読書録/2000年4月

4月7日 "A WOMAN IN GREY"(1898)by MRS.C.N.WILLIAMSON

江戸川乱歩、黒岩涙香の『幽霊塔』の原書にあたる作品で、ながらく入手難で幻の作品とされていたものです。運良くインターネットの古書の中で発見して入手し、一読しました。

ウーマンイングレーの、各章の題名をここに紹介しておきます。(完訳したら700〜800枚くらいの長さになりそうです)
1 THE HOUSE OF FEAR (恐怖の館)
2 A WOMAN IN GREY (灰色の女)
3 WHO SENT THE TELEGRAM? (誰が電報を送ったか?)
4 BEWITCHED (呪縛)
5 THE KEY AND THE CATECHISM(鍵と呪文)
6 FROM THE EVIL ONE AND THE MONK (悪と僧侶より)
7 IN THE DARK (闇の中)
8 WHAT I SAW THROUGH THE WINDOW OVER THE STAIRS(階段の窓越しに見えたもの)
9 A FIGHT WITH DEATH (命賭けの闘争)
10 A NEW COMPLICATION (新たな錯綜)
11 FREE! (解放)
12 A STRANGER WITH THE GRAVE(墓場の不審人物)
13 THE NIGHT AND THE DAWN (夜と夜明け)
14 TAKEN BY SURPRISE (驚愕)
15 THE SECRET OF THE PEARLS (真珠の秘密)
16 WHERE IS PAULA? (ポーラは何処?)
17 A PIECE OF PARCHMENT (羊皮紙の断片)
18 THE DRAGGING OF THE MOAT (濠の探索)
19 THE CORONER'S INQUEST (検屍裁判)
20 THE MYSTERY AT THE SPIDER FARM(蜘蛛園の謎)
21 MR.NOBODY OF NOWHERE (名無しの権兵衛)
22 BEHIND THE BLUE DOOR (青い扉の陰)
23 A LIGHT OUTSIDE THE WINDOW (窓の外の光)
24 WHILE LIFE HUNG ON A WORD (決定的な一語)
25 WHAT HAD HAPPENED AT HOME (叔父宅の事件)
26 WHAT I SAW IN THE CELLAR (蔵の中で)
27 AT TOM GORDON'S CHAMBERS (トム・ゴードンの部屋で)
28 ON THE TRACK OF A MYSTERY (謎の痕)
29 THE MYSTERY OF LORN ABBEY (ローン修道院の謎)
30 THE TRAESURE-CHEST (宝物庫)
31 CAN SHE FORGIVE? (彼女は許せるか?)

主な登場人物の対比表(原書/涙香訳/乱歩版)

TERRENCE DARKMORE/丸部道九郎/北川光雄
SIR WILFRID AMORY/丸部朝雄/児玉丈太郎
Miss CONSUELO HOPE/丸谷秀子/野末秋子
PAULA WYNNE/浦谷浦子/三浦栄子
Mrs.TRAILLE/虎井夫人/肥田夏子
HANNAH HAYNES/輪田阿紺/長田鉄
FLORENCE HAYNES/輪田お夏/和田ぎん子
TOM GORDON/権田時介/黒川太一
GEORGE HAYNES/高輪田長三/長田長三
PAUL LEPEL/ポール・レペル/芦屋暁斎
Mr. MARLAND/森主水/森村刑事

  作者のウィリアムソンは、本名ALICE MURIEL WILLIAMSON(1869-1933)
CHARLES NORRISとの結婚後、筆名をMRS.C.N.WILLIAMSONとする。
  恋愛ロマン、センセーショナルノベルで四十冊ほどの著作があり、当時の人気作家の一人だったが、現在はその著作はすっかりわすれられている。
  本書はウィリアムソンがまだ結婚前に刊行した(再刊時に夫人名義に著者名がかわっている)最初期の作品で、恋愛ロマンスと謎解き興味の融合した傑作である。被害者の顔をつぶして身元を誤認させるトリックは、ディケンズが『バーナビー・ラッジ』で先鞭をつけたが、本書は首斬り死体の身元誤認トリックものとしては、元祖作品となるかもしれない。

