まさに上で述べた特徴を兼ね備えた人物である。彼は歯が痛い/痛く
ないというどうでもいいことを他人に誇示しなければ気が済まない人物である
。皆さんも、長い冬の夜にこたつにでも入って、この二つの本を読み比べてみ
るのも一興かと思いますが如何。
(「ほん」からの再録)
小森 健太朗
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