読書録/2000年5月

5月2日  殊能将之『美濃牛』(講談社ノベルス)

『ハサミ男』で注目を集めた殊能将之の第二作。一作めの作風から予想していたのとは、ちょっと違った二作目だった。横溝正史っぽい意匠かと思わせて、微妙にズラしている。「アクィナスを嫁に読ませちゃいけません」(296頁)という俳句(?)には爆笑。カトリックに改宗されて離婚するときに困るからだそうです(笑)。最後の方に地図が出てくるけれど、これは、序盤に掲載してはまずかったのかな?? 推理の材料としてはほしかった気がした。
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5月7日 芦辺拓『怪人対名探偵』(講談社ノベルス)

最近出た『ルパン対ホームズ』と何やら題名の印象が似ているので、二冊刊行されたのに、一冊の本だと誤解される危険性があるかも……。
A「芦辺拓の『怪人対名探偵』が出たけど、読んだ?」
B「読んだよ、買って(←本当は原書房の『ルパン対ホームズ』の方だったりする)」

江戸川乱歩の少年ものと通俗長編を、現代に移植しようとする野心的な試みの作品で、「殺人喜劇王」を名乗る怪人と、名探偵の闘いになります。今度は芦辺さんにネット怪人対森江春策を描いてほしい。

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5月9日 チャールズ・ハワード・ヒントン『科学的ロマンス集』宮川雅訳・国書刊行会

ボルヘス監修の「バベルの図書館」叢書中の一巻。
序文でボルヘスは、「イギリス奇人列伝」を書くとしたら、著者のヒントンが筆頭にあげられるべき奇人であると評している。たしかに経歴をみると、奇人と呼ばれるにふさわしいだけのことはあり、元々、数学者でありながら、心霊術にこり始め、数学的に心霊を証明しようとした、などと紹介されている記事もあり(著書を読むと、実情は少し違うようだが)、最後は発狂して自殺したらしい。
いくつか小説をものしていて「科学的ロマンス集」の題で二冊の短編集を刊行している。本書は、その集中の中編「ペルシャの王」と、「第四次元とはなにか」「平面世界」という二本の奇怪な数学(?)論文がおさめられている。「ペルシャの王」がまたなんとも不思議小説で、見知らぬ谷に紛れ込んだ王様が主役の寓話かと思いきや、快楽と苦痛を数値化して延々と計算をし始め、途中はまったく数学の論文みたいなページに変わっていく……。天下の奇書と呼ばれてもよいような変てこな作品でした。ウスペンスキーの『ターシャム・オルガヌム』は、そのヒントンの『第四次元』と『思考の新紀元』に触発され、かなり援用して議論をしているのですが──
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5月9日 ブルワー・リットン『ザノーニ』富山太佳夫+村田靖子訳・国書刊行会(全二巻)

 国書刊行会のゴシック叢書の一冊。この叢書は、19世紀以前のミステリ作品として、重要な巻がいくつかあった。コリンズ『白衣の女』ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』、ポオに先行して密室謎解きものを書いている『レ・ファニュ傑作集』等……。その最終巻の本書が刊行されたのは1985年。私は刊行してすぐ買ったのだが、購入後15年を経てようやく初読(うちには購入後10年以上読んでない本が山積してます)。
  これは昨日読んだヒントンの本ほどではないが、かなりケッタイな小説である。国書の翻訳書に変なのが多いというべきか、19世紀のイギリスには、ルイス・キャロルを筆頭に、ヒントン、リットンと変な人が大勢いたというべきか。主人公のザノーニは、魔術的な能力の持ち主。ヴィオーラという美しい女性に恋し、二人は相思相愛になるが、ヴィオーラはなぜかザノーニから去ってしまう。時は風雲急を告げるフランス革命下のパリ。政治活動をしていたヴィオーラは、ロベスピエールの政敵として、80人の処刑名簿に加えられる。ザノーニは、師メイナーの諫言を振り切り、魔術的能力を失うことと引き換えに、ヴィオーラを救うべく、ロベスピエール打倒へと立ち上がる……というはっきりした筋立てになるのは最後の章に入ってからで、それまではいろいろな物語が、一見とりとめもなく積み重ねられる。
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5月18日 コリン・ウィルソン『殺人狂時代の幕開け』中山元・二木麻里訳 青弓社

コリン・ウィルソン『殺人ライブラリー』──原題からすると「世界の著名な殺人録」(全四巻)の第一巻。このシリーズを買うのを躊躇していたのは、これはウィルソンのオリジナルの著作ではなく、諸々の殺人・犯罪研究書から抜粋して編集してできた著作だから。しかし、テーマ別に四つに分けて各巻は年代順に有名な殺人事件を概観できるし、ウィルソンの殺人研究では一番の主著というべき"ENCYCLOPEDIA OF MURDERS"は、「殺人百科」という題で半分以下の抄訳しか日本語訳されていない。その本に載った未訳の箇所の翻訳もあるので、やはり読むべきだろうと思って買ってきた。

