読書録/2000年7月

7月3日 大信田麗『フェイク!』(幻冬舎)

大森望氏の推薦文を見て読みたくなったので、買ってきて一読。
実在の書評家や評論家が、それとわかるもじりで多数登場する。「葛西聖司」なんて読み方そのままだし「のぞきろくすけ」も……。そういった人たちは別に貶されていないけれども、編集者に無能と称される書評家たちがいて……。大体どの人物かわかったけれど、「角屋宰一郎」「貫井勉」というのは、モデルのいる人なのかな? よくわからなかった。作者は覆面作家だが、業界関係者なんでしょうね。 文体はきびきびしていてテンポよく読める。
メタフィクションと作中作、内輪業界話、インターネット絡みとなると、素材はナマモノですから、賞味はお早めに。
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7月11日 二階堂黎人・編『密室殺人大百科(上)/魔を呼ぶ密室』(原書房)

 二階堂黎人による密室アンソロジー、三日ほど前に送られてきて、重さも内容もずいぶん手応えがあるもので、密室もの、不可能犯罪ファンなら、見逃せないアンソロジーです。大家の発掘作品などは別にして、なんと全編新作書き下ろし……私も書き下ろしをと言われていたのに、書けずじまいでした……。まあ下巻で評論書いているので、私も参加者の一人として、こんな立派な本が出たのはうれしいかぎりです。

 上巻の作品では、パティオにいらっしゃるから誉めるわけではありませんが、芦辺拓「疾駆するジョーカー」が、トリックと、解決の切れ味がよく、はたと膝を叩くほどの出来ばえでした。鮎川哲也短篇に、グラスを××させる解決のものがありましたが、その応用の発想でしょうか。鯨さんの作品は、内容はいいのですが、文章がめちゃくちゃ気になりました。現代ものの作品なら別に気になりませんが、大正時代を舞台にして、語り手も大正の人で、萩原朔太郎が出てくるのにこの短い会話多用文体は、全然大正っぽくありません。歌野晶午『死体を買う男』が大正か昭和初期の文体と雰囲気をうまく再現していたのに比べて、これは全然、古雅な味わいが出ていません。ミステリとしての作品は、悪くないので残念です。
 二階堂黎人「泥具根博士の悪夢」は、中編力作で、足跡のない殺人+四重に閉ざされた密室殺人。谺作品は、もう少しすっきり書けばもっとよくなる気がするのだけれど、幾重にも趣向が張られた力作です。
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7月13日 荒巻義雄『エッシャー宇宙の殺人』(中公文庫)

エッシャーのだまし絵の世界をモチーフにした異世界での、犯人探しやハウダニットを主眼とする異色の本格ミステリ連作集。四編はそれぞれに密室殺人や不可能犯罪をあつかっている。解説で笠井潔が指摘しているように、カフカや安部公房の不条理小説と似た味わいがある。誰かの夢の中の世界の話のようで、四編めでは、現実世界でこういう夢を見ているのだろうという推理まで出てくる。作例稀有な、ファンタジーと本格ミステリの幸福な融合作と言えるかもしれない。
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7月14日 アーサー・ヤノフ『原初からの叫び 抑圧された心のための原初理論』
中山義之訳・講談社(昭和50年刊)

 大学時代に図書館にあって一読した本。精神分析、心理療法の本としては、異例なまでに読みごたえがあり、著者の理解水準が高いと感銘を受けた本だったので、再読したいとかねてから思っていた所、古書店で発見したので、買ってまた読んだ次第。いま物語を語る者は、現代の精神と共鳴するために何が必要か考えてみると、「新世紀エヴァンゲリオン」にせよ、ミステリにおける西澤保彦、殊能将之にせよ、「神経症の心理を巧みに描いていること」という共通項が浮かび上がってくる。現代性と奥深いところで共鳴するためには、神経症的な心理をたどることが必要なのだろう(作者が神経症になるのがいいと言っているわけではない、念のため)。
11章「正常ということ」は、なかなか箴言として含蓄深い言葉が多い。
「正常な人間は、他人を利用することに興味はない。……神経症の人間は自分の苦痛に
無力で、自分では感ずることのできない重要さを感じるために他人を利用する必要がしばしばある。彼は自分自身、自分の子ども、自分の住まい、あるいは自分の衣服について、他人にほめてもらう必要がある」(179頁)
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7月19日 西澤保彦『依存』(幻冬舎)

