読書録/2000年1月

1月2日 恩田陸『象と耳鳴り』(祥伝社)

東京創元社から刊行予定の『本格ミステリ・ベスト10』の2000年版で、何をベスト5 にあげようか迷った。自分も参加しているのをあげるのは反則っぽいとは思いつつも、 一位は『堕天使殺人事件』(角川書店)にしてしまった。恩田陸さんの『象と耳鳴り』を 二位にしてしまいました。恩田陸は、本格派寄りの作品を書くときは、都筑道夫/倉知 淳/西澤保彦ラインにのった作風になるようですね。かなり『退職刑事』に近い味わい。 北村薫らの「日常の謎」派とも近い作風なのだけれど、恩田は、かなり殺人を頻出させているところが、ちょっと違う。ほのぼの、ハートウォーミングストーリーかと思いき や、本書の流血量はかなりなものです。

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1月3日 吉村達也『算数・国語・理科・殺人』(祥伝社文庫)

 吉村達也の生み出した数あるシリーズキャラクターの中では、私は軽井沢純子がけっこう好き。『ニュートンの密室』『ピタゴラスの時刻表』『アインシュタインの不在証明』は出てすぐ読んでいたのだが、登場第一作を遅れて一読。少々内容にふれるが、「曜」という字をどう書くかは、本当に世代差があるようだ。でも、それと犯人像の割り出しがいま一つ密接に結びついてないような……。挿入される「ウサギとカメ」の謎めいた文章も、どう事件とかかわるのかと思ったら、そんなに有機的にかかわっていたわけでもないようだったし。犯人の仕組んだ計画はまわりくどすぎて、成功の見込みなんてほとんどなさそうな気がする……。ミステリとしては薄味なのだが、読ませる腕前は大したものであると思った。

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1月11日 池宮彰一郎『島津奔る』(上下)(新潮社)

 戦争を主題とする歴史小説や時代・伝奇小説では、勝った側よりも負けた側の方がドラマになりやすい。主役は有能で賢明な将だが、上司となる総大将はいま一つ有能でないという布陣が典型的で、人物配置的には適している。勝った側よりも負けた側で奮戦した方がドラマとしては面白くしやすい。南北朝の戦乱のときの楠木正成や、大阪の陣のときの真田幸村が主役に適しているのは、そういう事情があるだろう。三国志が、他の中国の歴史ものから抜きんでて人気があるのは、曹操でなく、彼に勝てなかった劉備を中心に据えたのが成功の秘訣ではなかろうか。

 本書は、関が原の戦のときの、島津義弘ら島津勢の動向を主眼とした時代小説であるが、やはり上述のドラマ作りを踏襲していて、義弘は有能かつ勇猛な武将で、総大将の石田光成のいくさ下手に歯がみするという図式の物語である。関が原の戦いでの東軍の勝利は、圧勝だったのか辛勝だったのか、書き手によって全然印象が違ってくるけれども、島津・毛利・長曽我部らの軍を使いこなせていれば、西軍が勝ったのではないかと思わせる書きぶりであった。

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1月22日  マルティン・ブーバー『ハシディズム』平石善司訳・みすず書房

知名度は低いが、18世紀に東ヨーロッパで勃興したハシディズム運動は、ユダヤ教の霊性復興運動として、注目すべき思潮である。その開祖にあたるバール・シェムは、ブーバーにとっては心の師にあたる人らしく、未訳だが、『バール・シェム伝』という伝記も書いている。本書も、バール・シェムを中心とするハシディズムを考察した一冊 である。第一章では、同時代のもうひとつのユダヤ教改革運動、サバタイ主義とハシデ ィズムを比較検討。
  ブーバーによれば、ユダヤ教において、救世主を待望するというのは、未来のいつかの降臨を待つのではなく、超時間的なものだそうである。それゆえ、イエスを救世主とするキリスト教は、時間に限定されるメシア信仰という意味で、本来的でないとするらしい。最後の章では、禅宗とハシディズムを比較考察している。酷似している面があるとする一方で、汝なる神との出会いがない禅を一段下に置いている。そのあたり、たとえば、仏教でも、阿弥陀信仰の浄土宗などは、「汝」なる阿弥陀との出会いに本願をおくという意味で、ハシディズムに近いのではないかという気もしたが、ブーバーはこの あたり、どう考えているのだろう。 訳者はちゃんと禅の出典なども調べてくれていて好感がもてる。

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1月24日

MONIKA THIEL-HORSTMANN "CROSSING THE OCEAN OF EXISTENCE",1983,OTTO HARRASSOWITZ

フランスの哲学者ガストン・バシュラールは、詩人を火・水・風・大地の四元素の どれが支配的かという観点で、四分類している。秀逸な分類で、本書で扱われたイン ド中世の詩人ダドゥは、その分類では「水」の詩人である。詩文は、特に言葉を慎重 に選ばないと、なかなか訳せないが、収録されたダドゥの詩は、最初はこうである。

