読書録/2001年4月
4月2日 スティーヴン・キング『ジェラルドのゲーム』二宮磬訳・文藝春秋
ヒッチコック監督の映画「ロープ」は、全編ワンカットという実験的な作品であった。それに似て、本作も、全編ワンカットに近い狭い舞台で、登場人物も一人だけという、かなり前衛的なことをやっている。(ただし、最後の方は違うが)
ジェシーの夫ジェラルドは、サディスティックな遊戯を好み、妻のジェシーに本物の手錠をはめてベッドにくくりつけた。そこでジェラルドが心臓発作で急死し、ジェシーは一人ベッドに取り残されてしまう。周囲何マイルも人のいないところなので、叫びをあげても届かない。飢えた野犬が紛れ込んできた。ジェシーの必死のサバイバルが始まる……。
「ロープ」も実験作としては面白いけれども、話としてついていくのは、ちょっとしんどい面があったのと同様、この作品も、たった一人の登場人物で長編の大半をもたせるのがちょっと読んでてしんどい。手首を切って脱出しようとするあたりの出血は、いかにも痛そうで読んでて辛かった。
4月5日 田口ランディ『コンセント』(幻冬舎)
長年にわたるひきこもりの末、部屋で衰弱死した兄をもつ著者が、実体験をもとに書いた小説、という前評判を聞いていたので、ひきこもりという社会的問題をテーマにした小説かと予断をもっていたが、実際に読んでみると、それとはかなり印象の違う小説だった。
四十になる兄がひきこもりの末部屋で消耗死をとげる。主人公の妹は、兄が残した「コンセント」という言葉を考え続けるうち、ときどき兄の幽霊が見えるようになり、精神的に悩まされて精神治療を受けに通うが、やがて霊的な覚醒が訪れて、世界のあらゆる波長がどんどん感受できるようになっていく。自分にシャーマンの資質があったことを彼女は悟るにいたり──
村上春樹や村上龍が、現代の中でもっとも鋭敏なアンテナをもつ文学者たりえるのは、両者ともある種のスピリチュアルな感性を持っている面が大きく、田口のこの本もその感性を研ぎ澄ました、鋭敏で現代的な一作と言える。ただ、行き着く先がセックスか暴力か自閉か霊的交信か──どれも行き詰まりには違いなく、袋小路を打破するヴィジョンが出されていないのが物足りない。
4月6日 小池真理子『夜ごとの闇の奥底で』(新潮文庫)
スティーヴン・キングの傑作ホラー『シャイニング』へのオマージュめいた、閉ざされた雪の山荘での高まりゆく狂気との戦いを描いた、ホラーサスペンス長編。
『シャイニング』より物語の筋に工夫が凝らされていると思えた点は、山荘の父娘のドラマと、そこにたどりつく青年をめぐる別の緊迫したドラマが二重構成として絡みあうつくりのところ。主人公の青年は、子どもの頃の過失で、妹の指を切断させる怪我を負わせた過去がある。それ以来妹はずっと引っ込み思案となり、兄は責任を感じてずっと妹をかばい続けてきた。その妹の初めての恋人の男性が実は多くの女性をたぶらかす漁食家だった。妹が、自分をだましてきた男に向けた銃が発射され、兄は妹を殺人容疑から免れさせるために、自ら兇器の銃を山に捨てに行く最中に事故を起こしてしまい、謎めいたペンションの娘に助けられて運ばれる。実はそのペンションのオーナーには、狂気が巣くっていた。
狂気の描き方の奥行きとか厚みでは、比べればキングに軍配があがる。本作の狂気の描かれ方は、やや類型的な感があるので。それでもキングに挑戦してかなりの成果をおさめた佳品と言える。
4月7日 ディヴィッド・リンゼイ『アルクトゥールスへの旅』中村保男・中村正明訳(サンリオSF文庫)
100頁以上読んでつまらなく思える本は、最後まで読んでも印象が変わることは滅多にない。にもかかわらず、一昨年に読んだリンゼイの『憑かれた女』は、全体の四分の三を読んだ時点でも、つまらなくて退屈に思えていたのに、最後まで読むと印象はまったく激変した不思議な本だった。一昨年自分が読んだ本の中ではベストにあげてしまったくらいだし、それまでつまらなく冗長に思えていた前半の筋展開もすべて有機的に意味があると思えた。リンゼイの処女作にして代表作たる本書も、それと同じ読後感がある。
降霊会のシーンから幕をあけ、主人公のマスカルは、別の星アルクトゥールスへ旅たつ。その奇怪な異世界で、マスカルは心臓から触手が生え、目を三つもつ。不思議な女性(女精?)に次々と会い、誘惑を受けたり、難題をふられたりするのに次々と遭遇していく。マスカルという名前は、仮面という人格の象徴で、ある意味、この物語は、真の自己を探し求める旅と見られる。コーパングという男がマスカルに三つの知覚を教える。「存在はフェイスニーの世界であり、関係はアムフューズの、感情はサールの世界である」(325頁)。