 大筋は、涙香翻案で紹介されているものと大きなちがいはない。ただし、原著からかなり圧縮されているので、原本にある細かな筋立てがいろいろと略されている。涙香の翻案では、後半の方が省略の度合いが少なく、かなり原著に近い長さになっている。前半の方が省略が多く、虎に襲われるときの前後の事情、主人公の「灰色の女」への愛の告白の場面、ポーラと灰色の女の恋の鞘当て、衣服に火がついてポーラが火だるまになりかける話などは、涙香翻案ではカットされている。また、エピソードの順序は、翻案では、ところどころ入れ換えられている。
  半年前に殺人の舞台になった「恐怖の館」との異名をもつ「ローン・アベイ」を元・検事総長だったウィルフリッド叔父が購入することにした。その時計塔の針の動かし方がわからなくなっていると聞かされていたのに、語り手のダークムアが行ってみると、針の動かし方を知っている謎の女性「灰色の女」と会う。謎の手袋をしている美しい女性にダークムアは恋してしまう。しかし彼には許婚者のポーラがいた。養母殺しの罪で有罪判決を受けたミス・ヘインズは獄死したことになっているが、実は脱獄していたのではないか。ポーラは、「灰色の女」こそその殺人犯であると告発しようとするが、からくりがある屋敷の中で謎の失踪をとげる。やがて堀から首を切られた女性の死体が引き上げられるが、ポーラの服を着て、指輪をしている。死体はポーラと思われ、殺人容疑が「灰色の女」に向けられるが、ダークムアは恋する女性の無罪を信じ、その女性がポーラとは別人であることを検屍裁判で証明する。「館」にあった謎の誓言は、宝のありかを示唆しているのか? しかしその暗号を解くカギがない。宝のありかと暗号の謎、灰色の女の正体、そして半年前の老婆殺しの真犯人は? 蜘蛛園に謎を解く鍵があるとにらんだダークムアは、列車事故を利用して、蜘蛛園に乗り込み、その中で行なわれている犯罪を暴こうとするが──

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4月10日 KUNDAKUNDA"SAMAYASARA" tr.and commented by Rai Bahdur,J.L.Jaini,M.R.A.S.
AJITARSHRAM ,1930

 ドイツの宗教学者・マックス・ミュラーが主宰して19世紀末から20世紀前半にかけて"SACRED BOOKS OF THE EAST"(東洋の聖典)という叢書が六十巻ほど刊行された。そのうちヒンズー教典は30巻ほどで、仏教の教典は20巻くらいで、ジャイナ教典は10巻ほどである。そのシリーズは東大にいた頃に図書館で何冊か読んだりしていて、そのときコピーしたまま未読だった本書をようやく通読。
  本書はその叢書のジャイナ教の教典の第八巻にあたり、クンダクンダのサマヤサーラ(本質論)の全訳。プラクリット語の原典とその英訳、およびジャイナ教学者による注釈の三部構成のテキストになっている。ページ数は216頁。
クンダクンダは紀元前一世紀頃(紀元四世紀頃との説もあり)のジャイナ教の聖者・思想家。主に、梵我一如を説く
サーンキヤ哲学を批判対象として、唯魂論を展開している。最初で、正しい言明にも「本当に正しい」ものと「実践的に正しい」の二種類があるとして、一見矛盾するに見える、ジャイナの教えを自分の思想体系によって根拠づけていく。ジャイナ教系列の教典は割合無味乾燥なのが多いと聞かされていたが、これは一見ドライだが、首尾一貫していて論も明快なので、楽しく読むことができた。この叢書は巻によって、読みやすさその他、訳者によってかなりばらつきがあり、この巻の訳者は大健闘していると思った。

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4月11日 中村元『ブラーマ・スートラの哲学』(岩波書店)

