読書録/2000年8月
8月3日 麻耶雄嵩『木製の王子』(講談社ノベルス)
内容以前に、書き方が読者に不親切なのが気になった。パズルのようなアリバイ図の提示のしかたがそうだし、「木製の王子」という題名への言及も説明も本文中でないし、他の麻耶作品の知識を、暗黙のうちに前提としていないと理解できない箇所など……。『ウロボロスの基礎論』で評されたように、麻耶は「読者の理解水準を高いところに置いている」というのはあるだろうけど、それと不親切な書き方をするのとはまた別物だという気がする。文中で明示されない部分の豊かさが、作品に奥行きをもたらすのは確かだけど、この作品は非明示部分への依存が特に高く、批評的読解を期待しているとしか思えない。
クイーンの『第八の日』の向こうをはってか、麻耶は閉鎖的宗教的共同体を描くことが多い。しかしその描き方が裏返され、あるいは巧みにずらされているのが、本書の読みどころ。でもやはり書き方の不親切さはマイナス。
8月4日 芦辺拓『和時計の館の殺人』(カッパノベルス)
難解な麻耶作品を読んだ後に、こちらを読むとずっと読みやすくわかりやすいのでホッとする。芦辺版『犬神家の一族』ですね。遺言状が公開されて血の惨劇が幕をあける……。包帯で顔をぐるぐる巻きにした男までしっかり登場しますし。今年は芦辺拓は、はや三作も刊行していますが、三作ともハイレベルです。
8月9日 小森収・編『ベスト・ミステリ論18』(宝島社新書)
ミステリに関する評論を18本集めたアンソロジー。薄い新書版なので、長文評論はなく、短めの解説や、エッセーが中心。こういう企画には、薄い新書は向かない気がする。評論アンソロジーを編むなら、ボリュームのあるものを含めた厚い書物で実現してほしい。それでも、簡単に読めない評論が、一堂に会しているのは、読者としてはありがたいことである。本書に収められた論は読み達者な著者たちによる、深い読解が提示されていて、普通の読書では気づかない視点を提供してくれる。海外ものは、やはり原文と翻訳を突き合わせて論じている若島氏の評論は出色ですね。
私は『本格ミステリーを語ろう!』(原書房)でクリスティの『そして誰もいなくなった』は本格でないと述べているのですが、この若島評論を読んで、その意見は撤回することにしました。あれは叙述トリックを含んだ本格なんですね。翻訳のせいでアンフェアに思えたところは、原文ではフェアな伏線となっているのでした。
8月14日 鯨統一郎『とんち探偵一休さん 金閣寺に密室』(祥伝社ノンノベル)
鯨統一郎のデビュー作『邪馬台国はどこですか?』は、軽っぽすぎてあまり好みではなかったが、これを読んで鯨統一郎への評価はぐんと上がりました。
金閣寺で足利義満が首吊り死体となって発見された。表向きは病死として処理されるが、義満に自殺する動機はない。殺人だとすると、現場は密室状況という不可解な謎に一休さんが挑む。寺社奉行の新右衛門を助手に、おしゃまな娘・茜と三人の名探偵コンビの活躍やいかに!?
一休さんがおなじみの頓智を披露する場面が前半にあるが、それがストーリーに密接な関連をもってくるところが出色。
8月26日 松本清張『小説東京帝国大学』(新潮文庫)
明治期の帝国大学の黎明期に生じた事件を、実録的に書き綴っている。
大雑把には三つの主題があり、ムアヘッドの倫理学事件(動機善なれば弑殺するも可なり)、日露戦争時の開戦論での帝大教授の政府への反乱、そして幸徳秋水などの大逆事件がらみの、南北朝論争である。いずれも科学的立場を通そうとする学者が、明治政府の天皇制護持イデオロギーと衝突して、おのれを曲げざるをえなくなるというストーリーなのは共通している。硬直した東京大学の体質は、この頃に形成されたのだなと実感。
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8月28日 鎌田敏夫『うしろのしょうめんだあれ』(ハルキ・ホラー文庫)
(*以下の感想は、作品の内容に触れているところがあります。)
世間の人は、角川春樹事務所のハルキ文庫は、角川書店の文庫だと思っている人が多いようで、私も二冊出している(文庫版『コミケ殺人事件』『ローウェル城の密室』)けど、角川書店のものだと誤解されることが多い。その誤解に追い打ちをかけるように、角川のホラー文庫と同じようなレーベルのハルキ文庫の、ハルキ・ホラー文庫が誕生した。発足時に全点書き下ろしでたくさん刊行されているから、ホラー読者は追いかけるのが大変だ。
そのうちの一冊。この作家のものを読んだのはこれが初めて。
ホラー小説としては、かなり良い部類なんだろう。盲目のヒロイン佳代子が、逆境にあいつつも耐えてけなげに生きていく姿が素敵である。実の父に強姦されても、実の父をそのために殺す羽目になっても、そのときたっぷり血と脳漿を浴びても、謎のストーカーにつけ回されて、テープで動きを封じられ強姦されても──
明るい希望を捨てちゃだめだということを教えてくれる、前向きな性格を失わない彼女がキュート(謎)であった。
8月29日 ハーバート・リーバーマン『魔性の森』 斎藤伯好訳・角川文庫
書庫の奥から引っ張りだしてきて一読、昭和57年刊となっていて、現在はとっくに絶版になっている本である。なぜこの本を買ったのか?自分でもしばらく忘れていたが、瀬戸川猛資の『夜明けの睡魔』で取り上げられていたから買ったことを思い出した。買ってから十数年ぶりに初めて読む。
先祖伝来の森林の土地を確定する目的をもって、深い森の奥へと入った数名の男女。森林内の地理は、測量士のアルバートしかわからない。しかしアルバートが心臓発作で倒れ、深い森の中に残された彼らは自力で脱出しなければならなくなるが、行けば行くほど深い森の中に迷い込んで……。
延々と森の中をさまよう話であり、長編のほぼ全編がその話である。
一体どういう結末をつけるつもりか?
さっぱり見当がつかず、その興味で最後まで頁を繰った。単に脱出できてめでたしめでたしではつまらないし、全滅して終わってもさほどの感興を催さない。といって殺人や謎がある話でもなく、とにかく森の中をずっとさまよっているので、着地点がさっぱり見えない……と思っていたら、ラストは幻想
小説っぽくなる。
瀬戸川氏の評価を見るとちょっと誉めすぎな気がした。不思議な味わいの小説で、つまらなくはないんですが、さほどの名作とも思えない。迷路の趣向が好きな人にはおすすめ。
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