読書録/2002年4月

4月2日 西澤保彦『聯愁殺』(原書房)

  この西澤の新作書き下ろし長編は、またしても『毒入りチョコレート事件』に 挑戦したかとおぼしき、ディスカッション主体の千変万化する推理もの。ホワ イダニットものとしてすぐれている。ラストの真相は、最初はアンフェアでは ないかと思ったが、最初から読み返してみてアンフェアではないと確認した。 ただ、中盤の推理の過程、根拠からの演繹的推理と、欠落を補うための想像 (創造ないし妄想?)の両者の比率で、もう少し前者が多い方がいいのになあと 思った。

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4月3日 笠井潔『探偵小説論序説』(光文社)

 笠井潔の数ある探偵小説論の中でも最も体系的な著作で、彼の探偵小説論の中 での代表作に数えられるだろう。エドマンド・ウィルソンのカフカ論の話は、 私が指摘したところは少しだけ書き直されていました。
しかしこの本の中で興味をひきつけられたのは、どちらかというと付論のあた り。特に、フッサール現象学を再照射しているあたり。フッサールは眼の人 だったらしく、何を考えるにしても、「見る」ことに重点を置く。笠井はむし ろ触覚の方が視覚より本源的であるとする。比較の対象としてシャンカラの思 想が想起される。インドの大思想家といわれるシャンカラは、以下のように述 べている。「身体・感覚器官から起きる一連の苦痛は、私のものでもなけれ ば、私でもない。私は不変であるから。なぜなら、この一連の苦痛は実在しな いからである。これはじつに、夢見ている人が見る対象のように、実在しない のである」(岩波文庫『ウパデーシャ・サーハスリー』38頁)。シャンカラが正 しいかは別にして、自分の感じる苦痛ですら「非実在」だとする境地にいられ るなら、独我論は完全に自己完結できると言えるだろう。

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4月4日 笠井潔『外部の思考・思考の外部』(作品社)

 矢吹駆シリーズの新作長編『オイディプス症候群』が刊行されてちょうど話題 になっている時期に、その源流というべき評論書を一読。第一部の「外部そし て他者」は柄谷行人論、第二部「実体そして空虚」はヴェイユ、レヴィナスら をとりあげた個別評論。第三部「エロスそして超越」は吉本隆明論。ただ第三 部の最後の「対幻想とエロティシズム」は、むしろバタイユ思想を論じたもの と言えて、そこに『オイディプス症候群』で論じられた「むきあい」と「なら びみ」の概念が登場している。「外部」という問題にもっとも真摯に取り組ん でいる日本の思想家は、柄谷行人と笠井潔の二人ということになるのだろう。 「外部」はどこにもなくどこにでもあるから「nowhere(非在にして今─こ こ)」と英語でなら名付けられるかもしれない。

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4月5日 高島俊男『漢字と日本人』(文春新書)

 日本語に関する本がよく刊行されているが、カタカナ語の流行を嘆き、漢字の復権を唱える論はよくあって、月並みである。本書は、漢字を受け入れたことが日本語にとって不幸なことだったと説き起こしている点で、類書とは一線を画すユニークさがある。

 以前新聞で読んだ統計によれば、東アジアで英語力を比較調査した統計では日本が最低だったそうだ。やはり日本語の音節の少なさが、音節の多い欧米語の習得を妨げている一因であろう。その分、パソコンでの音声入力で言葉を聞き分けさせてみると、他の言語より日本語の聞き取り率が高いらしい。逆にOCRで印刷活字を取り込むときに、英語ならほぼ読み取れるのに、日本語は文字数が多いために正しく読めない比率がずっと高い。欧米語が音声で分節化した言語なのに対し、日本語が書き文字で分節化した言語であると特徴づけることができる。

 そういった日本語と欧米語の比較や、パソコンと言葉のかかわりを考える上で本書は,絶好の手引き書と言える。特に明治期に西洋の言葉が大量に流入したときに、乱造された漢語が音声を軽視していたために、日本語の混乱と衰弱をもたらしたという指摘は卓見だと思った。
「平安女流文学」のことを「女が情緒を牛のよだれのごとくメリもハリもなくだらだらと書きつらねたもの」(118頁)と評するあたりや、次のような評など過激ともとれる。「漢語は語の形が変化しない。英語や日本語は変化する。特に英語は変化がデタラメである。日本語は英語ほどデタラメではないが、そのかわり変化がめまぐるしい」(55頁)

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4月8日 西澤保彦『異邦人fusion』(集英社)

 23年昔にタイムスリップした主人公は、自分の父親が間もなく殺された日であ ることに気づき、父の殺害をくい止めようとするが……。
いくつかの西澤作品で用いられたテーマやモチーフがいくつも流れ込み、趣向 的にはこれまでの集大成といった観もある。起こった殺人を防ぐために過去を やり直そうとする点で『七回死んだ男』と共通しているし、トランスジェン ダーテーマでは森奈津子シリーズと通底している。違う世界に放り出されてそ こで脱出方法やらを模索するのも、西澤作品の他のSFミステリで見られた趣向 だし。延々と可能性を模索するディスカッションが続くのは『麦酒の家の冒 険』や『聨愁殺』と共通している。
早い段階で物語の真相に見当がついてしまったが、西澤作品もたくさん読ん でいると、真相のパターンについてだいぶ見当がつけやすくなっている。挿入 される愛情描写が生きていて、面白く読めた。

