読書録/2000年6月

6月3日 江戸川乱歩・松本清張編『推理小説作法』(昭和34年)光文社

何人もの著者が寄稿しているのに、目次に題名しか出ていないのは不親切と思った。
著者名を順に列記すると、中島河太郎・江戸川乱歩・大内茂男・加田伶太郎・荒正人・平島なおかず(漢字が出ない〜)・植草甚一・松本清張。

ここで面白かったのは、荒正人の「推理小説のエチケット」。彼は、推理小説の十戒を提示している。1〜5はヴァン・ダインやノックスの戒律と大体重なるので目新しくはないが、
第六戒・異常を扱ってはいけない。……犯人は狂人であってはならない。狂人でなくても異常心理、変態性欲などの所有者が犯人になってはいけない。(140頁)
そう言いつつ「私は、動機を巧みに設定したという点で、ヴァン・ダインの『グリーン家の殺人事件』と『僧正殺人事件』を高く買いたい」(131頁)と述べている。そうかな? あの犯人たちって狂人の異常心理の人たちではないのか?? その後で荒は「最近は、ハードボイルドの悪影響などもあって、動機などはどうでもよい、殺しさえすればよいというものもあるが、これは採らない」(同)と述べているが、そうかな??  第八戒には「ハード・ボイルドを真似てはならない」ともある。

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6月15日 関口苑生『江戸川乱歩賞と日本のミステリー』(マガジンハウス)

「鳩よ!」に連載されていた、江戸川乱歩賞を歴史的に総覧する長編評論。誰かが書くべき主題だったと思うし、長年予選委員を勤めている立場の者が適任に違いない。にしても一カ所だけ出てくる私の名前は、なぜ索引で「高沢則子」にいれられてしまってる。「小森健太朗(高沢則子)」としてもらいたいものである。「島田荘司率いる、彼の〈薦〉をいただいた新本格の若手が跳梁跋扈していった」(283頁)という表現も気にかかる。なんだか新本格の若手とは魑魅魍魎の類にされているよーだ。
 乱歩賞を受賞した作品に対して率直に否定的意見を述べているあたりは好感がもてる。ただ、その否定論に関して納得いくのと、首を傾げる場合とがあって、一本筋が通った定見があるという気はあまりしない。昭和58年の『写楽殺人事件』から「乱歩賞をリアルタイムで読み始めた」とあり、この頃から乱歩賞の予選委員を著者がやりはじめたようだが、それとともに「リアルタイム」で読むようになったということは、予選委員をやるまでは乱歩賞受賞作を読んでいなかったということだろうか?  まあ後追いで読んでいたということなのか。

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6月23日 三島由紀夫『沈める滝』(新潮文庫)

 三島由紀夫の作中人物は、しばしば人工的な感情をもとうとし、演じようとする。まるで感情を与えられていない人形であるかのように生気のない人物が出てくることが多いが、かと言って、そういうキャラクターにリアリティと迫真性はちゃんと賦与されている。本書の主人公も、冒頭で「環境に恵まれすぎて、小説の主人公になるにはふさわかしらぬ人物である」と断られるとおり、恵まれていて、人工的な感情しか抱けない人物が主人公である。
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6月24日 宮部みゆき『東京下町殺人暮色』(光文社文庫)

光文社文庫から出ている綾辻行人『殺人方程式』とか鈴木輝一郎『狐狸ない紳士』の作者あとがきを読むと、作者が意図に反して、光文社のノベルズに合うような作品を強制させられたというくだりが書かれている。実態は知らないけれども、この宮部作品も、もしかしたら、そういう働きかけを受けた作品かもしれないと思った。というのも宮部作品らしからぬタイトル(「殺人」が入っている)、バラバラ死体が連続して発見されるという猟奇的な事件、あまり、宮部作風らしからぬ展開だからである。でも、残酷な殺人が起こる割に、ハートウォーミングな味わいの収束をしていて、終わってみると宮部作品らしかったのでした。

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6月26日 PATTERSON "TAKING WITH THE LEFT HAND" ARETE 1998

 最近英語で刊行されるグルジェフ、ウスペンスキー及び第四の道関連の著作の中では、なんといっても本書の著者パターソンがもっとも元気がよく注目に値する。本書はそれぞれ独立した三部構成で、グルジェフの教えが、その後継を自称する者たちによっていかに歪曲されていったかを描いている。

第一部は「エニアグラムがいかに市場に出回ったか」
日本でも最近「九つの性格」などと題してエニアグラム本がかなり流行している。エニアグラムが刊行著作に最初に現れたのはウスペンスキーの『奇蹟を求めて』(1949年)であるが、これを読んだオスカー・イチャーゾが、エニアグラムを性格類型論に改変し、自分にオリジナリティがあると主張して広めたのが、性格エニアグラム論の源流らしい。

第二部は「しおりの人々」
これは、ロバート・バートンの教団が、グルジェフやウスペンスキーの本に、自分の教団の情報を、グルジェフらの顔写真とともに挟んでまわって、そこがグルジェフのセンターと勘違いした多くの人々を自分の教団に引き入れたという変わった布教法の教団を紹介している。

第三部は「ムラヴィエフ現象」
前田樹子さんの『エニアグラム進化論』(春秋社)では、重視されていたムラヴェエフだが、パターソンの描写では、インチキ教祖にしたてあげられている。ロシアから亡命してきて、ウスペンスキーの友人だったムラヴィエエフは、『奇蹟を求めて』のロシア語からの英訳を手伝ったりしていたが、グルジェフ、ウスペンスキーの死後、彼らの教えの源泉となった秘教の鍵をもっているのは自分だと主張し、信者を集めたらしい。パターソンの筆にかかれば、三部とも、ケチョンケチョンであるが、補遺に出てくるジョン・ペントランドという教師だけは、グルジェフの教えに忠実で立派だったと書かれている。どうやら、ペントランドはパターソンの師匠だった人らしいので、利害を離れて公正にこれらの教師たちを評価することは難しい。
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