インド哲学者の碩学・中村元氏の研究書『インド哲学思想』叢書の第二巻。バーダラヤーナの作といわれる『ブラーマ・スートラ』の全訳が載っている。ヒンズーの教典とされるものは何千何百巻とあって、「聖書」や「コーラン」だけという西洋の宗教よりずっと聖典の数は多いのであるが、その中で特に三つが最重要とされている。108のウパニシャッド(奥義書)と『マハーバーラタ』中のクライマックスの一節でアルジュナ王子が、クリシュナ神と宗教問答を繰り広げる『バガヴァッド・ギーター』。そしてこの『ブラーマ・スートラ』である。
 しかし、中村元氏の責任ではないが、何が書いてあるのかほとんど理解不能な教典である。サンスクリット語で、難解な言い回しで、短いスートラとして書かれている。何百もの注解がインドでは学者・聖者に書かれてきたが、特に有名なシャンカラ注解、ラーマーヌジャ注解、バースカラ注解の三つを比較しても、あちらこちらで解釈は真っ向から対立していて、決して一義的に解釈されるテキストではないことがわかる。この『ブラーマ・スートラ』自身が半ば、諸々のウパニシャッドの注解になっていてインドの教典はとにかく注解の積み重ねなのだとわかる次第。

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4月11日  IDRIES SHAH "THE PLEASNTRIES OF INCREDIBLE MULLA NASRUDIN"
1968,OCTAGON PRESS

中世のトルコにたぶん実在したと思われるムラ・ナスルディンは、小咄・ジョーク集の主人公として数多くの物語が流布している。日本でも『ナスルディン・ホジャ物語』(平凡社・東洋文庫)が刊行されている。
本書はイドリース・シャーがまとめたもので、短い小咄集みたいなものが二百ほど載っている。以下数編翻訳してみたので、大体こんな感じの話なのがわかると思う。

ムラが子どもに命令を与えていた。「いいか。この甕に水を汲んでくるんだ。壊したら承知しないからな」。そう言ってからムラは子どもを思い切り殴った。それを見ていた近所の人が「ムラ、まだ壊してもいないのにどうして罰を与えるんだい?」と訊いた。
ムラはこたえた。「だって壊してからでは遅すぎるでしょう」(36p)

ムラが、飼っていたロバに死なれてしまい、激しく胸を打って彼は泣き叫んだ。村人が彼に言った。「前の奥さんをなくしたときには、そんなに悲しまなかったのに、どうしてロバのときには、そんなに激しく悲しむんだね?」
ムラ「妻をなくしたときは『すぐにかわりを見つけてやろう』という村人が大勢いたのに、なくなったロバのかわりを見つけてやるという人が、一人もいないからです」(40p)

尊敬されていた聖職者が臨終の床についていた。ムラの評判を聞いていた彼は、ムラに使いを送って、「最後に私のために祈りの聖句を教えてください」と頼んだ。ムラは聖職者のところに行って、短い祈りの文句を書いた紙を授けた。そこには「神様、お救いください。悪魔様、お救いください」と書かれていた。それを読んで「なんと冒涜的な」と聖職者は激怒した。ムラはこたえた。「二つしか可能性がないなら、その両方に対応できるようにするのが賢者というものです」(69p)

ムラの友人がポケットに卵をもっているときにムラに会った。彼は言った。
「ムラ、あてっこのゲームをするかい?」
「いいとも」
「今ぼくが何をポケットにもっているかあててみてくれ」
「まずヒントをくれ」
「それは、形は卵そっくりで、黄身と白身があって、外見も卵そのものだ」
「なにかケーキの一種だな」とムラは言った。(70p)

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4月13日 IDRIES SHAH "THE SUBTLETIES OF THE INIMITABLE MULLA NASRUDDIN"
OCTAGON PRESS,1983

ムラ・ナスルディンのジョーク集第三集。一番新しいためか、現代のロンドンやパリでムラが活躍する話がある。「パリでビジネスマンは秘書をつれてそれを奥さんと紹介するものです」といわれて「じゃあわしは妻を秘書と呼ぼう」などと答える話ものっている。

犬が汚した道を、どちらが清掃をすべきかで道をはさんだ両家が争っていた。
その争いが簡易裁判所に持ち込まれた。裁判官は、ナスルディンが村の争いの調停者をしていたので、彼に判断を求めた。
「わしの判決を伝えよう」とムラが裁判官に言った。「裁判官の仕事は、問題を片づけることにあるわけだから、あなたがそれを片づけるべきだ」(22p)

