読書録/2001年11月
11月8日 黒岩涙香『決闘の果』(大川屋・大正六年)
原作はデュ・ボアゴベの『決闘の果』。ボアゴベの十数編ある翻案のうち、唯一原題をそのまま訳している涙香の作品。涙香作品の中ではそれほど取り上げられていないような気がするが、冒頭から物語に引き込む力は抜群。
美しい令嬢・森山をめぐって、桑柳と本多が決闘することになった。桑柳の介添人として大谷長寿は医師・小林とともに決闘に立ち会う。結果は桑柳が胸を射抜かれて敗北死する。死ぬ直前桑柳は、「森山が本当に愛していたのは君だ」と大谷に告げて絶命する。別に思い人がいる大谷はそう告げられて困惑する。桑柳の胸ポケットにしまわれていた彼の書置には、「わが遺言状は○の中にあり」と書かれていたが、その○の部分が弾丸に射抜かれて読めなくなっていた。彼が残した遺言状はどこにしまわれていたのか? 一方、決闘場を探索していた小林は、桑柳が撃った弾丸が、木製のもので飛ばずに地面に落ちていたのを見つける。決闘前の銃の弾こめの際に、本多側の誰かが不正をして桑柳の弾をとばない木製のものに替えたのだ。ならばこれは殺人である。小林は、このことを警察にも大谷にも告げず、独自に捜査して動かぬ証拠を得ようとする──一方、大谷の思い人である春山未亡人は、何やら心配事があるようだった──
一応犯人探しもあり、宝探しの興味もあり、楽しい冒険活劇にもなっている。
11月12日 柳広司『饗宴』(原書房)
古代ギリシャを舞台に、ソクラテスを探偵役としたミステリ。設定としては面白いが、ギリシャ語の使われ方がところどころおかしいと感じる。特にロゴスが気になる。ハイデガーの『形而上学入門』(理想社)によれば、「もともと言葉という意味がなかったロゴスという言葉が、後に、言うこと、言葉という意味へと変わった」とあるので、ソクラテスの時代におけるロゴスに「言葉」とルビをふるのは、首をかしげるところ。哲学(フィロソフィア)において探索されるべき真理も、ギリシャ語では、アレテイアなので、若干注意が必要。ハイデガーは「非隠蔽性」と訳しているが、直訳すれば「非(ア)+忘却(レーテー)性」となるので、ピタゴラスの教えと合致した言葉といえる。
11月12日 東野圭吾『超・殺人事件』(新潮社)
『名探偵の掟』『名探偵の呪縛』と、本格ミステリのジャンルを逆手にとった、パロディ路線に位置する作品といえようか。一番おかしかったのは、巻頭の「超税金対策殺人事件」。なるほど、(人気)作家はこういう涙ぐましい努力をして、税金を軽減しようと苦闘しているわけですね。「超理系殺人事件」も風刺がぴりっと利いていてグッド。「超犯人当て小説殺人事件」もまた、叙述トリックを逆手にとった、作中作構成のアイデアが光る。全体を通して軽く楽しく読み通せた。
11月12日 宮田昇『戦後「翻訳」風雲録』(本の雑誌社)
「翻訳者が神々だった時代」と副題にある。ハヤカワミステリの編集に関与し、タトル商会で翻訳権業務に携わってきた著者が知る、戦後の翻訳家たちの実像描写。海外ミステリに親しんできた者にとっては、宇野利泰、鮎川信夫、高橋豊、田村隆一、清水俊二といった翻訳家たちはなじみに違いない。花嫁がいないのに披露宴の招待状を出した田村隆一のエピソードを見ると、かなりとんでもない人物だったのだろうと思わせる。クリスティの翻訳書の中でも、誤訳を多く指摘されているだけに、田村が多くクリスティを訳したのは不幸な気もした。予告して自殺を遂げた田中融二のエピソードはなかなか壮絶。
11月13日 "THE LIFE OF MARPA THE TRANSLATOR"
by Tsang Nyon Heruka, SHMABHALA PRESS 1986
先月ナロパ伝を読んだので、その弟子となるマルパ伝を読んだら、まったくその続編のような味わいだった。出版社が同じだが、書き手はチベットの僧侶で、ナロパ伝とは著者は違う。
マルパ(1012〜1098?)は、インドに三度の長旅をして、インドの古典語サンスクリット語をマスターし、チベットに多くの仏典を訳出したことで「訳経法師」との異名をもつ。このチベットで書き記されたマルパ伝は、インドへの旅の記録が三章と、マルパの教えと、大きく四つの節から成る。マルパは、若い頃からすぐれた仏典理解をもつ学者として頭角を現すが、真の仏道を成就するには、インドに行って師のもとで学ばなければならないとさとされて、同志のニャウと一緒にインドへと旅立つ。途中で、色々な評判の師匠の話を聞いて、ニャウとマロパは袂を分かつ。マルパが弟子入りしたのは、ティロパ大師から教えを授かったナロパだった。マルパはナロパの元で数年間学び、マイトリーパ師からもタントラ道を教わる。チベットに帰る途中で再びニャウと再会し、互いにインドで学んだことを披露しあうが、ニャウはマロパの方が深く仏道を学んでいたことを知り、マルパに嫉妬する。彼はマルパを罠にかけ、マルパがインドからチベットに運ぼうとしていた仏典の数々を湖に放り捨ててしまう。マルパは自分が長旅の末に苦労して運んできた仏典をなくしたことで悲嘆にくれるが、平常心を失うことはなかった。
やがてマルパのもとには、ミラレパという後の偉大な師となる修行者が弟子入りするようになる。マルパは、ミラレパを数年間指導した後、再びインドに赴き、ナロパの元で学ぶ。三回目のインドでの旅は最も長く、マルパのインド滞在は十四年に及んだ。ナロパから最後の奥義までも学び尽くしたマルパはチベットに戻り、多くの門下生を指導していた。マルパは結婚し、何人かの子どもを設ける。子どもの一人タルマ・ドーデは、落馬で頭を割り、医者も見放すほどの重傷を負う。マルパは、ナロパの元で学んだ意識を飛翔させる術を、息子のドーデにさとし、ドーデの命を救う。マルパの門下からは、偉大な仏師が多数輩出し、チベット仏教の隆盛をもたらした。その偉大な生涯の記録と教えを、初めて英訳したのが本書である。チベット密教に興味がある向きには、必読といってよい文献である。
11月23日 『ハーフィズ詩集』黒柳恒男訳・東洋文庫(平凡社)
ハーフィズといえば、ペルシャ文学史上もっとも有名な詩人の一人。ゲーテの「西東詩集」は、ハーフィズの詩のドイツ語訳を読んだことに触発されている。スーフィーの詩人として本国ペルシャでの知名度は、『ルバイヤート』のオマール・ハイヤームをしのぐ。
ハーフィズという名は、神の秘密の保持者、暗記者という意味があるらしい。ハイヤームの『ルバイヤート』は、表面的に読むと、酒を飲むことを讃え、俗世間の讃歌といったおもむきであるが、サーキ(酌姫)は神の比喩、ワインは神の体験の甘美さを比喩しているとスーフィズムの解釈ではされている。ハーフィズの詩にも同様の二重性がこめられている。
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