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4月15日 井上夢人『クリスマスの四人』 (光文社)

  去年末に刊行された井上夢人の長編。ジャーロ誌に四回連載されたもの。 目次を見ると1970年、1980年、1990年、2000年とある。十年おきのクリスマス が舞台で、主要登場人物は題名どおり四人。井上作品の中では軽量級と言える が、巧みなストーリーテリングでラストまであきない。
西澤保彦作品を読んでいると、ときどき井上夢人の作風を狙ったなと思える ときがあるのだけれど、今回は逆に、この作品は西澤保彦作品に近いなあと 思った。時間を越えためぐりあいとか、妄想でふくらませた推理とディスカッ ションのあたりとか。

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4月24日 "HYMNS OF SANKARA" by Dr.T.M.P.MahadevanVEDANTA PRESS 1970

  日本には、『シャンカラの哲学』(金倉圓照)『シャンカラの思想』(中村元) 『ウパデーシャ・サーハスリー』(岩波文庫)くらいしか紹介されていないイン ドの哲人・シャンカラ(10世紀)の讃歌集。テキスト的にはシャンカラの真作か どうか意見が分かれるものも含まれているが。
シャンカラの有名な四つの讃歌「ダクシナムルティへの讃歌」「グルへの讃 歌」「バージャ・ゴヴィンダム」「シヴァへの讃歌」がサンスクリット語と英 訳の対訳で収録され、付録にさらに二編ある讃歌は、シャンカラの弟子とされ る者のシャンカラへの讃歌が収録されている。
この世は神の遊戯(リーラ)であるというのは、ヒンドゥーの根本の教えの一 つで、この世が幻影(マーヤ)であるというのは、中でもヴェーダンタ派の主張 である。シャンカラは、シヴァへの讃歌で、この世はシヴァ神によるリーラ= マーヤであると説き、献身(バクティ)によって、煩悩界(サンサーラ)から 脱せよと説く。四つの中では「愚者たちよ神の歌を歌え」で始まる「バー ジャ・ゴヴィンダム」が最も名調子。

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4月25日  鮎川哲也『鮎川哲也名作選・冷凍人間』(河出文庫)

日下三蔵が編集した〈本格ミステリコレクション〉の第四巻。
河出文庫で昔出ていた『楡の木荘の殺人』と『青いエチュード』は既読なた め、このアンソロジーに収録されたものの過半はそちらで読んだことがあっ た。初読なのは「蛇と猪」「ダイヤルMを廻せ」「アトランタ姫」の三つ。し かし、単行本未収録の初期作品がこんな形で読めようとは感動。鮎川短篇を収 集するために古本屋を回って、あとどうしても入手できなかった、残された二 短篇がここに入っていたからである。
「怪虫」は『妖異百物語』(出版芸術社)で読み、「冷凍人間」は『誰の屍体 か』(春陽文庫)で読んでいたが、この二つがシリーズキャラクターものであっ たことに、並列された本書を見て初めて気づいた。
収録作中特に好きなのは、哀しい愛の歌を奏でる「地虫」と、本格ものとして よくできている「他殺にしてくれ」。

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4月26日 高橋昌一郎『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)

最近よく言われる「ゲーデル問題」について考えるヒントになるかと一読して みる。世にある命題は、真偽判定可能な命題ばかりではない。これを「様相論 理」「認知論理」「時制論理」「義務論理」と四つに分けているところはなる ほど(81頁)。カントールの無限基数の演算(106頁)のあたりが、よくわからな い。
従来はほとんどまともに相手にされてこなかった「神の存在証明」をしてみせ ようとしている後期のゲーデルを丁寧に扱っている点はユニーク。

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4月28日 北村薫編『謎のギャラリー─愛の部屋─』(新潮文庫)

  面白い短篇を「謎」「愛」「こわい」の三つで分けたのは、なかなかセンス がよいと思った。収録作品も、知名度があまりなかったり、発掘価値のあるも のが中心の好アンソロジー。最後に読んだのが「愛の部屋」。といってもこの 巻、動物の話が多い。猫(「猫の話」「なにもないねこ」)魚(「親指魚」)獅子 (「獅子の爪」)狐(「狐になった夫人」)シマウマ(「ほらふきシマウマ」)と、 こう並べると、動物小説傑作選もすぐつくれそうなくらい。「くじ」と「山荘 綺譚」で有名なシャーリー・ジャクソンの「これが人生だ」は、人生の断面を きりだすような好篇。「親指魚」はだめなおやじのありかたを生き生きと描い ている。

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