もの忘れが激しくなったムラが医者を訪ねた。
「最近物忘れがひどくなりまして」
医者が訊ねた。「いつからその問題にお悩みですか?」
ムラ「どの問題ですか?」(46p)

記憶力を回復させるトレーニングをムラは受けた。
「ムラ、どうだい、調子は?」
「だいぶよくなった。今は時々、自分が何かを忘れているってことを覚えていることがあるんだ」(75p)

面白い話は、他にもいっぱいありましたが、訳しているときりがないので、まあ上の三話から、全体のトーンを想像してみてください。

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4月13日 SRI UMASVATI"TATTVARTHADHIGAMA SUTRA" ed.by J.L.JAINI,1920

これも"SACRED BOOK OF THE EAST"(東洋の聖典)として刊行された一巻。ジャイナ教典シリーズの中では第二巻にあたる。著者のウマ・スヴァティは、紀元一世紀頃(紀元4〜5世紀という説もあり)の人で、前のクンダクンダの弟子にあたり、この本は、ジャイナ教の中では最も尊ばれている教典の一つ。
サンスクリット語で書かれているが、この言語は各語の意味があまりに多義的すぎてちゃんと翻訳するのは無理なようだ。クンダクンダの方は民衆語のプラクリット語で書かれていたから、それなりに明瞭だったが、こっちはサンスクリット語なので、英訳では、原語のたった一語に対して何十もの説明を重ねることになる。たとえば一章六節に出る、PRAMANAという一語にあてられた英訳は以下のとおり。
authority by means of which we test direct or indirect knowledge of the self  and the non-self in all their aspects
なんと、サンスクリット語の一語が、英語では22もの単語を使って訳すことになっている。
大正九年に刊行された鈴木重信訳「入諦義経」という訳本があり、それと対照しつつなんとか読んでいった。中村元氏はこの教典の題を「真理証得経」と訳している。ウマ・スヴァティは、何でも数字を列挙するのが好きな人で、「学習に三種類あり」とか「感覚に五つあり」「生まれ方に四種類あり」と数字を列挙していく。第三章になると、「大地に六つの山脈あり」とか言って、いきなりインドの地理の話まで数字をあげつつ始めている。煩悩が百八になる根拠が、本書一章六節に書かれている。
(かみくだいて私が訳しました)
「罪には三つの種類がある。怒り、苦しみ、殺す。その行ないは、体によるもの、口頭によるもの、意識によるものの三種類がある。そのなしかたには、自ら為すのと、他に為させると、他の為すに同意すると三種類がある。激情に、怒り、高慢、欺瞞、貪欲の四種類がある。」(第一章六節)
3×3×3×4=108で、煩悩は百八になるそうです。
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4月14日  IDRIES SHAH "THE EXPLOITS OF THE INCOMPARABLE MULLA NASRUDIN"
OCTAGON PRESS,1966

イドリース・シャーがまとめたムラ・ナスルディンのジョーク集の第一集。
「満月」とインドの王を讃え、「新月」と自国ペルシャの王を讃える話は、まったく同じものが、前に読んだ同じ著者の"THE WAY OF THE SUFI"に載っていた。みすぼらしい格好をして宴席に行ったら末席に座らされ、立派な格好をして行ったら、貴賓席につかされて御馳走をふるまわれたので、衣服に食べさせようとしたという話が本書に出てくるが、同形の話が、一休さんの逸話集にもあったので、こういう物語は、海を越えてアジア各地に伝わるものらしい。

ある学者が、ムラと論争をすることになった。約束の日時になったのにムラが現れなかったので、激怒した学者はムラの家に行き、その扉に「うすばか野郎」とチョークで書いて去って行った。
帰宅したムラは扉の文字を見て、あわてて、その学者のところに飛んで行った。
「すみません。約束の時間を失念しておりまして。うちの扉にあなたの署名があったので、すぐ思い出して飛んでまいりました」(10p)

