読書録/2001年3月

3月12日 内田隆三『探偵小説の社会学(岩波書店)

 東大教養学部で社会論を講じる著者の社会学的観点からの探偵小説論。
 学者がミステリを論じるとき、ときどきミステリに関する知識が皆無だったりする例がある。マイケル・イネスの『アップルビイ警部の事件簿』を対訳で出した訳者は、イネスの本の邦訳があること自体を知らずに解説を書いていた。それに比べて、この著者は、ポー、ドイル、クリスティへの系譜と、乱歩や「新青年」の作家のことをちゃんと抑えていて、ミステリに対する俯瞰的な視座をもっている。その点が何より好感がもてた。この著者は、笠井潔の探偵小説論は読んでいるのだろうか。法月綸太郎の名前は一度だけ言及されるが、笠井の名は本書の中には出てこない。それでいて、大戦の衝撃が探偵小説を決定的に変容させたとする論や、都市の発達とミステリの関係の論など、笠井の論と相似性がかなりある。黒岩涙香の「無惨」についても詳細に分析されている。クリスティの童謡殺人の解析もなかなか面白い。

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3月13日 P.D.OUSPENSKY"THE FOURTH WAY" (VINTAGE)

 この本を購入したのは十年以上前で、完訳すれば2000枚は超えようかという大冊である。既にだいぶ前に、興味のある章を中心に過半は通読していたのだが、このたびあらためて通読。
 ウスペンスキーの没後刊行された講義録集成。著書に比べると、密度は薄く、論の展開もやや散漫な印象を与えるが、元は質疑応答の講義を文字に起こしたものだから、書かれたものとは異なっているのは当たり前である。この本以外にもウスペンスキーの講義録は何冊か刊行されているが、後から刊行されたものは、質問者にも固有名詞が与えられている。その方がわかりやすい気がする。この本では単にQとのみ書かれている質問者が、どういう人なのかわからないよりわかった方が読みやすさが増すと思うからである。『ターシャム・オルガヌム』や『新しい宇宙像』を読んだときに覚える、新しい世界がひらけてくるような、わくわくする展望が、この本からはあまり得られない。
 グルジェフが何度も強調した「人間は機械である。人間に自由意志はない」という思想が何度も強調され、閉塞感のようなものがずっと底流に流れている。
 全16章から成り、最後の16章めが、ニーチェ思想と関連の深い(永劫)回帰論をやっていて興味深かった。15章は、新約聖書の秘儀的解釈で、これも『新しい宇宙像』と関連が深い。8章から9章の、食物ダイアグラムや宇宙論のあたりが一番難解で、なかなか十全には理解しがたい。1章の「多数の私」論は、『人間に可能な進化の心理学』から直結する内容である。
 否定的感情、人格と本質、スクール、三の法則と七の法則、センターの働き、等々、『奇蹟を求めて』で展開されたテーマと密接に結びついた講義録。ウスペンスキー思想を読み解く上できわめて重要な位置を本書が占めるのは間違いない。

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3月20日 小野不由美『黒祠の島』(祥伝社ノンノベル)

 私立探偵の式部は、一緒に働いていたノンフィクション作家の葛城志保が、行方をくらましていた後を追って、彼女の故郷の〈夜叉島〉にたどり着く。その島に彼女は連れの女性とともに船で渡ったのは確実だが、その後の足どりが途絶えている。島に渡り、彼女の写真を見せてまわると、島の人たちは明らかに何かを隠している様子である。奇妙な因習に支配されたこの島で、一体何があったのか──?
 二階堂黎人氏が推理小説を〈捜査型〉と〈推理型〉に分けているけれど、これは分類としては明らかに〈捜査型〉の小説で、その意味では、本格ジャンルからは少しはずれる。ジャンル分類的に本格に入るかどうかは見方が分かれるだろうが、ど真ん中の本格ではない。解決篇は、インパクトがあったけれど、人物像が少しおさまりが悪い気もした。

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3月21日 村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫・全三冊)

 初刊時には、第一部・泥棒かささぎ編と第二部・予言する鳥編が同時刊行され、それで完結していると思われて書評もいろいろ出たのだが、翌年第三部の「鳥刺し男」編が刊行されて、読者を驚かせる趣向になっていた。主人公は例によって語り手の「僕」。しかし、今までの村上作品の「僕」とは違い、オカダ・トオルという名をもち、〈ねじまき鳥〉とあだ名され、妻に食べさせてもらっている無職の男である。

 僕に話を聞かせる間宮という老人は、ノモンハン事変を経て満州での激戦をくぐりぬけ、片手を失って日本に戻ってきた元・日本軍兵士。モンゴル地区で捕らえられ、残虐なロシア兵が同僚の皮を剥ぐという残忍な処刑を見せられ、その後井戸に閉じ込められる。脱出不可能な井戸の中で間宮は、不思議な光の啓示のようなものを体験する。その後生きのびた彼には、奇蹟のしるしのあざのようなものが顔に現れる。妻に出て行かれて途方にくれた「僕」は、隣りの井戸に籠もって、間宮と同じ経験をしてみようと試みるが、近所に住む謎めいた少女笠原メイが、井戸の梯子を外し、ふたを閉めてしまう──
第二部まで読んだ限りでは、主人公にかかわる数人の女性──妻のクミコ、笠原メイ、加納マルタ、加納クレタ、猥褻な電話をかけてくる謎の女性──がそれぞれどういう役割をもっているのか、はっきり見定められず、散漫な印象を与える。第三部にいたって、物語のダイナミズムが増すが、最後まで読んでもどことなる散漫な感じはぬぐえない。しかし、独特の引き込まれるような文章の冴えは健在で、村上春樹の文体に心地よく身を任して読み進めることができる。