岸は遠く見えず ラーマ以外に救い主がいようか?
あなた以外に救い主はいません
この世俗の現存はたえがたく 泳ぐことに疲れはて
ああケサバよ 岸はどこにも見えず

以下、延々と続く詩文は、かなり英訳文としては堅苦しいものがあるが、原詩のみずみずしい美しさがそこはかとなく感じられる。 ダドゥは17世紀のインドの詩人で、アクバル大帝の宮廷にも入ったことがあるそうで ある。

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1月25日

"LALLA-VAKYANI,OR THE WISE SAYINGS OF LAL DED" by SIR GEORGE GRIERSON, ROYAL ASIATIC SOCIETY,1920

インドでは代々多くの聖者があがめられてきたが、所有物を一切もたない「無執着」の教えを実践するとして、服さえ着ないという聖者が多くいた。ジャイナ教の開祖、マハヴィーラも裸で過ごしたという。この実践は、女性には許されないらしいが、例外 として14世紀に、カシミールにいた女聖者ラーラは、家を捨てて後は、裸で無所有で暮 らしたという。

  そのラーラの歌ったとされる百余の詩篇を集めて英訳したのが本書。原詩には異本もあり、古典語の解釈が多義的なこともあって、多くの詩について、二通りの訳がのっていたりして、各詩につけられた解説も懇切丁寧にして的確で、研究書としては実に良心的である。序文としてラーラの小伝記もあり。原語は、リズミカルな韻文で、ラーラの歌は今でもカシミールの人たちには愛唱されているという。 試しにちょっとだけラーラの歌を訳してみよう。↓

50番

三度、湖が溢れ出すのを見た。
一度、天空以外なにもなくなるのを見た。
一度、ハラムクからカウサーに橋がかかるのを見た。
七度、全世界が空虚になったのを見たのを思い出す。

(註、ハラムクはカシミールの北のはての地名、カウサーは南のはて)

54番

同じ女が、母として赤ん坊に乳を与える
同じ女が、妻としてそれらしくふるまう
同じ女が、ぺてん師としてあなたの命を奪う
本当にシヴァ神を見いだすのは難しい。この教えに瞑想するがよい。

68番

わが魂のジャスミンの園の扉をラーラがとおりぬけると
なんという喜び。シヴァ神がシャクティ女神とともに座していた。
その神酒の海へと没入し この上なにを願おうか。
それ以来ラーラは生きていながら死せる身となった。

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1月26日 DEBEN BHATTACHARYA"LOVE SONGS OF CHANDIDAS" GEORGE ALLEN & UNWIN .LTD

14世紀後半から15世紀にかけて、今のバングラデシュに近いベンガル地方の、 「気違い詩人(BAUL)」と呼ばれた吟遊詩人の中でも、特に抜きんでた詩人とされるチャンディダスの詩集を英訳したもの。伝承されていく歌や詩には、当人の意味を離れて、後から宗教的・道徳的な意味を付け加えられて変形されてしまうことも多い。中国の「詩経」なども、孔子の解釈が聖典化される以前のもとの詩は、おおらかな愛の詩だったのに原意の歪曲が孔子のときに行なわれたという話を、大学の教養学部時代に聞いた憶えがある。こないだ紹介したラーラの歌は若干その傾向がなくはなかったが、チャンディダスは宗教的には全然尊敬されていない詩人のようなので、そういう歪曲は見当たらなかったように思う。とは言え愛唱されて長く受け継がれている歌のようである。 クリシュナやラーダといった、インドの神々はたくさん出てくるのだが、基本的には男女の愛をうたったものが主である。男性として女性をもとめる歌と、女性として男性に求愛する歌の両方があったようだが、チャンディダスは男性のはずである。

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1月27日

"SONGS OF MEERA;LYLICS IN ECSTASY" tr.by BALDOON DHINGRA,ORIENT PAPERBACK,1977

15世紀のインドの叙情女性詩人ミーラは、たぶんインドの詩文史上ではもっとも有名な 女性の一人。アクバル大帝の治世下の人だから、先に取り上げたダドゥとも同時代人で この時期は、ある種の文学黄金時代であろう。ミーラはCHITTORという小国の王女として 生まれた高貴な家柄の出で、やはり高貴な身分の男性と結婚したそうだが、家を捨てて 路上で神を讃える歌を歌う狂詩人になったと、序文の小伝には書いてある。 神というと、主にクリシュナ神なのだが、かなり性的なイメージが強く、愛する男性 に身も心も捧げているという感じの歌が主である。