ムラが村人に語っていた。「わしが宮廷で仕えておったある日、王子の面前に、外国の立派な馬が運ばれてきた。見たこともないほど立派な毛並みをしていたが、暴れ馬なので、誰も乗りこなせなかった。義勇心がわしの心に沸き上がり、わしは立ち上がって大声で宣した。『誰もこのすばらしい馬に乗れないのか! 宮廷で王子に仕える諸君らのただの誰一人として! 恥とは思わないのか!』。そう言ってわしは前に歩み出た」
村人が聞いた。「それからどうなったの?」
ムラ「わしもその馬には乗れんかった」(98p)

夜中にムラの家の近くの通りで、二人の男がやかましく論争していた。その声がうるさくて眠れないので、ムラは毛布をかぶって、外に止めに行った。
酔っぱらっていた男たちは、ムラが現れたのを見て驚き、彼の毛布をかっさらって二人して逃げて行った。
家の中に戻ると、ムラの妻が訊いた。「あの人たちは何を言い合っていたの?」
「論争の主題は毛布だったらしい。それを手に入れると、論争は終結したからな」(15p)

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4月17日 "TEACHINGS OF TIBETAN YOGA" tr.&annoted by GARMA C.CHANG
CITADEL PRESS 1963

しばらく前にNHKで特集されたときに、少し話題になった『チベットの死者の書(バルド・ソドル)』。その時期に講談社から初の原典訳が刊行されたが、英訳から訳出していた、おおえまさのり訳『チベットの死者の書』とはかなり印象が違った。おおえまさのり氏は『ミラレパの十万歌』(めるくまーる社)も翻訳しているが、これは本書のシャンが英訳したものからの重訳で、私の読んだ感想では、訳文があまり好ましくなく、おおえ氏自身がチベット密教に関する素養はあまりないのではないかと思わせる。中公新書の「チベット密教」でも、おおえ氏の訳書だけは、関連書にあげられていないのはたぶんそのせいだろう。
で、本書は、その『ミラレパの十万歌』を初めて英訳したガルマ・C・シャンが、英訳したチベットの教典の一つ。ミラレパより三代前のカーギュ派の鼻祖ティロパの「マハムドラー(大印)の歌」が英訳され、弟子のコメンタリーが載っている。「マハムドラー」は「無努力の自然な境地」であるとティロパは言っているのだが、それにコメントした弟子が「この境地に達するのには大変な努力が必要である」とすかさず矛盾するコメントをつけている。後半はナロパの教えの解説。『死者の書』の内容と関連があるバルドの話がかなり出てくる。
日本語訳してもよいように思うが、おおえまさのり氏以外の素養ある学者に翻訳してもらいたいと思う。

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4月18日 ハズラト・イナーヤト・ハーン著『音の神秘』土取利行訳・平河出版社

イナーヤト・ハーン(1882-1927)は、ヨーロッパにスーフィー運動を伝承した功労者の一人で、卓越した音楽家でもあった。その主要著作を死後集大成した"SUFI MESSAGEOF INAYAT KHAN"(全14巻)の第二巻"THE MYSTICISM OF SOUND"を全訳したのが本書。インドでこの講義録がまとめられて刊行されたのはハーンの死後すぐだが、その後版を重ねて、現在でも出版されている書籍である。ただし、この講義録集成を本訳書あとがきで「全集」としているのは間違いで、あくまでこの14巻は、ハーンの膨大な著作や講義のうちの「スーフィー講義録」のところのみの集成である。

イナーヤト・ハーンの訳書が日本で刊行されたのは、本書が初めてではなく、十数年前にたま出版より『ネイチャー・メディテーション』という短い本が刊行されたことがある。最近この14巻の著作集が、インドの古書店で109ドルという安価な額で出ていたので、全巻購入したのであるが、豪快な乱丁があったのに驚いた。12巻と13巻が、目次の後はそっくり入れ代わっているのだ。索引で調べて当該ページがどうしても見当たらないのでしばらく悩んでしまった。うーむ、インドの出版社ではよくあることなのだろうか。ことばの力、音楽の効用をスーフィーの視点から、また演奏者の立場から平易に説きあかした名講義録。翻訳家の土取氏も、自身音楽家だけに、音楽論のあたりは、適切で丁寧な訳文なのに好感がもてる。どうせなら14巻まるごと全訳刊行してくれないものか。

