読書録/2002年2月

2月2日 『「ABC」殺人事件』(講談社文庫)

『「Y」の悲劇』につづく、過去の 名作ミステリを題名にした、人気作家書き下ろしによる、競作中編集。本書で競作しているのは、有栖川有栖、恩田陸、加納朋子、貫井徳郎、法月綸太郎の諸氏。

 同一テーマで競作しているだけに、この中でどの作品がよいとかつい比較したくなる気もするが、それはさておき。
 巻頭の有栖川有栖作品を読んで感動したのは、本当に正面から「ABC殺人事件」をやろうとしていること。堂々と真っ向からそのテーマに挑んでいく心意気に感じいる次第。ABCの名をもつ猫が順々に殺されていく事件を描く加納作品が、有栖川作品についで、もっとも「ABC」テーマに沿った路線。あとの作品は、ミッシングリンクテーマないし、不可解な連続事件という、広い意味での「ABC」テーマ。

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2月10日 EDMUND WILSON "CLASSICS AND COMMERCIALS" VINTAGE 1962

 「誰がアクロイドを殺そうが」 で探偵小説否定論を開陳したことで有名なエドマンド・ウィルソンの評論集"CLASSICS & COMMERCIALS"を入手しました。笠井潔さんの『探偵小説の構造』にウィルソンとカフカを結びつけた言及があったのを見て、ウィルソンにカフカ論があったような気がして調べたところ、上の評論集に収録されているのを見つけた。カフカ論の他に、探偵小説を否定する「誰がアクロイド〜」三部作も含めた大部の文芸評論が載っているので注文購入したものです。
 笑ったのは、誰がアクロイドを殺そうが、とまったく同じような論調でカフカをほぼ全否定しているところ。なぜカフカが今日こんなにもてはやされるのか? カフカ文学の内実は、まったく空虚ではないか?とウィルソンは否定的に述べています。
 「誰がアクロイドを殺そうが」の一つ前の探偵小説論「人はなぜ探偵小説を読むのか?」では、レックス・スタウト、クリスティ、ハメットなどを取り上げて、否定しています。ポオとディケンズとドイルが完成させた探偵小説は、その後退化しただけ、と述べて、19世紀作家をもちあげ、20世紀探偵作家はほぼ全否定。しかし、第一次世界大戦後に探偵小説がはやりだしたのにはそれなりの理由があると、末尾で分析していて、そこは笠井さんとの「大量死理論」との連関が興味深い。不安の時代、戦争の時代において、その不安と不幸をもたらす責任主体が見えない状況にわれわれはいる。その時代の気分にフィットし、犯行の責任主体が明確にあばかれる探偵小説が流行しているのだ、とウィルソンは分析しています。
 私が入手したペーパーバック版は1962年刊。しかし元本のハードカバーは1950年に出ているようです。全体の論旨にはほぼ賛同できないところばかりなのですが、文芸評論の一つの定点を示す上で、翻訳に値する論集だという気がしますね。ハクスレー論やサルトル論や、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」のケイン論もあり。

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2月15日  伊藤秀雄『明治の探偵小説』(双葉文庫)

 双葉社から刊行されている日本推理作家協会賞シリーズは、小説よりも評論書の入手しづらいのが文庫化してくれるのがありがたい。といっても、この本は著者の伊藤氏から贈呈していただいた。黒岩涙香の原作リストに関して、私が調査して新たに発見したものなど、この文庫版において増補改訂が加えられている。涙香に興味がある向きには是非ごらんいただきたく思う次第。しかし、伊藤さんの記述は、他の著書と同じような記述の重複が結構あるなあ。

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2月27日 『トルストイ全集第18巻 日記・書簡』中村融訳(河出書房)