第一巻は、19世紀の著名な殺人事件を総覧。「切り裂きジャック」事件がトリ。19世紀の殺人は、動機が単純でどれもわかりやすい。嫉妬や痴情のもつれの殺人あるものの、性倒錯からくる殺人はまだ珍しく、現代的な動機不明な不条理な殺人は見当たらない。
牧逸馬が「チャーリーはどこにいる」と『世界怪奇実話』に記した事件も収録されているが、ウィルソンの推測では、チャーリーは誘拐犯によって先に殺害されていた可能性が大きいとか。
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5月18日 コリン・ウィルソン『情熱の殺人』中山元・二木麻里訳 青弓社

二巻の題名の「情熱の殺人」は、激情からくる殺人というような意味で、主に男女関係がらみの嫉妬や愛情からくる殺人が総覧されている。ナン・パターソン事件(94頁)はどう考えても、ナンは殺人に有罪なのに無罪の評決なのをかちとっているのは、彼女が美人だったかららしい。陪審員たちは全員彼女の美貌に目をくらまされたそうである。
また、メイブリック事件の被疑者として有名なフロレンス・メイブリックは、夫を砒素で毒殺した疑いで起訴されたが、無罪をかちとっている。犯罪研究者の間では、メイブリック有罪説の方が主流だが、ウィルソンは、夫が刺激剤として砒素を常用していたという事実を重視し、フロレンス・メイブリック無罪説に与している。

ウォルバーガー事件は、妻が情夫を十五年間も自宅の屋根裏にかくまっていたというところが、なかなか笑える。夫は太っていて、屋根裏への入り口に入れなかったので、妻は安心して情夫を屋根裏に住まわせていたが、十五年目のある日、情夫と夫が合わせして、とうとう長年の秘密が発覚する日がきた。妻は情夫と共謀してでぶの夫を殺害するが……。
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5月20日  コリン・ウィルソン『殺人の迷宮』中山元・二木麻里訳 青弓社

 コリン・ウィルソンの殺人ライブラリーの第三巻。主に迷宮入りした事件を扱っているが、裁判的には未決の事件でも、かなりは真相が推測され断定されているものがある。五十年ぶりに真犯人を新聞記者がつきとめたウォレス事件は、なかなか感動的である。殺人の容疑をかけられ、収監時にえた病がもとで早く死んだウォレスの事件を調べて、新聞記者はついに半世紀ぶりに、真犯人から口封じをされた証人にたどり
つく。
 新聞広告で美しい女性を集めては猟奇的殺害を繰り返していたノラー・フラーは「蜘蛛男」みたいなやつだ。
マリリン・モンローについては謀殺説が有力である。麻薬常用者であったモンローが、肛門経由で摂取するドラッグに毒を混ぜられたのではという説が紹介されていた。

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5月21日 コリン・ウィルソン『猟奇連続殺人の系譜』中山元・二木麻里訳 青弓社

コリン・ウィルソン殺人ライブラリーの第四巻。殺人者の実録も、20世紀の後半にさしかかってくると、不条理な殺人がふえ、殺人対象が自らの快楽追求のために選ばれた事例が多くなってきて、残虐度も増し、実録を読むだけでも何やら気が滅入ってくる。
19世紀の記録された殺人犯は、この巻で描かれる連続殺人犯に比べれば、はるかにのどかで人間的だった印象がある。この四巻シリーズに登場した、殺人に関する記録は、古い時代のものは、たいてい一つのまとまった物語として読めるのだが、20世紀の特に後半の連続殺人者(シリアル・キラー)は、淫楽的に殺人を犯しまくり、とにかくひたすら化け物じみていて、物語には全然似つかわしくない。子ども時代にトラウマを受けたり逆境だったりする事例は結構あるが、そういう見方にもあてはまらない連続殺人者も多い。
  たとえば、アメリカのテッド・バンディは、女性を殺害し屍姦するという性的連続殺人者だったが、本人はしごくハンサムな好青年で、何人もガールフレンドに取り囲まれて、性的に不自由していない人物であった。(第六章)。
連続殺人者の心理を、精神分析的に解釈しようとしても、こういう事例をみると、そういう試みにも限界を感ぜざるを得ない。

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5月26日  山村正夫『推理文壇戦後史』(1〜3)(双葉文庫)

山村正夫による、推理小説戦後史を裏面・舞台裏から綴ったもの。作家のキャラクターが浮かんでくるのは、実地に人柄を知っているのがものを言っているようだ。マゾヒスティックミステリーの書き手・朝山鯖一は、写真で見ると、『伝染るんです』に出てくる、「取り返しのつかないことをするぞ」と言って納豆をビデオデッキにまきらちすおじさんみたい。大坪砂男は、『罪と罰』に出てくるマルメラードフみたいだし、木々高太郎は、協会発足時に50万円を寄贈すると約束しながら、放っておいたというのは、金銭感覚的に問題があった人のようだ。似たような会費踏み倒しの話が、都筑道夫『推理作家ができるまで』にも出ていた。あまりに理想主義者すぎたせいか、木々は、探偵文壇に、不要なトラブルをいろいろ持ち込んでいるのが読んでいたわかる。単行本ではたしか四巻まで出ていたようだけど、文庫は三巻で全部みたい。
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