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4月20日  C.デイリー・キング『タラント氏の事件簿』中村有希訳・新樹社

デイリー・キングと言えば、グルジェフ関係では言わずと知れたビッグネーム。アメリカでグルジェフの伝道者となったオレージの直弟子で、オレージ派のグルジェフ研究書をいくつも著している。そのキングと、「タラント氏」や「オベリスト」のキングが同一人であるとは、最近ようやく気づいた次第。
気になってキングの著作目録を調べてみたのだが、『空のオベリスト』巻末の著作目録で、小説以外にキングの著作としてあげられている、以下の四作。

BEYOND BEHAVIORISM(1927)「行動主義を越えて」
THE PSYCHOLOGY OF CONSCIOUSNESS(1932)「意識の心理学」
THE ORAGEAN VISION(1951)「オレージ派のビジョン」
THE STATES OF HUMAN CONSCIOUSNESS(1964)「人間意識の諸階梯」

これらは、ウェブのグルジェフ研究書でも、いずれもグルジェフ関連書としてリストにあげられているものである。ウェブの本はキングの心理学に相当なページを割いており、「オレージ派の中では唯一、グルジェフ思想に発展的な貢献をした」との高い評価を与えている。

上の四冊は、皆グルジェフ派の(特にオレージ派の)心理学の範疇に入る書物。「行動主義を越えて」というのは短い書物で、師オレージに捧げられ、当時の主流だった行動主義派心理学を乗り越えるものとしてのグルジェフ=オレージ学説を提示する内容である。キングの著作は、小説以外は、すべてグルジェフ関係のものということになる。
キングの経歴でみると、短期的にフランスで直々にグルジェフ門下生になったこともあるが、直接に師事したのは主にR.A.オレージなので、グルジェフからみると孫弟子にあたることになろう。グルジェフ系の心理学派としては、ウスペンスキー〜モーリス・ニコールの流れと、オレージ〜キングの流れが二大潮流と言えるが、キングはウスペンスキーとは思想的に対立する関係にあったので、本書でもウスペンスキーの本に関して「わかったふりをしているだけ」(60頁)という揶揄的な言い方がされている。この短編集に収められた八つの短編のうち、最後の二つに出てくる「ムッシュー・オール氏」は、明らかにグルジェフをモデルにしている。最後の短編でオール氏が語ることは、『ベルゼバブの孫への話』でベルゼバブの口を通してグルジェフが語っていたこと、ないしグルジェフの講義からの引用が主である。別の体を獲得するにはワークが必要で、そのワークは一サイクルが七年かかるというのもグルジェフの教えなので、その教えに従い、最後にタラント氏は七年の修行の旅に出たようである。最後の短編は、グルジェフ夫人が、原因不明の危篤に陥ったときの話を元にしているように思われる。
本書の訳文はしっかりしているが、グルジェフ関係の専門語や固有名詞は、不正確ないし不適切なものがいくつも散見された。たとえば、60頁に出てくるウスペンスキーの「全人類の新規範」という本は、「新しい宇宙像(NEW MODEL OF THE UNIVERSE)」のはずだし、308頁「〈黄金の枝〉大学」は、フレイザーの『金枝篇』のことを指しているはずである。

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4月20日 芦辺拓『真説 ルパン対ホームズ』(原書房)

見事な技巧の凝らされた贋作集で、ずっとにやにやしながら読んでしまいました。
50pに、フランスではデュパンをはじめ「ルコック、タバレ、ピードゥーシュといった名探偵を輩出した」という記述があります。ボアゴベのシリーズキャラクターのピードゥーシュ氏が言及されたのは世界初?かもしれず、ヘイクラフトにさえ、シリーズキャラクターはないなどと誤ったことを書かれていますからねえ。草葉の陰でボアゴベ氏も随喜の涙を流しているのでは……。
 しかし文体模写が見事で、特に黒岩涙香のは、いたく感心させられました。こんな明治の文語を見事に再現できる人なんて、作家の中でも滅多にいないと思います。323頁の四行め「英法二邦」というのは「英仏二邦」ではないでしょうか?