 この作品は評価が難しい。西澤作品の中で最長で、力作であり、ある意味では西澤作品の最高作かとも思うところもあるのだが。ただその場合、本格ミステリとしてではなく、心理葛藤小説(そんなジャンルはないが)等の別の尺度で見た場合である。
「本格ミステリベスト10」のインタビューで、インタビュアー(私だ)が「母子の癒着と相剋は小説家・西澤保彦にとって大きなテーマと見受ける」というようなことを言っているが、それがもっとも体現した一作。ただ、「心理闘争小説」としては去年の『黄金色の祈り』『夢幻巡礼』と本作で三連打のつるべ打ちかもしれない。昨日たまたま読み返していた岸田秀『フロイドを読む』(青土社)と、テーマが酷似していることに個人的に驚く。
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7月22日 二階堂黎人・編『密室殺人大百科(下)時の結ぶ密室』(原書房)

 作品の全体的なできばえで比べれば、下巻の方が上巻を上回っていると思った。愛川晶「死への密室」は、ギャグをやっているようでいて、よくできたミステリにもなっている。歌野作品は、意外性を犠牲にしても丁寧に伏線をはって過程を裏打ちしてくれている。西澤保彦「チープ・トリック」は、アメリカもので、これはこれでバイオレントで本領発揮な作品。特によいと思ったのはその三作で、それに次いで柄刀一作品もなかなか(物理的な難があるが)。柴田よしき作品は、何のためにアリバイを作ろうとしたのか、よく考えてみるとおかしい。
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7月23日 P.D.OUSPENSKY "TALKS WITH A DEVIL"
gulf & western 1972

 ウスペンスキーの刊行した小説は、英語のものとしては、これと自伝的小説(『イワン・オソーキン』)の二冊のみ。「発明家」と「慈悲深い悪魔」という二つの中編から成る。前者はアメリカが舞台で、恋愛に悩む主人公が、新型の拳銃を開発して、大金持ちになるというサクセスストーリー(違うか?)。後者は、インドが舞台で、一人称の語り手と悪魔が対話していて、この悪魔は、人間を物質に閉じ込めようとして、唯物論を広めて回っている。インドに赴任しているイギリス駐在員のレスリーは、インドの深遠な哲学に感銘を受け、さまざまな本を読み、ヨギ(ヨガ行者)にヨガの真理について質問し問答する。ヨガによって得られると聞く超能力の証拠を見せてくれと要求するレスリーに対して、ヨギは、そのようなものを願っている心では修行の道に入れないとさとす。レスリーは、ヨギの答えに半信半疑で、一人になっても考え込むが、イギリスに帰ってからは、そういう教えを忘れ、唯物論的に、すっかり悪魔の支配下に入っていたという話。
この話の面白いシーンの一つは、レスリーが読書に没頭しているときには、悪魔に姿が見えなくなっているというあたり。
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7月23日 有栖川有栖『幽霊刑事』(講談社)

射殺された刑事が幽霊になり、自分を殺した犯人(目撃しているので誰かはわかっている)をつかまえようと奮闘するうちに、第二の殺人が勃発して……。これは以前の作品でやったことのある××××の趣向ではないか? と前半の事件の背景説明のときに予想したら、結末まできてその予想が当たっていたことを知った……。でもそれは瑣末な点で、全体としては楽しんで読めたし、ミステリとしてよくできていると思った。密室の解法は全然見当がつかず、真相を知らされて驚いた。
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7月24日 森奈津子『西城秀樹のおかげです』(イースト・プレス)

 「お笑いとエロスの短編集」と紹介されていて、その形容は間違ってはいないが、なんかそれだけではとらえられない独特の味わいがあって、巻頭から巻末まで、どれも爆笑ものの作品ばかりで紹介に困る。森奈津子作品を初めて読んだのは『異形コレクション』だが、その後作家の交流の場の掲示板でお会いしたときも、なんか必ず話題が、淫靡だとか変態がどうとか、そういう話題に必ずなるので変な人だなあと思っておりましたが作品を読むとなんか納得。
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7月28日 『「Y」の悲劇』有栖川有栖・篠田真由美・二階堂黎人・法月綸太郎(講談社文庫)

クイーンの名作『Yの悲劇』にオマージュを捧げる、気鋭作家四人による競作集。
期せずして皆、「Y」というダイイング・メッセージを残すという趣向で共通してしまった。これを読むと、本家の『Yの悲劇』はきっと被害者がYというダイイングメッセージを残して死んだのだろうと思いたくなるが、オリジナルのはダイイングメッセージものではないですね。有栖川有栖『月光ゲーム』の副題が『Yの悲劇'88』となっていて、こちらは「Y」のダイイングメッセージなのですが。
法月綸太郎「イコール Yの悲劇」は、長編にすればいいのにと思うくらい、密度が濃い中編でした。二階堂作品の最後の真相は、漢字の書き順としては違うような……。
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7月28日 イドリース・シャー『スーフィー』久松重光訳・国書刊行会
本体価5800円・2000年7月刊