 トルストイの日記と書簡を訳したものだが、完訳ではなく抄録になっている。
 読んだ本のメモが大量にあり、孔子や老子に感嘆したり、自分でショーペンハウアー著作集を訳出刊行しようとしている記述などがある。ツルゲーネフとは会う度に喧嘩をしていて「虚栄心の強いやつだ」と書いている。後進の作家たちとしてゴーリキー、アルツイバーシェフ、アンドレーエフの名を挙げているが、どれも最近の嘆かわしい文学傾向にあると述べている。ニーチェの『ツァラトゥストラ』を原語で読んでいて、狂人の書物だと斥けている。チェーホフの生命讃歌的な文学作品を「まったくニーチェではないか」と感想を述べていたりするが、これはトルストイの貶し評価なのだろう。「日記」の他に家族に隠していた「秘密の日記」があり、「日記」では語られない本音が語られているのが面白い。さらに「自分一人だけの日記」というのがあったりする。
 書簡集では、ロシアの文学関係者のみならず、マハトマ・ガンジー、ロマン・ロラン、バーナード・ショーといった人々への手紙もあり、当時の文化状況を知る上で貴重である。

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2月28日 A.R.ORAGE "ON LOVE & PSYCHOLOGICAL ESSAYS" SAMUEL WEISER,1998

 オレージ(1873--1934)は、20世紀前半のイギリスの文学史ではかなりのビッグネームというべき編集者である。チェスタトンのエッセーにしばしば登場することからもうかがえるように、オレージはチェスタトンが最も親しくしていた文芸編集者であり、T.S.エリオットやエズラ・パウンドは、本書の著者紹介によれば、「この時代の最も鋭敏な知性をもった編集者」とオレージのことを評していたそうだ。彼が編集長を勤めていた「ニューエイジ」の書き手は、チェスタトン、バーナード・ショー、H.G.ウェルズ、アーノルド・ベネットといった錚々たる当時の一流文学者が並び、21歳の若さのキャサリン・マンスフィールドを発掘してデビューさせ一流作家に育てたのもオレージである。アメリカの若き美術評論家ライト(ヴァン・ダイン)を「ニューエイジ」誌上に寄稿させてイギリスに紹介したのもまたオレージである。
 彼は神智学協会の会員であり、ロシア革命前にイギリスにウスペンスキーを講演に招いたのもオレージである。ロシア革命後イギリスに逃れてきたウスペンスキーのもとでしばらく学ぶが、やがてウスペンスキーを離れ、文芸職を捨てフランスに本拠をおくグルジェフのもとに弟子入りする。ウスペンスキー離脱後のグルジェフ活動で最大の主要弟子だったのがオレージであり、アメリカでのグルジェフ活動を主宰するようになり、今日ではオレージの名はイギリスでは文芸編集者として、アメリカではある種のスピリチュアル・グルとして、まったく違った形で記憶されているという。

 本書は1998年にまとめられた、オレージの心理学関係の主要書の"ON LOVE"と"PSYCHOLOGICAL ESSAYS"の二冊を合本にしたもの。オレージ自身の著作は、ニーチェ研究書が二冊あるけれども、グルジェフの弟子としてのまとまった大著はなく、本書がほぼ主要著作をカバーしていると言ってよい。
 文芸史の観点から興味深いのは、死の直前の「キャサリン・マンスフィールドとの対話」。グルジェフのもとで彼女は33歳の若さで世を去るのであるが、その直前に、元の担当編集者であったオレージと、「まったく新しい文学の構想とヴィジョンを得た」として、マンスフィールドはとくとくとオレージにそのアイディアを語っている。霊感を得たかのように、マンスフィールドは恍惚と幸せそうだったという。マンスフィールドの言葉の中に「私に小説を教えてくれたフィルポッツ先生」とあって、意外なところで、イギリスの文壇のつながりを発見した。もちろん『赤毛のレドメイン家」の作者である、あの田園小説の書き手なのだろう。

「愛について」という巻頭の論文では「三種類の愛がある──本能的愛、感情的愛、意識的愛だ」としてその三種類の愛について教えている。アフォリズム集の中には卓抜な『バガヴァッド・ギーター』解釈があり、クリシュナはアルジュナの真我であるとしている。

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