川上音二郎一座+パリ万国博+ルパン+ホームズ+……の表題作の趣向の豪華さにも
瞠目。「百六十年の密室」は、「幻想文学」掲載時に読んでますが、その後ポオの原書を買ってきて、該当箇所を読み直したりしました。

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4月21日 D.H.ロレンス『不死鳥』(下)吉村宏一ほか訳・山口書店

下巻だけで原稿用紙1000枚はありそうな大著。第七部「余録と断片」は未収録・未完に終わった小説が収録されているが、他はみなエッセー。下巻冒頭の「ハーディ論」は、それだけで一冊の本にできる長編文芸批評。ハーディは読んだことのない作家だが、ロレンスによれば「最後の大物作家」。ハーディ論を語りつつ、ロレンス自身の思想を開陳している比重の方が大きい。もう一つ長編論文としては第五部の教育論があり、こちらも味わい深い名論文。
 中でも第六部に収められた「生」という題の10頁足らずの掌編が、凝縮された珠玉の名文で、再読再再読して、なお含蓄が深く、感嘆させられた。
以下、いくつか印象に残った箇所を引用してみる。

「わたしは自分が小説家であることで、聖者や科学者や哲学者、詩人よりもすぐれていると思う。彼らは、皆、生きている人間の種々の部分については大家であるが、絶対に人間全体を把握できないのだから。小説は生を語る唯一の輝かしい書物である。」(「なぜ小説は大切か」200頁)

「四十年にわたる徹底的闘いの末に、セザンヌはやっと一個のリンゴを十分に知ることができ、また十分とはいかないまでも一、二の水差しを知るにいたった。彼が成しえたことと言えばそれだけである。そんなことは取るに足りないことのように思える。だがそれは重要な一歩だったのだ。プラトンの『イデア』よりもセザンヌのリンゴのほうがぶっと意義深い」(「絵画集序論」252頁)

「ルイ十四世が、朕は国家なり、すなわち国家は自分なり、と言った時、彼は実際自分自身を矮小化していたのである。というのは、結局、国家やゴミ容器になるよりも、自分自身になることのほうがもっと大変なことであり、むずかしいことであるからだ。」(「民衆教育」282−283頁)

「わたしは森の端に立っている小さな家のようなものだ。森の未知なる闇の中から、永遠なる原初の夜の中から、創造の霊がわたしに向かってやってくる。わたしは輝く光を窓辺に灯しておかなくてはならない。……ひとたび新たなるものが始原から生まれ出てわたしの霊の中に入り込めば、わたしは歓喜にあふれる。……成就という目に見えないバラがわたしの中に宿り、ついにはそれが解放の空へと輝き出るのだ。……もしわたしが、まだ目に見えない創造のバラを秘めたつぼみであるとしたら、次々に襲ってくる苦労や痛みも、新しい、不可思議な歓喜を生み出す喜ばしい陣痛ではないだろうか。わたしの心はいつも星のように喜びに満ちあふれている。……やがてはゆっくりと扇状に開いてたくさんの花弁をつけ、創造を達成する。バラの中にバラが誕生するのだ」(446-447頁)

↑この最後の引用箇所は、小説の霊感を得たときの描写として実に美しい名文だと感心した箇所で、上述の「生」の中の一節。

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4月26日 荒井献『トマスによる福音書』(講談社学術文庫)

「トマス福音書」からの引用は、拙著『神の子の密室』(講談社ノベルス)でも行なった憶えがある。それは講談社から刊行されていた『聖書の世界』シリーズを典拠にしたのだが、本書は「トマスによる福音書」だけを取り出してより詳細な解説を加えたものである。イエス・キリストは、本質的に革命家で反逆者、教会の破壊者だった面があると思う。そのもとの教えが聖書の中の福音書では、教義に合致するように、編集されているようなので、文献史的には四福音書以上に由来が古い「トマス福音書」の教えは、よりもとのイエスの教えに近いものがあるのではないかと思う。本文はごく短いが、語られる内容はかなり過激な教説である。キリスト教に関心のある方は必読である。

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