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3月25日 笠井潔『ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?──探偵小説の再定義』(早川書房)

 ミステリマガジンに30回にわたって連載された評論をまとめたもの。私が「鳩よ!」に寄稿したミステリマップが、巻末に付録として再録されている。「このミステリーがすごい」の匿名座談会に対する批判も、そのまま収録されているので、参考資料としては、その座談会も併録されていれば、なお親切な気もしたが、さすがにそれは無理な注文か。
 中盤の都筑道夫と島田荘司のミステリー論を比較しつつ捉え返す論は、啓発的だった。現在も連載中で、いまクイーンの初期作品の検討へと議題が移行しているが、本書の五章「複製芸術と探偵小説」のところから一貫した論議の流れがあり、新時代の流れを追いつつ、古典に立ち返って本格という形式を再考する姿勢で一貫している。

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3月26日 黒岩涙香『捨小舟』(扶桑堂)(明治28年11月初刊)

 明治に刊行された、涙香の翻案ものでも比較的長めの一編。原作は、貸本の女王との異名をもったブラッドン夫人の"DIAVOLA"。終局近くになって登場する巴里の名探偵の重鬢[じゅうびん]先生とは、他ならぬポオの生んだオーギュスト・デュパンのことで、これは実は、笠井潔に先駆けた『デュパン第四の事件』なのです。
 典型的な悪人の皮林育堂が、数々の悪事を働くが、貞節な侯爵夫人・園枝に、不貞の罪を着せようとして、侯爵が大怪我をしたと偽り、馬車に乗せて、古塔に連れ込む。しかし、それ以上は何もせず、翌朝には園枝を返し、一晩外泊したのだから、もうあなたが貞節とは誰も信じまいと哄笑する。はたして侯爵の激怒を買い、園枝が弁明しても通じず彼女は家を追い出されてしまう。しかし、このやりかたは、皮林自身が、侯爵の憎む敵になるので、実はあまりうまいやりかたではない気がしなくもない。
 大時代がかった人情小説だが、探偵小説の要素もあり、悪人たちの活躍ぶりがひときわ光る長編。

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3月29日 笠井潔・編『八ヶ岳「雪密室」の謎』(原書房)

 ミステリ作家たちが集うスキーツアーで、実際の密室事件が勃発した実話をもとにつくられた企画本。貫井徳郎・桐野夏生といった、これまで原書房の企画本には参加していなかった作家が加わっているのも一つの特色と言えるか。前半と後半で大きく分かれ、実際にスキーツアーに参加した人たちの証言による問題編と、参加していないミステリ作家による解決編とから成る。
 問題編では、布施謙一氏の手記の部分が、他より読みづらく感じた。作家でなく編集者の文章だから書き慣れていない面があるかもしれないが、三人称多視点の書き方がなされていて、文中では本人の布施も三人称で語られるという文章形式が主因かと思う。
 解決編では、柄刀氏の解決編は、〈ああやっぱりのそう思うよね〉の解決案。斎藤肇氏の解決が、中ではベストだと思った。このトリック、フィクションのミステリで充分使えるような気が。

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3月31日 コリン・ウィルソン『驚異の超能力者たち』木村一郎訳・学研

 1976年に刊行された、学研の「超常世界への挑戦シリーズ」叢書の第一巻。コリン・ウィルソンの邦訳本の中でも、最も入手しづらい一冊かも。ネット古書店で3500円で買ったが、元の定価は980円。子ども向けのつくりを狙ったのか、大判で、カラー挿絵がふんだんにあり、漢字が全ルビである。
 第一章「未知の力」は、ウィルソン自身が研究書も書いているユリ・ゲラーの話から入り、ウィルソン自身が、ゲラーにテレパシー能力があることを確かめた実験の話などが出ている。第二章「支配欲」は、ファウスト伝説などを取り上げて、超常能力をもつ人々が一方で強い性欲や支配欲をもち、悪用していくうちに没落した類例をたどる。

 四章から七章までは、中世から近代にかけての注目すべき超能力者・魔術師・霊能者等を時代順に追う。メスメル、サン=ジェルマン、パラケルスス、カリョストロ、ジョン・ディー、エリファス・レヴィ、ブラバツキー夫人、メイザース、クロウリー、ラスプーチン、グルジェフ、ダイアン・フォーチュンと、大体他のウィルソンの本でも詳しく取り上げて論じられている人ばかりなので、簡単な概説書というところだろう。

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3月31日 コリン・ウィルソン『神秘と怪奇』安田洋平訳・学研

1977年に刊行された「超常世界への挑戦シリーズ」叢書の第九巻。体裁やつくりは、前の『驚異の超能力者たち』と同じ。これも入手困難な一冊。
こちらは、後に『世界不思議百科』(青土社)としてまとめられる、不思議現象の概説書のようなもの。バミューダ海域の謎の本を最初に著したのは、バーリッツ語学専門学校の創始者・バーリッツであった。レスブリッジの40インチまでの反応範囲の話は、中でも面白いが、これはたしかウィルソンの『ミステリーズ』(工作舎)で詳述されていた話。

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