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1月28日

"GORAKHNATH AND THE KANPHATA YOGIS" by G.W.BRIGGS,CALCATTA,1938

13世紀頃インドの修行者ゴラクナートは、ヒンドゥー教内部で宗教改革運動を興した。後にカンパタ派として一派をなすにいたる、 ゴラクナートとその後継者たちの教説と 伝承を研究した一冊。 ゴラクナートが残したとされる文献はごく僅かで、本書で全訳されている"GORAKSA SATANA"だけでほぼつきてしまう。 原典はサンスクリット語だが、空気(air)にあたるサンスクリット語はなんと九種類もあり、体の内部の気をそれぞれに使い分けているようである。あくびするときの空気、消化吸収するときの空気、まばたきするときの空気、等々と英語では注釈つきで訳して ある。

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1月29日

"PRACYAVANI /CONTRIBUTIONS OF MUSLIMS TO SANSKRIT LEARNING" by J.M.CHAUDHURI

インド・ラホール地方で活躍した、ラヒム・カーンの歌を集めたもの。ラヒムは生没年ははっきりわかっていて、西暦1557年─1630年だそうである。インドといっても彼はイスラム教徒だそうで、詩はヒンディー語とサンスクリット語で書かれている。 ラヒムの歌集とされるものは、大きく九つあるそうだが、本書はそのうち、RAHIM-KAVYAと、KHETA-KAUTUKAの英訳が載っている。後者は占星術作品で、太陽が第一 室にいる人はから始まって、12室まで行き、以下、月、水星、金星、火星、木星、土星 RAHU(?──これも何かの惑星か衛星でしょうか?)までを順に述べていて、詩というより 占星術の託宣の本であった。

前者は、楽しく朗らかな歌で、最初は神をたたえる詩文だが、「月の顔をした美しい少女」が途中から登場し「かわいい娘、どうすればおまえを手に入れられる?」などとうたっている。一読、さわやかな読後感のある陽気な歌でした。

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1月30日

"RUBAIYAT-I-SARMAD" edited and translated by FAZL MAHMUD ASIRI,VISVA-BHARATI, 1950

「ルバイヤート」というと、オマル・ハイヤームの詩集の題名だと思われる向き も多いだろうが、それは単にペルシャ語の四行詩の形式名である。外国人が"HAIKU" を松尾芭蕉の作品名だと思い込むのと似ている。 本書もルバイヤートである。作者はサルマッド(?〜1660年)。序文の伝記を読むと、 ペルシャに生まれ、若い頃はユダヤ教を学ぶが、後にイスラム教徒に転向する。スー フィーに属したらしい。自らうたった詩文によって、民衆の人気をかちえ、時のイン ドを支配したムガール帝国の皇帝シャー・ジャハンの庇護と寵愛も受けたらしい。 女聖者ラーラが裸で過ごしたのを紹介したばかりだが、サルマッドも自宅で裸だ ったと伝記には書いてある。 時の皇帝の後継者争いにやがて巻き込まれ、間接的にはそれが原因でサルマッドは 命を落とすことになる。皇帝の長男、ダラ・シクーと特に密接な関係をも ったサルマッドは、彼を讃える歌もつくるが、次の皇帝になったのは、父を幽閉した アウラングゼーブで、彼はダラをも幽閉し、ダラはやがて処刑されてしまう。 サルマッドは、裸でいるのがイスラムの法に反し、またその歌の内容が、イスラム教 に対して冒涜的であるとして、死刑の判決を受け、ムガール帝国の都、デリーで公開処 刑(斬首)された。一説には、切られた首がなお、歌を歌ったという伝説もつたわる。 たぶんそのとき歌ったのは、本書(サルマッド全詩集)の136番ではないかな(わが裸体 は愛の道の塵にすぎぬ。刀のひとふりで分断されるものなれば……とあるので) 処刑されたインパクトがあったせいか、死後は聖者として崇められ、詩集は恭しく 保存されている。 この英訳は相当の労作で、かなり訳文のできはよい。 少しだけ訳してみよう。

31番

禁欲を避けよ、それはあらゆる悪の温床だ。
葡萄酒を飲もう、修行者よ、それはかくも甘い
酒が法に叶うのは確かだ、まったく禁じられていない
飲んだ効果は「すべてが神」となる。

157番

私と神は、言葉と意味のようなもの
目には分かれて写っても、一心同体
決して互いに切り離せない
花と香りのごとく、ともに歩みゆく

195番

我が庭園と砂漠を愛するは真実なり
杯を満たす者と我を呼ぶは正当なり
彼岸と此岸双方を我が求めるとの謂れ、まことなり
我がその双方を願うは真実なり。

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