読書録/2000年2月
2月1日 カーター・ディクスン『九人と死で十人だ』駒月雅子訳・国書刊行会
かつて別冊宝石で抄訳されたきりだった、カーター・ディクスン、中期の長篇。第二次世界大戦中に、アメリカからイギリスに渡航中の船には九人の乗員・乗客がいた。その中で殺人事件が発生するが、現場には犯人が残したとおぼしき血染めの指紋が残されていた。ところが、全員の指紋を調査しても一人も合致する者がいな
い……。
この謎が提示されたとき、「被害者自身の指紋では?」「密航者の存在は?」「偽造指紋が持ち込まれたのでは?」という解決案をすぐ思い浮かべたが、その可能性はちゃんと塞がれていく。こういう「あらため」の手順は、お手のもので、さすがにうまい。解決法にかかわるトリックは、犯罪の実話に想を得たものらしく、そういう犯罪実話は、ミステリを書くときに役立つのであろうか。
2月2日 "SRI
JAYADEVA'S GITA-GOVINDA"
tr.by GEORGE KEYT,KUTAB POPULAR,1940
サンスクリット語は、インドの古典語だが、仏陀の時代にすでに、学習して身につけたバラモン階級の学者以外に使う者はない言語だったので、有史として確認されている時代でサンスクリット語が生きた言語であった時期の存在は確認されていない。同じ古典語でもそのあたりラテン語とは事情がちがう。サンスクリット語の詩人としては最後の大物ともいわれるジャヤデヴァは12世紀の宮廷詩人。民衆語による試作もあったそうだが、そちらは散逸して今日につたわらない。「ギータ・ゴヴィンダ」(訳せば「神聖な詩」か)は、インド文学史では著名で宗教詩としても尊敬されているが、内容はおおらかな愛の歌。クリシュナ神とラーダ女神が主人公で、クリシュナが自然の美しさを讃え、女性の美しさをたたえ、周りに美しい女性をいっぱい招き寄せてしまう。怒ったラーダは、クリシュナのもとを去り、後悔したクリシュナは、ラーダの後をおい、一番愛しているのはおまえだけだ、戻ってきておくれ、と歌をうたい、ラーダが返歌をする……というのがおおまかな筋立ての長編詩である。
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2月6日 カーリダーサ『シャクンタラー』辻直四郎訳・岩波文庫
インド文学史においては、英文学におけるシェイクスピアのような位置を占める詩聖カーリダーサの代表作。王が仙女シャクンタラーに恋をするが、許されぬ恋だと二人とも煩悶する。幕がかわってシャクンタラーが一人思い悩む場面。女友達がなにをお悩みですかとシャクランタラーに聞きにくる。身ごもった悩みであることが告白される。二人、ちゃんとやることはやっているわけだ(^_^;
辻氏の訳は、歌の箇所は典雅な古文になっているが、あまり読みやすくない。英文で一部引用されていた、本書の赤裸々な愛の描写って、この本で読んでもさっぱり見当たらない。英語の引用で一部読んだのとなぜか全然印象が違う。
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2月11日 京極夏彦『どすこい(仮)』(集英社)
巻末の書き下ろし短編「ウロボロスの基礎代謝」には「有栖川さんや小森さんも呼んだら」というセリフがある。この小森とは私のことだろうから、これで私も、京極ワールドの登場人物の一人である(笑)。
テレビネタのギャグが多いですね、クレクレタコラとか知ってるところでは笑えましたが、知らないネタがいっぱいありました。しかし様式・構成・枠組は綿密に設計されているし、さすがです。
2月11日 孔子『論語』金谷治訳注・岩波文庫
聖人・偉大な思想家となるのはどのような契機によってなのだろうと、孔子のこの言行録を読んでふと考えた。イエス・キリストやソクラテスが強いインパクトを与えたのは、善良そうなのに非業の刑死をとげたからだろうが、孔子はどうなのだろう。始皇帝の時代の「焚書抗儒」の弾圧が、後の世に孔子の名を高からしめたのだろうか。
政務につきたくてうずうずしている孔子の人柄が滲み出ている会話もいくつかある。
たとえば──
巻三雍也第六、八
季康子というおえらいさんが、孔子の弟子に、政務をとらせられる適当な人材がいないか物色にきた。季「仲由はどうですか?」孔子「彼は果断です。ばっちりです」季「賜はどうですか?」孔子「賜は達人です。ばっちりです」季「求はどうですか?」孔子「求は芸人です。ばっちりです」
また、巻三の初めの二つの話。
弟子「公治長を結婚させてよろしいか」孔子「いいよ。獄につながれたことがあったが彼の罪ではなかったからね」