 書物を通じてスーフィーを知るためには最高といってもよい本がとうとう刊行された。イドリース・シャーは数十冊の著書を刊行している(すべてスーフィー関連)が、代表作は最も長大で総決算的な本書("THE SUFIS")なのは衆目の一致するところ。6000円を越える高価な本でも、内容と価値からすれば十分、と思っていたが、完訳でないと知ってがっかり。なんと四章も削られているのだ。訳者は「全体の論旨にあまり影響がないものと判断して割愛した」などと「あとがき」で述べているが、全体の論述はすべて有機的で統一的な連関があるので、削ってよいはずはなかろう。特に「教師と教え」という最後から二つめの章は、全体のクライマックスにあたるところで、これを「全体の論旨に影響がない」とみなして略するのは、まったく理解不能である。

それと、「あとがき」でもことわられていないが、末尾の「スーフィー用語事典」も、原著と突き合わせてみたら、「古典教師」「言語」など13項目も削除・割愛されていることがわかった。どうして勝手に編集して、大事な項目を落とすのかなあ。
原著にはない副題「西欧と極東にかくされたイスラームの神秘」という副題も疑問。そういう内容にふれているところが少しはあるが、全体の主題ではないからだ。「極東」というと普通は日本近辺をさすのだが、本書でいう「極東」は主にインドのことだし。
アラビア語やペルシャ語は、子音のみで表記し、母音をどうつかけるかによって何通りもの読み方を可能にする。それゆえ文学作品にも、世俗的な意味と宗教的な意味の二重性をもつことが多い。有名なわかりやすい例でいえば、スーフィーであったオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』。「美しい女性=サキ」と「酒」の讃歌である外貌を装って、サキが神に、酒が神と出会う恍惚とした体験を意味しているという裏の真の意味がある。
イドリース・シャーはイランのスーフィー教団出身で、本書で展開されている論議は、イデオロギーとしては汎スーフィズムそのもの。禅からフリーメーソン、テンプル騎士団、ダンテの神曲まで皆スーフィーの影響下に見ようとする。

今年は既にウスペンスキー『ターシャム・オルガヌム』という、今世紀最高と言うべき名著が刊行されているので、それには比肩できないが、それを除けば、最近数年間の刊行書としては本書は指折りの名作と言えると思う。アジア全域にまたがる、秘教の流れを総覧できる名著で、お勧めです。
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7月28日 睦月影郎『夢幻魔境の怪人』(イースト・プレス)

今年になって読んだイースト・プレスの本はこれが三冊目だが(前二冊は姫野カオルコ『蕎麦屋の恋』森奈津子『西条秀樹のおかげです』)三冊ともとても面白く最近この会社の文芸出版がアツいと言えるかもしれない。
全編、夢野久作のパロディで構成されていることは、すべての章題が夢野作品でできていることから一目瞭然。文体としても夢野作品をうまく模写している。私は夢野久作は全集をもっているけれど、本書20章の作品のうち、読んだことのあるのはちょうど半分くらいで、元作品がわかるものは、ちゃんとそれに対応した話にみななっていることがわかるので、より楽しめた。
幻想ミステリでもありポルノにもなっていて、なおかつちゃんと夢野パロディないしパスティシュにもなっていて、夢野久作の作家伝にもなっているという、何重ものの構成要件を満たした快作です。
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7月30日 彩湖ジュン『白銀荘の殺人鬼』(カッパノベルス)

正体を推理させるという企画で話題の覆面作家の作品。
文章を書いたのは、私の感触では愛川晶さんですね。このちょっと悪趣味で品のあまりよくないノリからそう推定します。問題は、もう一人の組んだ相手ですが──
ミステリ・ベスト1という手がかりからすると、いろいろ候補はいますが、賞は他にとっていないという作家の範囲で考えるかそうでないかで結構わかれてくる。前者の範囲で考えるなら、麻耶雄嵩さん、二階堂黎人氏くらいしか候補がいなく、前者はどうみても違うだろうから、二階堂氏が有力となる。でも推理作家協会賞をとっているベスト1作家かもしれないから、その範囲で考えると──。鮎川哲也先生も、文春のミステリ・ベスト100の作家別投票で一位をとっておられます。鮎川哲也+愛川晶説はどうでしょうか。この手の叙述トリックは案外船戸与一さんなんかも使っているから、船戸与一+愛川晶かもしれない。

しかし、この作品、サイコな多重人格の殺人鬼が連続殺人をやる動機が納得がいかない。本体人格を殺して、刑務所に入っている間は眠ってればいいなどと語り手の「あたし」は言っているが、自分の利益を考えるなら、刑務所に自分の体が閉じ込められてしまうのは不利益でまずいでしょう、やっぱり。もうちょっとそこの設定は説得力のある動機を設定してほしかった気がする。最後のオチというか仕掛けは事前に読めたので、特に驚きはなかった。
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