コリン・ウィルソンが称揚したので、日本でも名が知られるようになったリンゼイ。ウィルソンは、『文学の可能性』と『わが青春 わが読書』で、リンゼイに一章を割いているし、『右脳の冒険』でもかなりリンゼイの話が出てくるし、短い長編評論『デヴィッド・リンゼイ──不思議な天才』(邦訳は『憑かれた女』所収)というのも書いているほどで(内容は重なりが多い)リンゼイに割いた枚数は相当のものである。リンゼイがほとんど知名度のない作家であることを考えれば、異例とも言えるまでの重視ぶりである。たしかにその著書は、ウィルソンのいうとおり、書き方が拙劣という欠点がありつつも、偉大なヴィジョンを伝えてくれる第一級の文学作品である。
4月13日 宮部みゆき『模倣犯』(上下)(小学館)
今年になって読んだ本で、キングの『スタンド』、トルストイの『アンナ・カレーニナ』は長かったが、この『模倣犯』は、それ以上に長い。上下巻とも二段組で700頁を越える分厚さである。内容は、厚さに負けないだけの充実感と面白さ。
連続殺人事件を主題として全体は三部構成になっている。一部は主に被害者の視点、二部は加害者からの視点で描き、三部は、一応犯人の死亡で終わったかに見えた事件のその後の展開を、マスコミの狂騒曲や、警察の捜査や、素人探偵たちの推理や、関係者の証言・再構成を通して追う。
ジャンルとして本格ミステリにはならないが、三部の推理と再構成のところなど、本格的な推理ものに近いテイストもある。探偵役の一人の「建築士」はやたらにかっこいい。一部→三部→二部の順にしたら、本格ものにもっと近づいたのではないか、とか、二部まではあだ名のみで登場し、三部で本名で登場する真犯人を、もっと隠蔽して、三部の犯人探しの中で追求していけば本格ものになったのでは、ということも本格ジャンルとの関わりで考えた。ただ、小説としてそうした方がベターだったというわけではないのだが。しかし、事件そのものは、警察の捜査によって、早晩犯人は突き止められたろうと思われるので、犯人の防衛策は甘いというか杜撰という気もする。この小説がこれだけ長くなっているのは、事件解決の難度が高いためではなく、事件にかかわったり巻き込まれた大勢の人物たちの多種多様なドラマを描き込んでいるからだ。
残酷な連続殺人者を描いて、たっぷりダークな世界に浸れて、一方で、解放感とか救いも感じられるところもある。現代の悪を活写している、というような月並みな形容でもとらえられるようになっている反面、それにおさまりきらない黒々としたものをさらけだしてもいる。
4月17日 ニコス・カザンツァキ『アシジの貧者』清水茂訳・みすず書房
『その男ゾルバ』や『キリスト最後のこころみ』(映画題では「最後の誘惑」)で有名なギリシャの作家・カザンザキスの晩年の力作。眼疾を患い闘病生活の中で書き上げられた本書を完成後まもなくカザンザキスは没している。これはギリシャ語でなくフランス語で書かれたもの。
中世キリスト教の聖者の中で、たぶん一番有名なのは、本書の主人公、アシジの聖フランチェスコだろう。本書の語り手は、フランチェスコの最初の弟子レオーネ。元は放蕩息子だったフランチェスコは、神の啓示を得て回心し、所有物をすべて放棄して路上で踊り始めたという。父親や婚約者の女性は、フランチェスコの心変わりを驚き嘆くが、やがて敬虔なフランチェスコに徐々に感服させられていく……。
晩年の作品なせいもあってか、それまでのカザンザキスの作品ほど物語に覇気がなく、筋展開もダイナミズムに乏しい。『最後の誘惑』や『キリストは再び十字架に』では、主人公のキリストやマリオの、聖俗の葛藤が、物語に鋭い緊張感をつくりだしていたが、それに比べて、本書のフランチェスコは、すっかり聖者一色である。
カザンザキスのファンなら読むべき一冊だけど、優先順位は後でよいかと思う。
4月19日 宮部みゆき『鳩笛草』(光文社文庫)
超能力者の女性を主人公にした三つの中短編からなる。そのうちの「燔祭」は、『クロスファイア』につながる青木淳子の登場する物語。念力発火する少女というと、能力の設定はキング『ファイアスターター』のチャーリーそのままである。表題作の「鳩笛草」も、心を読むリーディング能力をもつ女性警察官が主人公だが、力の使いすぎで、顔の感覚がなくなっていくあたりは、『ファイアスターター』に出てくるチャーリーの父親と非常に似ている。チャーリーの父親は、「押す」力を使うことで、だんだんと消耗していく。こちらもキング作品が発想の原点にはあるようだ。
4月22日 宮部みゆき『クロスファイア』(上下)光文社カッパノベルス
今月は宮部みゆき強化月間……ってわけでもないが、宮部読書がつづく。
「燔祭」に続いて、念力発火能力をもつ青木淳子を主人公とするサスペンス長編。
キングの『ファイアスターター』の主人公チャーリーは、〈店(ショップ)〉に追われ続ける立場だったが、青木淳子は、積極的に悪を抹殺することに自分の能力を使おうとする。しかし、マルチ商法の勧誘をしてくる女性を巻き添え的に焼殺するあたりから、賛同も共感もしにくくなっていき、物語は破局の方向に進むことを予感させる……。キャラクターを描くのは本当に巧く、異能者・青木淳子の愛と哀しみがありありと実感できる。
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