弟子「南容を結婚させてよろしいか」孔子「いいよ。政情によっては投獄されることもあろうが、刑死まではしないだろうから」
(意訳は筆者)
2月12日 井上夢人『オルファクトグラム』(毎日新聞社)
井上夢人のひさびさの長編。サンデー毎日に連載されていたもの。主人公の語り手は連続女性殺人犯に姉を殺される。自身も現場で犯人に後頭部を殴られて昏倒し、生死の境をさまようが、一月後意識を回復したときには、常人の何百万倍もの鋭敏な臭覚が目覚めていた……。その臭覚で犯人を追跡しようとするが……。
臭覚サスペンスとも言うべきもので、緻密な世界構成は名人芸と呼ぶにふさわしい。
臭覚の世界を描出するのは至難の技と思うが、学術的裏打ちと、視覚的比喩を駆使した記述で見事にそれをなしとげている力業。
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2月17日 井上ひさし『十二人の手紙』(中公文庫)
連作短編集で、最後の一編で全体を総括する形式なのは、東京創元社の刊行作品によくあるパターンだけれど、その先駆けでもあり、一編一編が実によくできた好編ぞろいでハイレベルである。役所への届け出文だけで、悲しい女性の一生を浮かび上がらせるものや、手紙の書き方用例集からの抜き書きだけで短編を構成してしまうものまである(夫の浮気相手の女性へ妻が出す手紙、というのまで用例に載っているそうだ)。作品と現実世界のシンクロという趣向の『里妻』は趣向を見抜けたと思ったら、予想を覆すひねりがあって、これを集中のベストに推したい。
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2月20日 斉藤栄『真夜中の意匠』(講談社文庫)
斉藤栄をたくさん読んでいる人がいたので斉藤栄の最高作は?と聞くと、本書をあげてくれたので一読。容疑者が四重のアリバイをもつという趣向で、事件当日のアリバイを主張し、それが崩れると「実は浮気隠しで」「実は会社の不正隠蔽のために」と次々とアリバイをもちだすという趣向は秀逸。ただし、どのアリバイもいま一つ堅牢でないので、我が身を守るためには、数多くの脆弱なアリバイよりも、一つの堅牢なアリバイをもつ方がベターだろうと思ってしまった。
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2月21日 笹沢左保『霧に溶ける』(徳間文庫)
笹沢左保は、デビュー作『招かれざる客』から立て続けに、トリックの濃度のこい力作ミステリを連発している。本書がデビュー第二作で、やはりトリックがふんだんにあり趣向も大胆である。密室トリックもなかなかのすぐれもの。ただ、メインの犯行計画は蓋然性からすると、成功率が低そうで、そこがちょっと弱いかと思った。
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2月22日 ディクスン・カー『死の館の謎』宇野利泰訳・(創元推理文庫)
カー晩年の歴史推理で、未読だったもの。階段上の謎の死は、一応密室ものに分類はされる作品であろうか。歴史ものといっても、20世紀初頭の割合近過去であり、主役のジェフという作家は、半ばカー自身の分身のようだ。ヴェルヌの『カルパチアの城』と共通する趣向がある。話の筋があまり明確でなく、ぼわぼわした読後感であった。
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2月25日 田村隆一『殺人は面白い
僕のミステリ・マップ』(徳間文庫)
クリスティの訳書を多く出し、ハヤカワミステリの編集長を勤めたこともある、田村隆一のミステリ・エッセー集。洒脱な語り口で楽しく読ませる。田村の感化か詩人・西脇順三郎もクリスティを翻訳しているし(『三幕の悲劇』)詩人なだけあって語感はしっかりした名文を書く人である。ミステリ観は割にバランスがとれていて、本格ものもハードボイルドもともに愛好していたようだ。
2月26日 権田萬治・新保博久・監修『日本ミステリー事典』(新潮選書)
同時刊行になった『世界ミステリー事典』ともども、ミステリファンとしては買わなければならない一冊。もとはハードカバーのちゃんとした事典形式で出す予定だったはずなのに、新潮社の事典編集室がリストラでなくなったそうである。そのせいで、準備されていた書誌が大幅に削られたのは残念である。項目の中で一番謎なのは、「私」という項目。これではまるで、ミステリに出てきた「私」とはこれのみを意味するのか?と思えてしまう。柄刀一さんが作家に入ってないのは、ちょっと手落ちかと。
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